第45話 演じた園児の暗示
遂にエキスパ全曲フルコンしたゆずあめ。
「すみません、領主様に会わせて下さい」
「ダメだ。事前に通達も無く領主様と合わせる事は出来ない」
「それじゃあ領主様に伝言をしたいので、聞いてくれますか? そうですか聞いてくれるんですかありがとうございます」
「お、おい!」
昼前の領主邸。その玄関先......というより門の前で、俺は門番をしている軽装のお兄さんに伝言を残した。
「貴方の娘さんのダリア・ガーネットの虐め問題、及び子爵領に蔓延るエルフ優遇問題の解決法を見付けました。と、お願いします。では──」
子どもの戯言と切って捨てるかどうか、その判断は是非とも領主であるシーム・ガーネットに決めていただきたい。
俺はダリアは救うが、子爵家までは救わない。
実際には救える状況にはあるが、俺の両手から零れ落ちそうな量の問題だからな。勝手に落ちる分には構わない。
「待て。話を通してみる」
「そうですか。ではここで待ってるので、どうぞ。後で身分証も見せますよ」
「助かる」
お兄さんは領主邸に駆け込むと、直ぐに代わりの門番のおっちゃんがやって来た。おっちゃんは俺達の姿を見ると不思議そうに首を傾げ、門の前に立った。
特に話しかけてくる素振りを見せないので、俺とミリアは門の前から少し離れた位置に移動した。
「ふわぁぁぁあ......眠くなってきた」
「帰ったら寝ましょ?......待って、帰ったら一緒に寝れないわ」
「帰る前に......寝たい」
「もう......街路樹との対話のせい?」
「多分、な......ちょっと肩貸してくれ......一気に疲れが」
俺は無理をしていたらしい。やはり、今の俺では植物と直接対話するのは難しいようだ。
ウトウトと意識を飛ばし始めた俺を支えるミリアは、魔法で足元の石材を変形させ、土を混ぜて即席のベンチを作ってくれた。
「......ぇあ?」
後ろからおっちゃんの情けない声が聞こえた気がするが、俺はミリアの肩に頭を置いた。
「あの人が戻るまでは膝枕してあげる。あまり人も通らないし、いいわよ?」
「ありがとう......じゃあ」
「ええ。任せて」
肩から膝にポジションを変えた俺は、久しぶりに疲労による深い睡眠に入った。
◇ ◆ ◇
「おい、領主様から許可が出......え?」
「私と彼の身分証よ。彼は私が運ぶから、案内してちょうだい」
「あ、あぁ。分かった」
門番の青年が許可を取って戻ってくると、1番重要な人物と思しきガイアが、同行人であろうミリアに膝枕をされて熟睡していた。
あまりの状況に魔法のベンチに気付かず、青年は2人を領主の元へと案内した。
「件の2人を連れて来ました」
「入れ」
ミリアはガイアをおんぶしたまま、青年が開けてくれた扉を進んで部屋に入った。
部屋は執務室となっており、ミリアが見たのは淡い赤髪の青年に見える、ダリアの父親の姿だった。瞳が赤紫色をしており、ダリアと同じ雰囲気を感じる。
「......え、あ、アミリア様!? わ、私はシーム・ガーネットと申します。アミリア様に置かれましては──」
「違うわ。私はミリア。アミリアはもう、王家を追放されて死んだんじゃないかしら」
シームの言葉を遮ったミリアは、清々しい顔で言い切った。
「あ、あぁ......そういう事ですか。では、彼が噂の?」
「噂になっているのね。そう、ガイアよ。早速説明に入ろうかしら」
「それなら座って話しましょう」
相談用のソファにガイアを寝かせたミリアは、身体強化を解かずにガイアの隣に座った。
シームがすかさずもう1つソファを持って来させようとしたが、ミリアがそれを止め、シームは反対側のソファに腰掛けた。
そしてミリアは、ガイアの伝えたい言葉を伝える。
「まず、ダリアが虐められているのは知っているかしら」
「......存じ上げません」
「でしょうね。私は彼女とは友人だけれど、彼女は私達を思って相談せずにいたもの。まぁ、そこをガイアが上手く聞き出したのだけれど......」
「彼が、ですか?」
「ええ。ガイアが言うには、あと数日遅れていたら死者が出ていたかもしれないそうよ。それと同時に、ダリアも死んでいた、とね」
「そんな......!」
「安心なさい。彼がダリアを救ったわ。完全には解決していないけれど、暫くは楽しく学園を過ごせるくらいには施してくれたわ。本当、危なかったわね」
ミリアは知っている。精神が破壊された人間が暴走させた魔力の恐ろしさを。魔力を司る精霊だからこそ、人間の比にならないほど魔力を理解している。
いや、この場合は“精霊だったからこそ”か。
「次に、エルフ優遇問題についてよ。これに関しても彼が殆ど調べ上げてくれたわ。犯人のグラファの目的についてなんだけど──」
そうしてミリアはグラファの目的、そして1番安全かつリスキーな方法を伝えると、シームは妻を呼び出した。
妻を狙う男に怒りを表にするシームは、震える手で紅茶を飲み干した。
「あら、あなた。どうしたの?」
「こちらの2人から、優遇問題の解決法を聞いてな。お前には酷な役を演じてもらうことになるのだが......「やるわよ」い、いいのか?」
ダリアと同じ、熟れたバナナ......よりは少し明るい金髪のエルフは、夫シームの言葉に即答した。
それから具体的な芝居の話を打ち合わせた3人は、ガイアの目的であった『ヒビキが護衛をする』旨の話を進めた。
「ヒビキ、出てこれるかしら」
『ガイア様は......お休みですか』
「ガイアの為に働いてちょうだい。話にあった通り、ダリアの母親......マリエラの護衛をして」
『御意に。ダリア嬢からの手紙に関しては?』
「予定が変わったわ。近日中に結構するから、彼女には近況報告の手紙を書かせるわ」
『把握しました。それでは、失礼します』
ヒビキはガイアと手合わせをする時に着る和服姿で現れると、ミリアの指示を聞いて即座にマリエラの影に入り込んだ。
「す、凄いわね......彼は一体?」
「知らない方がいいわ。シーム子爵も含め、彼とガイアについての詮索はやめた方がいい。もし気になっても、行動に移せばガイアは直ぐに気付くわよ」
「気付かれたらどうなるんです?」
「さぁ? ガイアの気分次第じゃ、子爵家全員が土に還るんじゃないかしら。まぁ、彼は優しいからそんなことはしないと思うけど......蝿を飛ばすなら空を見ることね」
卵を産み付けようとする前に空を見ろ。お前を狙う鳥は直ぐそこに居る。そんな意味を持つ、フェリクスの諺だ。
事を成す前に周りを見ろ、という注意喚起だな。
「分かりました。では、上手く進んだ時の報酬ですが......」
「要らないわよ。私達はもう帰るのよ? 上手く進む姿も見れなければ、報酬を受け取りに行くのも面倒」
「そんな訳にはいきません。例え優遇問題が解決しなくとも、ダリアの命を救ってくれた事への報酬が必要です」
ここだけは譲らない。そんな表情で見つめられたミリアは、ある名案を思い付いた。
「どうしても、と言うなら、王都に家をちょうだい。それ以内なら要らないわ」
「分かりました。ではガーネット家の別邸を差し上げます」
「......本当にいいの?」
「はい。大切な愛娘の命と、高々金貨800枚程度の豪邸。どちらが大切かなんて、口に出すまでもない」
「じゃあそれでいいわ。ダリアに関しては、これからも彼女の学園生活が楽しくなるようサポートするつもりよ」
「ご厚意に感謝します」
「ありがとうございます」
王家ではないミリアに頭を下げるシームは、子爵ではなく、娘を想う父親の姿であった。
妻のマリエラも深々と頭を下げ、ガイアとミリア、そして護衛のヒビキに謝礼を述べた。
そしてここに来て、ミリアの隣で寝ていたガイアがモゾモゾと動き出した。
「ん......どこだ、ここ」
「領主邸よ。たった今、話が終わったところよ」
「マジか......本当に全部?」
「勿論。ガイアの妻なのよ? 貴方の代わりにお話しするくらい、出来て当然だわ」
ふふん、と誇らしげに笑みを浮かべたミリアは、混乱しているフリをするガイアの頭を撫でた。
「大丈夫よ」
「ミリアがそう言うなら。じゃあ、話が終わったようなんで帰ります。思いっ切り寝ていてすみませんでした」
「いえいえ! 大切なダリアを救っていただいた上に、情報収集と問題解決案を出してくださった事に感謝しております」
「まぁ、それはダリアがここに帰った時にしてください。アイツの笑顔を見てから、ですよ」
「......はい」
ガイアの言葉に尤もだと思ったシームは、人としてのガイアの在り方に驚き、純粋な気持ちで敬語を使ってしまった。
「では。失礼します」
「失礼するわね」
「「ありがとうございました!!」」
そうして、ガイア立案の『グラファの心へし折り大作戦』が決行されたのは、3日後の水曜日となった。
眠りのガイア。




