第44話 優遇調査・後編
あみゃ
「こんにちは! 依頼の受託ですか?」
「いえ、少しお話を聞きたくて。この領地には獣人やエルフの優遇、冷遇問題があると聞いたのですが、本当ですか?」
本格的に調査を始めた俺とミリアは、最初に冒険者ギルドで聞き込みを始めた。
ギルドの受付嬢なら冒険者の噂を聞いたり、相談相手にもなるだろうから、人伝いに世間の状況を知っているはずだからな。
「あ〜......込み入った話になるので、場所を移しましょうか。お2人は冒険者ですよね?」
「「はい」」
「ではこちらへ」
獣人でもエルフでもない、人間の受付嬢さんに案内されたのは資料室だ。
2つしかない本棚にギッシリと詰め込まれた本のタイトルは、どれも『魔物研究』『生態調査結果』などの、魔物に関するものばかりだった。
受付嬢さんは本棚から1冊の本を取り出すと、俺達を椅子に座らせて、本を机の上に広げて見せた。
「端的に言いますと、優遇問題はありません。そして、エルフを優遇しているとして噂を広めたのは、領主であるシーム・ガーネット様から領主権を奪おうとする人物によるものです」
「そんな簡単に喋ってもいいんですか?」
「はい。彼らのせいで街の治安が急激に悪くなりつつありますので、人々の暮らしの為に情報提供は惜しみません」
これは一筋縄ではいかないだろうな。取り敢えず今は、問題があるかどうかの確認と、その解決法が確立してきるかの確認を聞こうか。
受付嬢さんが開いたページには、1人の男の似顔絵が書いてあった。
「犯人の名前は『グラファ』。狼獣人で、髪は藍色、瞳の色は赤い男です。アジトは未だ不明ですが、元冒険者ということもあり、非常に強い人間です」
「具体的にどんな武器を使うので?」
「大剣とナイフを使います。どちらの腕も、一流と言えます。あ、ここにも書いてありますが、元《白金級》の方なんですよ......」
「へぇ。理事長と同じだったのか」
グラファの備考欄には、身長が高く、服を着ていても分かるほどの筋肉を持っているそうだ。
まぁ、大剣を使うならそれなりの筋力が要るから、当然っちゃ当然だが......ナイフによる格闘も出来るとなると、確かに難しい相手だろうな。
どうしたものか。何が目的でダリアの父親から領主権を奪いたいのか分からない以上、俺達が動く理由もないんだよな。
「理事長、というと、お2人はエデリア王立学園の......?」
「そうですよ。昨日と今日、休みなんで遊びに来ました」
俺が資料を見ながら伝えると、視界の端で受付嬢さんの口がパカーっと開いている姿が見えた。
「あ、あの......ここから王都まで、馬車で2週間はかかりますけど......」
「走れば半日もあれば着きます」
「え? はい?」
「だから、走った方が馬車の何十倍も速いんですって。身体強化くらい、ツバキさんでもやってるんですよ? 使わないと損です」
「ガイア、ツバキは《幻級》。出来て当然のこと。損も得も無い」
「確かにそうだな。ところで受付嬢さん、グラファの活動理由とか分からないんですか?」
あの人や俺達なら、身体強化は呼吸のように扱えるからな。損や得という天秤にかける必要も無い行動だ。
というか、受付嬢さんがフリーズしてるけど大丈夫か?
「あ......あはは。ちょっと考えることやめてきました。それで、活動理由ですが、居住区拡大に伴う森林伐採の中止の呼びかけ、ですね」
「......ふむ」
「グラファに付くか、シームに付くか、迷うわね。私はガイアの味方だから、ガイアに着いて行くわ」
「え、えぇ? 森林なんて沢山あるのに、切り拓くのに反対するんですか!?」
当たり前だろ。沢山あるとは言え、森の木の1本1本が生きているんだ。それを殺すに値する行動なのかどうかを比べれば、結果次第で俺は領主の敵になる。
「この街の人口、そんなに多いんですか?」
「はい。近年は別の街にて迫害された獣人やエルフの方が来るので、かなりの速度で増えてます」
「......う〜ん、なるほどなぁ。でもグラファが森林伐採を止めさせようとする理由が分からないんだよなぁ」
「直接聞くのが早いでしょうね」
「元よりそのつもりだ。よし、受付嬢さん、ありがとうございました。今日のところはグラファに理由を聞いて、帰ろうと思います」
「え、えぇぇぇ!?!?」
「では、失礼します」
俺は情報料代わりに銀貨を1枚机の上に置き、ミリアと共にギルドを出た。
あの資料に記してあった文字は信用ならない。グラファという男が、何を目的で森林伐採を食い止めようとするのかが一切書かれていない辺り、その辺の交渉もしなかったのだろう。
相手の理由も知らずに追い返すのは、肯定できる行為じゃないんだよな。
「久しぶりにアレ、やるか」
「アレ? まさか、感覚を?」
「その通り。ちょっとこの街路樹ネットワークに接続するだけだ」
「だ、ダメよ! ガイアの頭が壊れちゃうわ!」
「大丈夫だ。一時的に脳を全力で強化する。だから──」
「......分かってるわ。守るわよ」
「ありがとう」
俺はメインストリートの傍に生えている木に剣を刺し込むと、小さな穴から魔力の糸を木の内部へと侵入させた。
ここで殆どの魔力を脳へ回すと、木に流れる微弱な魔力と俺の魔力を絡み付かせ、木に直接聞いてみた。
「グラファという男を知っているか?」
『知っている......あの男は......醜い欲の塊......』
「お前が感じたグラファの印象を伝えろ」
『彼の男が求めたのは......エルフ。だが獣と妖精は交われない......故に、人間に矛盾を突きつけた......力を以て』
なんじゃそりゃ。
エルフに恋しちまったけど、子孫を残せないからって理由で丁度よくエルフと結婚した領主に八つ当たりしたってワケか?
『彼の狙いは......シーム・ガーネットの妻......』
「あぁ......うわぁ......なるほど」
分かったぞ。シームから妻を奪う為に、エルフを優遇していると領民に知らせ、この問題を解決する最速の手段として奥さんと別れろ、と言いたいんだな。
でも待てよ? 交われないっていうことは、要は子どもが出来ないんだよな?
もしかして、ダリアのお母さんはグラファに浮気してる?
「シームの妻の印象は?」
『シームを立てる......良き妻。一途で、誰よりもシームを想い、娘のダリアを大切にしている......』
「そいつが浮気してる可能性は?」
『無い』
「把握した。グラファの叶わぬ片想いに、自分の持つ冒険者としての強さ、知名度を使ったということか」
『左様』
「教えてくれてありがとう。それと強引に意識を奪ってすまなかったな」
俺は最後に謝罪をしてから、魔力の糸を切ってやった。
すると木の方からも最後の言葉が聞こえた。
『役に立てて光栄だ......王よ』
......まさか、な。
「どうだったの?」
「人の女を取ろうとする人間だってさ、グラファは」
「最低ね。殺す? 合格発表の日を思い出したわ」
「あ〜......いや、殺さない。これに関してはダリアから母親に手紙を送り、グラファの気持ちをぶつけてもらうのが良いんじゃないかな。それで綺麗にフラれたら、グラファも踏ん切りが着くと思う」
「......逆上して殺されそうね」
「確かに。ヒビキ!」
『はっ』
「これから領収邸に行く。そこでお前はダリアの母親の影に入り、アヤメの時と同じように警備してくれ」
『期間は如何なされますか?』
「ダリアからの手紙が届いてからでいい。だから......2週間後だな。今日は影を覚えるだけだ」
『御意』
出来れば俺がその役をやりたいんだが、女の影に入ろうとする俺をミリアが全力で阻止する未来が見えたんだよな。
俺の頭の中のゼルキアが『それはやめといた方がいいよ〜?』って言ってた。
「んじゃ、買い食いしつつ領主夫人に会って、それから帰るか」
「そうね。折角のガイアとのデートだし、普通に街を楽しみましょ」
「そうしよう」
それから俺達は、およそ10歳とは思えないラブラブっぷりを見せつけながら街を観光した。
仕方ないよね。中身の年齢は200年を過ぎてるんだから。




