第46話 かわい子ちゃん
ふっていき〜♪ ふっていき〜♪ ふっていき こうしん〜♪
『ガイア様。作戦は無事に成功し、グラファの歪んだ恋心は見事に砕け散りました』
「そうか。特に暴力沙汰にはならなかったか?」
『はい、特には。ガイア様に教えられた、武器を破壊する攻撃で行動不能にしましたから』
「どこが『はい』なのかちっとも分かんねぇな」
水曜日の午後。放課後に薬草採取に出掛けていると、ヒビキから任務完了の報告を受け取った。
どうやら多少の問題はあったものの、天鬼を前に元《白金級》の男は適わなかったようだ。当然だな。めちゃめちゃ強いらしいし。
何せ、ヒビキは俺が鍛えているからな。最近はメキメキと技術を身に付けているぞ。
「にしても俺の影食み、体が入らないとはどういうことなんだ? こうやって薬草とか武器は入るのに、どうして俺の足は入らないんだよ」
『申し訳ありません。俺にも分かりません』
「まぁいいんだけどさ。よくあるアイテムボックス的な扱いが出来るから。ただ、俺も転移を経験してみたかった」
どういう訳か、俺の影には体が入らない。
腕や足先など、部分的には入ってくれるのだが、転移の条件である『全身まで入る』ということが出来ないんだ。
俺は残念な気持ちを口にしながらも、便利な力を教えてくれたヒビキに感謝した。
「そろそろ帰るか。セナ、背中に乗せてくれ」
『いい......よ』
王都から数キロほど先にある森で薬草採取をしていた俺は、大きくなれるセナの背中に乗せてもらい、モフモフを堪能しながらギルドに戻った。
ちゃんとセナは子犬モードで頭に乗せているぞ。
「はい、今日の分の薬草です」
「いつもありがとうございます! ガイアさん。非常に助かってます!」
「こちらこそ。薬草採取をする人が少ないですし、美味しい思いをさせてもらってます」
王都のギルドで薬草採取をする冒険者は、今のところ俺とミリアしか居ないらしい。それ故に、通常の 『薬草1束銅貨3枚』のところ、銅貨5枚にしてくれている。
薬屋の人も困ってたし、俺達を手放したくないんだろうな。
「そう言えば新しい受付嬢が来るんですよ」
「そうなんですか。王都のギルドって人口に比例して冒険者も多いですし、過労で倒れないことを祈ってます」
「あはは、それがなんと、ガイアさんのお知り合いだそうですよ? 『エマ』って言うんですけど」
「あ〜、エマさんですか」
懐かしいな。ワイバーンの一件から、エマさんと話した記憶が無い。いや、多少の挨拶をした記憶はあるが、最近起きたことのせいで忘れてきている。
これが......老化!?
「それじゃ、会ったら挨拶しておきます。では」
「はい! ありがとうございました!」
「セナ、行くぞ」
俺は近くの冒険者に抱っこされているセナを頭に乗せると、ギルドを出て夕陽を浴びた。
子爵家の事はヒビキが対処してくれたが、まだグラファが暴れ出さない保証が無い。グラファには街の治安悪化という烙印が押されたが、今度は領主夫婦殺人犯になる可能性もある。
ダリアに関してはアヤメとケアするとして、子爵家をどうするか。
「ヒビキ。悪いがあと1週間ほどマリエラさんの護衛を頼む。報酬として体術を教えてやる」
『はっ』
「シームさんの事も頼む」
『おまかせを』
俺の伸びた影から返事をしたヒビキは、護衛兼連絡係としてマリエラさんの影と繋がってくれた。
『がいあ......おうち』
「はいはい、今日は何食べたい?」
『おさかな』
「じゃあ買って帰るか。セナ、狼なのに雑食だよな」
『たべないと......しぬもん』
「正論だな。口にしたものが毒になる可能性もあるから、一応注意して食べるんだぞ?」
『がいあ......毒、たべさせるの?』
「そんな訳無いだろ? 『気を付けろ』ってセナの身を案じただけだ。かわい子ちゃんめ」
寮への帰り道、俺はセナをモフモフしながら歩いて帰った。道中、すれ違う人全員に見られた気がするが、気のせいだろう。
顔面に子犬を貼り付けてるくらい、普通だろ。
「ただいマンモスのサーロインステーキ」
「おかえりガイア君。ミリアさんから手紙来てるよ?」
「ミリアから? 読んでみる」
寮のリビングで俺の帰りを待っていたユーリは、机の上に置いてある一通の手紙を俺に差し出した。
便箋に書いてある『ガイア宛』の文字を見れば、ミリアが書いた物だと直ぐに分かる。
「え〜っと? なになに......えっ──」
書いてある文書を見て、俺は驚きのあまり固まった。
「何が書いてあったの?」
「......家......貰っちゃった」
「え?」
「なんか、俺が寝てる間にミリアが色々としてくれたらしく、かなり大きい豪邸を譲り受けた」
「え、えええええええええぇぇぇぇぇえ!!!!!」
手紙には、『掃除する人手が足りない』『家具が最低限も無い』『庭が広い』『子どもは何人欲しい?』とか、そんなことが書かれてあった。
最後には関しては置いておいて、掃除する人手と、清潔感を維持する人員が圧倒的に足りないのは何とかしたいな。
いっそのこと、冒険者として働きまくってメイドでも雇うか?
「が、ガイア君、寮を出て行っちゃうの?」
「いや? 豪邸の維持が難しくてな。今豪邸に移っても寮生活より不便なだけだ。メリットに対してデメリットが多すぎる」
ミリアとの暮らしを取るか、現状の良環境を続けるか。
これには手紙の文末にも、『住むのは相当難しいから、お金を稼いでからにしましょう』と書かれていた。
というか手紙の時のミリアって、俺の言葉を予想して書かれてあるから怖いんだよな。ある意味天才だよ。
「よかったぁ......ボク、1人で寝るのが怖いから、ガイア君が出て行かなくて嬉しいよ!」
寂しがり屋だな、ユーリ。
「暫くは一緒だから安心してくれ。じゃ、ちょっとセナにご飯あげてくる」
「うん。行ってらっしゃい」
手紙を懐に仕舞った俺は、頭に乗せていたセナと共に寮の外れにある森林へとやって来た。
「はい、焼き魚だ。美味しいか?」
『うま......うま』
「そっか」
大型犬くらいのサイズに変わったセナは、俺の影から出した焼き魚をバクバクと食べ始めた。
少し尻尾を振っては止まり、また振っては止まり......食事だけに集中させてあげないとな。
......でも触りたいんだよなぁ!
「温けぇ、温けぇよセナぁ!」
『じゃま』
「そんなこと言うなぁぁぁぁ!!!」
『ん〜! くすぐったいぃ!』
「おりゃおりゃおりゃりゃりゃりゃ〜〜〜!!!」
長い銀毛の中に手を突っ込み、ブワッと逆撫でするとセナは擽ったそうに体を捻らせた。
月に照らされる空色の毛先が何とも言えぬ幻想感を放っており、セナが......アセナが聖獣と言いたくなる気持ちがよく分かる。
にしても可愛い。よく懐いているし、家族になってくれるかな?
『がいあ。さびしい?』
「全然。俺は独りじゃないから」
『でも、すごくさびしいにおいがした』
「......気のせいだろ」
俺は、守るものばかり増やして、自分は強くなっているのだろうか。
強者は必然的に、守るものがある。だがしかし、弱い者が守るものを増やしたって、強者になることは無い。
このままダラダラと学園生活を送っても、俺は強くなれるのだろうか。強くなったとして、その先に何があるのだろうか。
俺は、このまま進めば......独りになりそうだ。
『また、さびしいにおい、した』
「大丈夫だって。気にすんな」
『だいじょうぶじゃない。セナ、しんぱい』
食事を終えたセナは、本来の大きな狼の姿に戻り、俺を包むようにして体を丸めた。
「......怖いんだ。時々、俺は自分が誰なのか分からなくなる」
『じぶん?』
「そう。俺はな、何千、何万も死んで生まれ変わってを繰り返している。輪廻転生......明るい響きで聞こえる事が多いが、今の俺には恐怖でしかない」
どんなに醜い死に方をしようと、どれだけ美しく生きようと、その終わりを全て経験し、また生きる。
やりたいこと、出来ないこと、成し遂げたこと、虐げられたこと......その全てが、記憶として俺の脳に刻まれている。
少し、酷すぎやしないだろうか。沢山の不幸な記憶の中に、幸せな記憶はひと握りしかない。
「努力は報われる? そんな訳あるか。報われた者は努力をしていただけであって、努力をすれば報われる訳じゃない。勇者も、魔王も、何もかも、報われると思ったら大間違いだ」
『がいあ......』
つらい。寒い。怖い。俺は今まで、どれだけの時間を使い、技術を磨いてきた? そんな技術も、才能を持った1人の人間に、たった数時間で追い越される気持ちは?
......最悪だ。生も死も、努力も才能も、全部嫌いだ。
「今の俺は、誰なんだろうな。ミリアがくれた名前を持つガイアなのかな。それとも、数万の軍勢を1人で殺した、英雄ガイアなのかな」
もう分からない。考えれば考えるほど、過去の自分が鋭く、冷たく心を刺してくる。
『がいあ......だい、じょうぶ。セナ、まもるよ?』
「俺より弱いのに?」
『うん。よわいけど......おおきい。たてになる』
「そんな物になるな。心の傷に盾は効かない」
『みりあも、いる。いっしょに......まもるよ?』
「ミリアは......ミリアだってつらいんだ。俺が甘えて、ミリアに負担をかけたくない」
彼女にはお世話になった。何年、何百年、何千年と、俺の心の光で在り続けた。彼女にはもう......自由になって欲しい。
『みりあ、がいあがすき。がいあのちからになりたい』
「知ってるが、あっちの言い分だけ聞いてもダメだぞ」
『でも、がいあはみりあに......たよりたい?』
「っ!!!」
頼りたい? 俺が、ミリアに?
──そう、頼りになるのね。
──頼りがいがあるわ。
──頼りにしてるわね。
──もう少し......頼っていいかしら?
いつも......頼られていた。ミリアを追いかけ、ミリアの前に走って行けるように、ずっと、ずっと走り続けた。
俺が彼女の手を取り、一緒に走って行くのが合っているんだと、そう思っていた。何年も、何十年も、何百年も──
『がいあ。ひとりぼっち。となりにだれか、いる?』
「え?......隣は......居ない」
『だから、さびしい。セナ、しってるよ。にんげんはさびしいとしんじゃうって』
「......寂しい、か」
『でもだいじょうぶ。セナ、いるもん。がいあのとなりに、ちゃんといるもん』
暖かい......セナの体に包まれ、身も心も、陽の光に当たったように暖かい。
「ありがとう、セナ。じゃあ、隣に居てくれるか?」
『うん。がいあとねるの』
「ユーリの迷惑にならないように、小さくなれよ?」
『うん!』
優しい子だな。俺はどうして、この子を恐怖で手懐けたんだろう。馬鹿じゃないのかな。
『がいあ?』
「......いや、過去があってこその今か」
『おうちは〜?』
「帰るよ。ほれ、寝るまでは影に入ってろ」
『は〜い』
俺はもう少し、自分を見つめ直すべきだな。まだ学園生活を送る時間もたっぷりあるし、色々なことに挑戦してみよう。
あの時、出来なかったことを。
セナ回だとは誰が予想したか。私は予想していなかったです。(マジ)
次回はなんと、Eventのお話ですね! お楽しみに!
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