第40話 危ない状態なの
推しは推せる時に推せ。引退してからは遅いのじゃ。
「俺、思ったんだ。悪目立ちしすぎてぜルキアとユーリ以外の男子が俺を避けているって事に」
理事長を金貨1枚で買収して1週間が経った。
俺はこの長い長い1週間で、何とかして友達を増やそうと頑張ったが......増えた友達、なんと0人。
「確かに避けているように見えるわね。どうしてかしら?」
「主の持つオーラに怯えているのではないでしょうか」
『猫娘、ガイア様は特にオーラなど発していないぞ?』
「私は狐。黒い狐なの。分かる? ゴブリンくん」
『ハッ、ゴブリンか! 大体、ガイア様に撫でられて喉を鳴らす奴が、神聖視される狐な訳あるか! お前は黒猫程度が丁度いい』
「んなっ!」
はぁ......ヒビキとアヤメ、何故か2人の相性がよろしくないんだよな。俺からは何も言ってないのに、常に俺の周りに居ようとするこの2人だが、もう少し仲良くして欲しいものだ。
「はいはいストップしなさいそこのお2人。ヒビキは影に居るから何とも言えんが、アヤメが俺の周りに付きまとうのも、俺が避けられる原因なんじゃないか?」
「え......主、アヤメを捨てるのですか?」
「捨てるも何も、拾ってないって話をしていいか?」
「うぅぅぅ......!」
ほら、直ぐに俺のお腹に飛び込んでくる。本当に元気な猫だ。
そして頭を撫でてやれば、今度は犬のようにグイグイと頭を擦り付けてくる。本当に狐か?
「アヤメ、ツバキとはお話したの?」
「......した。『ガイアがリリィを買収したから、そのまま学園生活を楽しんで』って言ってた。あと、周りの子とは仲良くしろって」
「出来てないわね。貴女、仮にも元暗殺者なんだからコミュニケーション能力はあるでしょ?」
「ない。ミリアと同じくらい友達少ないもん」
「......ガイア、獣人を食べる文化も過去にあったらしいし、体験してみない?」
「しない。っていうかそろそろ昼休み終わるし、戻るぞ。来月からイベントがあるらしいし、この土日にアヤメは友達と遊べ。数少ない友達とな」
「うっ......主のいじわる。ばいばい」
曜日のシステムをレガリア王国に持ち込んだ先代勇者は素晴らしいと思う。そのお陰で1週間のリズムが出来るし、休みが定期的にあるのが嬉しい。
ただ、金曜日も休みとして伝えてくれて良かったんだぞ? 5日の疲れを2日で落とせると思うなよ?
まぁでも、特に学園で疲れないから構わないんだけどさ。
「ねぇ、明日はデートに行きましょ。セレスからオススメのお店を何件か教えてもらったわ」
「あ〜、それは有難いが行けそうにない。流石にそろそろ冒険者として動かないと、戦闘感覚が鈍りそうなんだ」
ものすご〜く行きたいんだが、レガリア時代の俺が『戦え』とうるさいんだよ。
「明日......だめ?」
くっ! ミリアの上目遣いの破壊力......強すぎるッ!
「......に、日曜は?」
「ガイアが日曜までに帰ってくるならいいわよ」
「はいはい、俺の負けだ。明日の午前中は街でデートして、午後からは一緒に依頼を受ける。これでどうだ?」
「いいわね。そうしましょう」
ミリアがギュッと俺の右腕に抱きつきながら歩いていると、俺は妙な気配を感じた。
何かが弾けそうで、ギリギリ抑えているような。そんな感覚だ。場所は......1階のトイレか?
「悪い、トイレに行ってから戻るから、先に教室に戻っていてくれ。お腹痛い」
「分かったわ。無理しないでね」
俺がミリアを先に行かせた瞬間、午後の授業開始を知らせる鐘が鳴った。
ゴンゴンと鈍く響く音のお陰か、前方からの妙な気配が少しずつ弱くなる。そして目的地の1階女子トイレの前に来ると、中からとぼとぼと女子生徒が歩いて出てきた。
「あ、あの......授業......なの」
「そうだな」
「だから、戻らないと......」
まるで熟れたバナナのような髪色の女の子は、酷く疲弊しきった顔で訴えてきた。
「誰がやったんだ?」
「......え?」
「誰がお前の心をズタズタに引き裂いた?」
「な、何を言っているの?」
この子、間違いなく虐められている。理由はなんだろうか。エルフだから? 髪色か? それとも出自とか?
まぁ何にせよ、この子の持つ魔力は危険だ。感情が死にかけているせいでコントロールが効きにくく、いつ爆発してもおかしくない。
もしこの子が耐えられずに爆発すれば......最悪、死者が出る。
魔法は、本人の魔力をイメージで変形させて発動する。それ故に、強い魔力を持つ者はそれ相応の制御力が求められる。
「ふむ、まず1つずつ洗っていこう。君の名前は?」
「え?」
「名前は? フルネームで答えてくれ。あと学年を」
「......ダ、ダリア・ガーネットなの......1年生なの」
「そうか。俺はガイア・アルスト。同じく1年生だ」
俺はダリアの目を極力見ないようにして自己紹介すると、ダリアは小さく頷いた。
「知ってるの。ミリアちゃんがよく、話しているの......」
「ミリアの友達か。あ〜......あ? あぁ〜......う〜ん」
これはアレだな。友達には話しづらい内容だから、ミリアに任せるのは荷が重いよな。
よし、ここは嫌われ者のガイア君が、生徒を救う活動に尽力するとしますか!
「ダリア。授業サボるぞ。ちょっと来い」
「え? ま、待ってなの! サボるのはダメなの!」
「ダメじゃない。授業よりお前を優先する」
俺はダリアの手を引っ張ると、ダリアが転けない程度の速さで走り出し、先程までミリアとのんびり昼食を取っていたベンチに座った。
「座れ」
「でも......」
「座るんだ。受けなかった授業は、後でミリアに聞けばいい。取り敢えず今は、ここに座れ」
俺はダリアを隣に座らせると、聞くべきことと、聞いてはダメなことの2つを脳内で選択していく。
あとは、俺が話すべきことを手札に加えれば、順番通りに繰り出せばダリアを助けることが出来るだろう。
「ダリアは虐められてる。それは理解しているな?」
「......はい、なの」
「うん。ダリアは友達に助けを求めたい。けれど、その友達が虐められる対象になったり、手放されるのが怖くて助けが求められない」
「......なの」
「俺も経験がある。いつの頃だったか......20人くらいの貴族から、陰口を言われたり、貴族服をボロボロにされた状態でパーティに出たりしたな」
「ど、どういうことなの?」
「そのままの意味だ。貴族ってのは、他人を下げて自分を上げる奴が多い。実際には他人を下げるだけ下げて、自分が上がっていないことに気付いてないがな」
自分を上げるなら、周りを落とす必要など無い。ただ自分自身と向き合い、世間と向き合い、地道に積み上げて高みに至る。
そんな当たり前が出来ないのが、大半の貴族だ。
「ダリアは、誰かに相談したか?」
「......ママに相談したの」
「何て言われた?」
「『あなたよりもつらい人が居る』って......」
「それを聞いて、ダリアはどう思った?」
「......ダリアよりつらい人なんか、居ないの」
強いな。これまで、沢山の人に嫌味を言われただろうに、心の芯はまだ生きている。
これなら、俺の力でも助けられそうだ。
「そうだ。ダリアよりつらい人なんか居ない。そもそも、つらさに段階など存在しない」
「段階?」
「あぁ。心の感じるつらさに、『少しつらい』『まあまあつらい』『とてもつらい』なんて、区別が出来ないんだ」
「......どうして?」
「それは等しく、 “心にダメージを受けているから” だ。自分の心を傷つける相手に、『まぁまだコイツから受け痛みは弱いから』なんて言えないだろ?『お前は私を傷つけた』『お前も私も傷つけた』......どんなに小さくても、相手が敵なら弱いも強いも無いんだよ」
普通の人なら受け流せるダメージでも、傷口に塩を塗られる痛みでは我慢出来ない。
虐めというのは、相手の心に傷をつけ、塩を塗りたくる行為なんだよ。
「親や教師、友達じゃなくて、俺に話してみろ。一緒に悩んでやる。一緒に考えてやる。こういうのは、1人でも寄りかかれる存在が居た方が前に進めるんだ」
俺はダリアの手を取り、初めての目を見て話した。
するとダリアの赤紫の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れてきた。
哀しきかな。こうして俺は『女を泣かせた男』と言われるんだろうな。
まぁいいや。俺を嫌う人が増えても、俺が助けた人の幸せの方が圧倒的に美味しいからな。
「うっ、ぐすっ......B組の女子がね、ダリアのパパをバカにするの。『エルフ優遇主義』だって」
「あぁ」
「パパはね、領民にも優しく、いっぱいいっぱいお話する人なの......エルフにも、獣人にも、奴隷にも......」
「良い人だな。そんな人が領主だなんて、さぞかし良い街だろう」
「そうなの......でも、パパがママと......エルフと結婚してから、獣人の人に嫌われ始めたの。でもパパは、ママと結婚する前と変わらず、獣人にもお話していたの」
「エルフを優遇したと勘違いしたんだな」
「なの......」
同じ森の木に成った実でも、隣の実が取られて自分が取られなかったから、アイツだけ特別なんだと思い込んだんだろうな。
同じ木だから、ただの運なのに。
「ダリアはね、反論したの。『パパは優遇なんてしない。領民を平等に想っている』って。でも、皆は......ぐすっ」
そっと肩を抱いてあげると、ダリアは凭れ掛かって泣き始めた。
これは難しい問題だな。ダリアの......ガーネット領のことを知らないと、部外者の俺が口を出すのはリスクが大きい。
ダリアから見た意見だけじゃなく、領民からの意見も欲しい。
「ガーネット領はどこにあるんだ?」
「王都からずっと北、なの」
「北か。なら明日、行ってくるとしよう。元々ミリアと遊ぶ予定だったから、ちょっとした遠足だな」
「遠足って......す、すっごく遠いの! 馬車だと2週間はかかるの!」
必死にガーネット領の遠さを説明するダリアだが、残念。俺に馬車計算の距離は通用しない。
この脚と魔力が限界を迎えるまで走らないと、そもそもの距離感が分からないからな。魔力が湧き出る体質故に、理論上は無限に走れる。
ガーネット領にも直ぐに着くと思うぞ。
「大丈夫だ。一度ガーネット領を見て、観光して帰るだけだ。日曜の夜には王都に戻る。それよりダリアは、友達と遊ぶといい」
「あ、遊べる友達なんて......居ないの」
「居るさ。C組のアヤメという名前の黒ねk......黒い狐の子に、『ガイアと遊べって言われた』と伝えれば、遊んでくれる。俺としては、アヤメの遊び相手になってあげて欲しい」
アヤメは友達が増えるし、ダリアもアヤメと遊ぶことで心の傷を癒せる。それに俺とミリアはデートに行ける.....それも遠くの場所に......WIN-WIN-WINだな。
アヤメがダリアと仲良くなれるか分からないが、良い経験になるだろう。
そう思っていると、授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
「ダリア。お前は1人じゃない。何かあったら俺の名前を出せば相手は引く。それぐらいには悪目立ちしてるから、隠れ蓑に使ってくれ」
「でも、それじゃあガイアくんが......」
「いいのいいの。俺には力があるからな。振るうべき時に振るわないと。あ、因みにこの力の名前、『影響力』って言うんだ。厳密に言えば、悪影響力」
「あはは、変なの......でも、ありがとうなの。その、アヤメちゃんを誘ってみるの」
「そうしてくれ。アヤメが嫌われる、とかは考えなくていい。アイツはどうせ俺で発散するから、ダリアは放置してくれ」
「分かったの! それじゃあ、教室に戻るの!」
「あぁ。先に行っててくれ。俺はお腹が痛いんだ。トイレに行かないと」
そうして軽い足取りで走って行ったダリアを見送っていると、ベンチの影からヒビキが顔を出した。
『抱え込みは良くないですよ』
「抱え込み? ないない。ツバキさんのことも、アヤメのことも、ちゃんと消化しながらやってる」
『......折角のデートに、ダリア嬢の問題を巻き込んで......ミリア様のお気持ちは考えましたか?』
「......ごめん」
『その言葉はミリア様に伝えてください。ガイア様が出来ることは、ガーネット領にて、全力でミリア様を喜ばすことです』
「そうだな。ありがとうヒビキ」
『いえいえ! 俺はガイア様の心を守るのも役目ですので、先手を打ったに過ぎません』
「助かったよ」
小さな影に向けて拳を出すと、ヒビキの太い右腕が影から生え、拳同士をぶつけ合った。
「さて、俺もそろそろ戻るとするか」
ヒビキさんマジイケメン。
次回『おデートですわ!』お楽しみに!
やっぱりこのスタイルの次回予告が好k(ry
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