第5話 森の精霊さん
「やったぁ! 炎だ〜!」
異世界生活3日目。
最低限の水、食料問題が解決した俺は、遂に文明の種とも言える火を起こす事に成功した。
幸先の良いスタートを切れたことを、森へ感謝しながら過ごしていこう。
「安部くん、朝ご飯だ。美味しいか?」
『キュウ!』
「そうかそうか。それは良かった......というか、可愛い鳴き声だなぁ。お前の親が来たら、俺は終わりだからな......惜しいと感じるよ」
俺の手から果実を食べる安部くんを撫でてやり、俺も自分の分の朝食を済ませた。
安部くんの名前の由来は、熊を英語でベアー、それを後ろから読んで『あべ』。更に漢字に直して.....安部くんだ。
「よし、行くか!」
周囲の土を抉って作成した炉の中に枝を入れ、パチパチと燃える音を確認したので、安部くんに別れを告げて森の奥へと入った。
「今日もあの液体が漏れていたなぁ。あれは何なんだ? 人間の体で色の着いている体液なんて、血と胆汁くらいじゃないのか?」
口に入れると吸収され、肌で触れると表面が濡れ、土や草には吸収されているのかは分からないが、水溜まりになっているということは、きっと吸収しているはずだ。
あの謎の多い空色の体液......少し怖いな。
「怖いということは、それが何かを知らないから怖いんだ。ちゃんと知識を得れば、未知という恐怖には勝てるはず」
探検が終わったら、あの液体で色々と実験してみるとしよう。
火にかけたり、土に吸わせたりと、今の俺でもやれる実験は多いからな。少しでもあの液体への理解を深めよう。
そんな考えを巡らせながら歩いていると、視界の端に何かが飛んでいることに気が付いた。
ハッキリとは見えなかったので予想の話になるが、鳥や虫の類だと思う。
『¥★○%$?』
「なんだこの鳴き声......怖いな」
言語のような、意思を感じる鳴き声が聞こえた。
先程の生き物が発した声だろうか? 分からない。分からない故に、怖い。
『きみはだれ?』
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」
謎の飛行する生き物が俺の目の前に現れると、ハッキリと俺へと問いかける声が聞こえてしまった。
全力で拠点予定地へと走りながら、この異世界で日本語で話しかけられたことに対して、異様な気味の悪さを感じた。
「何だ、何なんだあの生き物。少なくとも会話をしようとする知性はある。だけど下手にコミュニケーションを取ろうとすれば襲われる可能性もある!」
言語が通じるということは、想像以上に恐ろしい。
何故ならこの世界に対する知識が浅い俺が同じ言語を扱えば、相手からすれば騙し放題のカモだからだ。
もしここが人が住む街なら......もし相手が敵なら......
考えれば考えるほど、先程の生物への不信感と恐怖心が大きくなる。
「あ、安部くん! 逃げるぞ!」
『キュウ?』
「あぁもう! 早く行くぞ!!!」
俺の漏らした水溜まりで遊んでいた安部くんを抱きかかえ、俺は猛スピードで森を駆けた。
美しい緑が一転、俺の目には恐怖の色へと染まって見えた。
「はぁ、はぁ、はぁ......」
『キュウ? キュキュ!』
「なに......安部、くん......」
どんどんと荒くなる息を抑えながら走っていると、安部くんが俺の左腕を優しく甘噛みしてきた。
『キュキュキュ! キュウ? キュウ?』
「逃げなきゃ、君も......敵になるかもしれないんだ」
『キュ! キュキュウ? キュッキュ!!』
「あっ、コラ!」
安部くんは力強く拠点予定地の方へと身を乗り出し、俺の腕から落ちた。
俺は安部くんを置いて逃げようと思ったが、安部くんは俺の目をじっと見つめ、『一緒に帰ろう?』と語りかけるように訴えてきた。
目は口ほどに物を言う。そんな言葉があるが、ここまで強い意志を感じるものか。
「......分かったよ。安部くんに着いて行くよ」
『キュウ〜♪』
まるで日本語を理解しているかのように俺の言葉に反応した安部くんは、拠点予定地へと先導して歩いてくれた。
小さな体なのに、心は大きく見える。彼はもしかしたら、俺の知っている熊じゃないのかもしれない。
「あの生き物は......居ないな」
『キュ!』
「はいはい、ご飯だな。分かったよ」
安部くんが山積みになるまで収穫した果実を、小さな手で渡してきたので有難く受け取った。
不思議だ。どうして俺に対して、人間のような対応を取れるのだろう。安部くんには何か、そういう能力があるのか?
俺は安部くんにも多少の不信感を抱きながらも、黄色い果実を齧った。
『ふふっ、おいしそう』
「ッ!? 誰だ!」
あの生き物の声だ。幼い女の子のような、無邪気さを感じる明るい声色......さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。その姿を目に焼き付けてから逃げよう。
「こんにちは。私は″精霊″よ」
「セイ......レイ? 名前か?」
「違うわ。精霊は種族の名前。私に名前は無いの」
そう言って俺の目の前に飛んできた生き物は、本当に人間の女の子の姿となって出てきた。
白く染まった絹のような髪に、濃い赤色の優しい目をした、とんでもない美少女だ。これには健全な男の子である俺も、ドキッと胸が高鳴った。
「何故言語が通じる?」
「精霊の言葉は全ての生き物に通じるわ。特に、この森の生き物は魔力の親和性が高いから」
「はい? 魔力の親和性って何だ? そもそも、この森は何なんだ?」
「魔力の親和性はそのままの意味よ。この森は......君が作った森なんじゃないの?」
「は? 俺が森を作れる訳無いだろ」
「はい? でもこの森は君の魔力で育っているわ。君の傍に居る″ディザスターベアー″も、君の魔力から生まれた魔物よ?」
「ま、魔物!?」
ダメだ、サバイバルから急なファンタジーは俺の脳が処理し切れない。でもここは強引にでも飲み込まないと、この先もずっと理解出来ない気がする。
「ま、魔物って何だ?」
「生き物よ。魔力と栄養を糧にする生物」
「それはつまり、人間も魔物......なのか?」
「私の目で見れば、人間も魔物ね。でも君は違う」
「どう違う? 俺は人間なのか?」
精霊に話を聞いていると、自分が何なのかも分からなくなってきた。
もしかしたら俺は、人外に転生したのかもしれない。
「知らないわよ。それで話を戻すけど、君は魔物と違い、魔力を発しているの。本来は魔力を吸収するはずなのだけれど......君は栓が抜けたワイン樽の様に、魔力が溢れだしているわ」
「......そもそも、魔力って何だ?」
あるんだ。あったんだ。確かにこの世界には魔力があり、魔物が居る。それを理解はせずとも、そうあるべきなのだと納得しろ。
だけど魔力が何か、分からない。
「そこの液体よ。君のは......『空色』ね。初めて見る色」
「これが......魔力?」
「今もずっと漏れ出ているわ。美味しそう」
どうやら俺が漏らし続けている液体は、魔力のようだ。いかんな。どうも今の俺は、マイナス方向への思考が強くなっている。
この精霊からは敵意を感じないし、少し話してみるか。
「精霊はどこから来たんだ? ワインとか言っていたが、俺以外にも人間が居るんだよな?」
「当たり前じゃない。それと私は2万年前に小さな森で生まれたわ。ちょっと色々あった後、空気中の魔力を糧に、色々な所へ飛び回っているの」
「......精霊も魔物、なのか?」
「どうなんだろう。私は魔力以外は摂取しないし、一概に魔物と言うには難しいかもね」
う〜ん、難しい。もっと簡単な話題にすれば良かった。
「えっと、聞いてばかりで悪いが、魔法ってある?」
「あるわ。体内の魔力を練り上げ、発動者の求める現象を起こす行為......の事よね?」
「あ、あぁ。俺としてはその認識だ」
そもそも魔法がどういうものか分からない。
それこそ、アニメや漫画でよく見る、火を起こしたり水を生み出したり、時には世界を作ったりする、あの概念だと思っている。
それがこの世界での正しい認識なのかは怪しいが、今はこの考え方を持っていよう。
「魔法は俺も使えるのか?」
「勿論、素質があれば誰でも使えるわよ」
「本当に!? どんな? どんな魔法が使える!?」
魔法が使えることに興奮した俺は、精霊の肩を掴み、鼻息を荒くして聞いた。
「ち、近いわよ! バカ!」
「あぁ、ごめん。それで、どんな魔法が使えるんだ?」
「知らないわよ。人間は独自の魔法理論があるみたいだし、人間の言う魔法の使い方は知らないわ」
「じゃあ、精霊の使う魔法は?」
「コレよ」
顔を赤くして俺の体を押し返した精霊は、キリッとした顔で人差し指を俺の前に突き出した。
──花は唄い、木を奏でる
精霊の指から金色の雫が落ちると、その落下地点を中心に、半径5メートル程の範囲で大量の花が咲き、木は風に揺られてザワザワと騒がしくなった。
そして数秒ほど経つと、周囲の木には色とりどりの果実が実った。
「これは......」
「魔力を自然の力に変える魔法。私は『還元魔法』と呼んでいるわ」
「凄い......!」
前世で見た、どんなCGよりも美しい自然の営みをこの目で見た俺は、純粋な気持ちで心が踊ったのを感じた。
精霊の使った魔法は、俺の心を見事に射止めてしまった。
「こ、これ! 俺にも使える!?」
「反応が子どもねぇ。まぁ、使えると思うわよ?」
「やり方教えて! いや、教えてください!」
「えぇ? う〜ん......まぁいっか。面白そうだし。いいよ、教えてあげる」
「本当に!? ありがとう!」
照れくさそうに髪の毛をいじる精霊が許可をくれた瞬間、俺は自分が真っ裸なのを忘れ、精霊に抱きついてしまった。
「ッ〜!! この変態!!!」
「痛い!」
前世を含め、生まれて初めて女の子に叩かれた理由は、全裸で抱きついたことが原因でした。
すんません。精霊さん。