第49話 磨かれた原石は
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「始め!!!」
受付嬢さんの合図で試合が始まると、ガルさんは持ち前の大剣を構え、少しゆっくり目に走り出した。
「斬るぞ?」
「はい、どうぞ」
「フンッ!!!」
丁寧に合図を出してくれたガルさんは、俺から刃2枚分程度右にズラして剣を振り下ろした。が──
その剣は、振り下ろしきれていなかった。
「な......に......?」
空色の魔力を練りに練り上げて身体能力を強化すると、ガルさんの巨体から繰り出される振り下ろしも片手で受け止められた。
正直、これには自分でも驚いている。
「非効率だな。個体にする必要はないし......ダイラタンシーにすればいいのか。あ〜俺天才かも」
ブツブツと呟きながら右手に流れる魔力の質を変形させると、俺の右腕の肘から先は、少しドロッとした空色の液体を纏った。
「ま、まさかな」
続いて繰り出されるガルさんの薙ぎ払い。これに耐えられたら局所的な防具の作成が出来るようになる。
そして結果は──
ザンッッッッッ!!!!!!!!
俺の右腕は9割ほど切られた後、落ちてしまった。
「あ、あ......が、ガイア!!!!」
片腕を失い、滝のように溢れる血を見たガルさんは、自身の象徴でもある大剣を捨て、全力で俺の方へ走ってきた。
この試験、『相手を殺してはならない』なんてルールが無いんだから、
「甘いですね。はい、俺の勝ち」
左手の服の影から抜き身の刀を出した俺は、ガルさんの首に刃をあてがった。
「そんなことやってる場合じゃないだろ!!!!」
ガルさんは刃を持って刀を降ろさせると、焦った顔で受付嬢さんに救護班を呼ぶように叫んだ。
「そんなこと? 高々右腕が斬られた程度で試験を辞めろと? 甘いです」
「黙れ! 今傷を......は?」
ガルさんが再び俺を見た時には、俺の腕は何事も無かったかのように繋がっていた。
『ガイア様。実験されるのなら俺で試してください』
「すまん。でもこれで効果は分かったろ? 四肢の欠損程度なら薬草で治せるってな」
ヒビキに腕を持ってこさせ、薬草から絞り出した黄緑色の液体を染み込ませて傷口に当てると、見事に回復したんだ。
俺の魔力は不思議に溢れている。薬草の効果をここまで跳ね上げるとは、最早恐ろしさすら感じるぞ。
軽く右手を握っていると、後ろから救護班の足音が聞こえた。
「ガイア......本当に大丈夫?」
「あれ、ツバキさん? どうして?」
まさかツバキさんが駆けつけるとは。それに和服だし、絶対何かやるべき事をすっぽかしてここに来たな?
「ガイアの腕がもげたって聞いたから、街3つ走ってきた」
「どんな情報伝達速度ですか!」
詳しくは分からないが、マイクがあるのを見るに何かしらの通信手段があるのだろう。それを聞いて来てくれたんだな。
ツバキさんは優しい人だが、どうして俺に気をかけるんだ?
「そもそも、ツバキさんが来たところで治せるんですか? 四肢の欠損なんて」
「ん。エリクサー持ってる」
ツバキさんは服の隙間から空色の液体が入った小さな瓶を取り出した。
......取り出す瞬間、ちょっと危なかったな。見えそうだった。
「と、刀血!? どうしてここに!」
「ガイアを助ける為に来た......君、《純金級》でしょ? なんで対処出来ないの?」
「ツバキさん、ガルさんを責めないでください。俺が攻撃を食らったのが悪いので、叱るなら俺を叱ってください」
刀に手を掛けながらガルさんに詰めるツバキさんの間に入った。
「嘘......ガイアに攻撃を当てたの?」
「え? は、はい」
「......本当に《純金級》?」
あぁ、そういやツバキさんの攻撃は一度も食らったことが無かったな。このままだとツバキさんの、ガルさんに対しての認識が歪みそうだし、補足しておくか。
ツバキさんなら分かってくれるでしょ。
「俺がわざと斬られたんですよ。誤解が生じる前に言いますけど、あれくらい避けれます」
「そう。ならいいけど............ううん、よくない! ガイアの腕が無くなったらどうするの!」
ビックリした。急に叫ばれたから体がビクッ! ってなったぞ。
「どうするのって、ツバキさんがエリクサーを持ってるんですし、ここに来た時点で俺の腕は無くならないでしょう?」
「私が......私が間に合わなかったら、この腕は......」
ツバキさんは、涙目になりながら俺の右手を取った。
細く、されど強い手で俺の指を閉じたり開いたりした後に、安堵の表情を浮かべながら狐の耳が生えている頭へと、俺の手を置いた。
ちょっと......やり過ぎたかな。俺の認識と世間に認識は違うんだから、事前に確認を取っとけば良かった。反省しよう。
「撫でて」
「え?」
「撫でて! 直ぐに駆けつけたもん。褒めて」
「わ、分かりました」
なんだろうな。アヤメはそっと近付いて撫でられるのを待つ猫なのに対し、ツバキさんは自分から撫でてもらいに行動する、犬みたいな人だ。
可愛いな。でも、年上の女性がやるとイケナイ雰囲気を感じる。
「ん〜......もっと」
「え、えぇ? ツバキさん、どうしたんですか?」
「何が?」
「普段と様子が違うので、何かあったんじゃないですか?」
綺麗な和服なのもそうだし、何よりもここまで甘えるようなツバキさんを見たのは、入学前の時ぐらいだ。
そしてツバキさんが口を開こうとした瞬間、落ち着きを取り戻したガルさんが先に言葉を発した。
「が、ガイア? 一応聞くが、腕はもう大丈夫......なんだな?」
「はい。それで、《鋼鉄級》への昇格試験の結果はどうなるんですか?」
「不合格だ」
「合格にする」
あれ? ツバキさんは合格って言ってるけど、一応今回の試験監督はガルさんなんだし、不合格......だよな? 流石にあんなことしたら、受かるはずが無いし。
「と、刀血?」
「ガイアの強さを君は知らない。《幻級》である私が言う。ガイアの強さは未知数。知識や思考は違うかもしれないけど、ランクを上げるには十分な素質がある」
「いや、でもですね。今回の監督は俺ですので、決定権は俺にあります」
「ダメ。君より私の方がガイアを知ってる」
「......ほう? 俺はアルストでガイアと知り合い、冒険者の知識を教えましたが、それ以上に知ってると?」
「うぐっ......でも君はガイアと剣を交えていない」
な、なんだコレ。『私の為に争わないで!』って言った方がいいのか?
冒険者としてはガルさんの方が俺のことを知ってるし、戦闘面ならツバキさんが味わっている。
「──へぇ? 俺はガイアの兄貴みたいなもんですけどね」
「わ、私だってガイアは......その......大切な人だし!」
「え......もしかして刀血とガイアって......」
「ち、ちちち違うもん! が、ガイアにはミリアが居るし、私なんかが入る場所は......」
入りづれぇぇぇぇぇ!!!!! ここで俺が何か言ったら誤解を招くだろうがぁぁぁぁぁあ!!!!!!
タイミング。そう、タイミングを見て会話に入り込もう。そうすれば俺は......逃げられる!
「そう言えばガイアと一緒に居る女の子が居たな。ガイア、どうなんだ?」
「ダメ、言わないで! 分かってるもん!」
ガルさんが俺とミリアが一緒に依頼を受けていたことを思い出し、それに反応したツバキさんが俺の肩を掴む。
この人ら、話の脱線事故が盛大すぎる。
「そんなこと、今はいいでしょう? 受付嬢さん、試験結果の通達は後日でいいので、ガルさんをお願いします」
「分かりました。ですが、掃除が......」
受付嬢さんの視線の先には、俺の血で真っ赤に染まった地面が広がっていた。
これは良くないな。掃除しよう。
「はい、これでいいですか?」
「「「え? 詠唱は?」」」
や☆ら☆か☆し☆た☆
何気な〜く詠唱せずに魔法を使ったら普通に気付かれてしまった。
「し、しましたよ? 皆さんが聴き逃しただけです。ほら、くだらない言い争いしてましたし」
「そうですか。取り敢えず、これで試験は終了ということで。明日、結果をお伝えしますね」
「はい。ありがとうございました」
煮え切らない様子のガルさんが頭を掻きながら帰る姿を見送り、俺ももう寮に帰ろうと思ったところ、ツバキさんに袖を掴まれてしまった。
......嫌な予感がする。
「ねぇ、ガイア。私のこと......どう思う?」
「どう、とは?」
「えっと......ん......女の子、として。ううん、女として」
「そうですね......」
ですよね。
何となくその質問が来る気がしてました、はい。
これ、答えないとダメ? 濁していい?
「可愛いと思います。弛まぬ努力に他者への思いやり。そして優れた容姿。素敵だと思います」
「っ!? そ、そうじゃなくて......うぅ」
分かっている。ツバキさんが言いたいこと、そして俺に言って欲しい言葉も全部、分かっている。
でもそれを言ってしまえば、俺はミリアを裏切ることになる。
俺は、裏切られる分には構わない。だが、裏切ることは我慢できない。
「時間があれば、ミリアと話してください。受動的になってはダメです。能動的に、自分がどうしたいのかをきちんと理解し、ミリアと話し合ってください」
「えっ......それって」
「シーっ。言葉に出来るのはここまでです」
俺はそっと指を口に当てて口を閉じてやると、ツバキさんは茹でダコのように顔を真っ赤に染めた。
あぁ、ゼルキアの気持ちを考えたら、俺を諦めてゼルキアのことを見て欲しいのだが、出来ないのかな。
「では、最後に。俺よりも良い男はごまんと居ます。俺としては、そういう人にツバキさんと結ばれて欲しいと思います。ですが......決定権はツバキさんにあります。あなたの行動次第で、あなたの未来は決まります。どうか、悔いのない選択をしてください」
悔いなき未来は悔いある現実からなる。
悔いある未来は悔いなき現実からなる。
これは何度も何度も何度も何度も間違え、失い、死んだ俺に生まれた1つの真理。
大器晩成? 努力は報われる?
違う。それはきっと、今を悔いることが出来る選択をしたから、次は間違えないようにしようとする向上心があるからだ。
「私は......」
子どもは過程を、大人は結果を見るようになる。ツバキさんはきっと、子どものうちから結果を見られていたんだろう。
じゃなきゃここまで震えるほど怯えない。
俺はツバキさんの頭に手を伸ばし、サラサラと長い、艶のある銀髪を撫ぜた。
「頑張りましたね。俺は剣士ですので、戦った相手の努力は剣を交えれば分かります」
ツバキさんの冒険者としてのランクは《幻級》だ。でも、その心の原石は磨かれたのだろうか。
もし、磨かれた原石がガラスなら──
「......ごめん」
頑張って言葉を紡いだツバキさんは、力強く俺に抱きつき、溢れんばかりの涙を零した。
俺、女の人を泣かせるのが上手すぎる。悪名として広まると思うが、俺の中では涙で人を救えたんだと考えよう。
楽しいだけが幸せじゃない。きっと、つらい時間も幸せのスパイスになる。
◇ ◇
「すぅ......すぅ......」
「寝ちゃったよ」
もう訓練場に俺とツバキさんしか居なく、時間は午後9時といったところか。沢山泣いたツバキさんは、俺に抱きつきながら寝てしまった。
「軽い......とは言えないな。常人より筋肉があるし、体の芯が凄く強い。ミリアには無い魅力だな」
そっとツバキさんをお姫様抱っこした俺は、身体強化を使って訓練場の壁を超えて外に出た。
「すみません、2人1泊お願いします」
「あいよ......って、そっちの連れ......」
「友達です。では」
宿屋に行き、1部屋確保した俺は店主から鍵を受け取ると、直ぐにベッドでツバキさんを寝かせ、実家に送る用だった便箋に置き手紙を書いた。
「う〜ん、最後に何を書こうか」
『ガイア様の、ツバキ嬢への想いを書けばいいのでは?』
「置き手紙をラブレターにする気か?」
『ハッハッハ! それも面白いじゃないですか』
『きつね......かわいい』
「はいはいセナは出てきちゃダメだぞ〜。まぁ、最後は『嫌いじゃないし好きだよ』みたいなことを書けばいいか」
懐かしいな。ネットでよく見かけた言葉だ。
まさか本当に人に対して伝えるとは思わなかったな。
「敢えてミリアの魅力を書くか。ツバキさんには、もっと良い人が居るはずだし」
そう思い、手紙を書き終えた俺は何度も読み返して間違っている部分が無いか確認した。
『......ガイア様を狙う異性は多いと思いますよ』
「ん〜? なんで?」
『魅力があるのです。剣技に於いても、その強さと技の熟練度は、最早芸術の域なのです。武人の多いこの地では、ガイア様の強さは最高級の魅力です』
「......そっか」
昔、ミリアに言われたことがある。
『剣はつまらないわ。ただ棒切れを振るのに、何を真剣になっているのかしら。そう思っていたけど......ガイアの剣は好き。目的とそれに付随した美学を感じるわ』とな。
「魅力云々は置いといて、俺の歩んだ軌跡が光っているのは嬉しいな」
『謙虚ですね』
「それもまた美学。じゃ、帰るぞ。門限までに帰らないとぶっ殺される」
窓を開け、初夏の涼しい風を部屋に入れた俺は、最後にツバキさんの頭を撫でてから飛び出した。
あれは剣士として、ツバキさんの強さを評価した。彼女の強さは、俺が何度も死んで身に付けた強さを軽く超えているからな。
ズルをしている俺とは違う、美しい強さだ。
ゼルキアァァァァァ!!!!
次回『拍子抜け』お楽しみしみしみしみに!




