第4話 寂しくないもん
「いい感じの薪、落ちてな〜い!」
落ちた枝が無いと思った俺は、生きている木の枝を十数本ほど折らせてもらい、繊維質の樹皮を剥がした後、拠点予定地となる水溜まりの場所へと帰ってきた。
「ごめんな、傷をつけてしまった。許してくれ」
生きる為に必要な事とはいえ、生まれたばかりの森を傷つけるのは心が痛む。
絶対にこの枝は無駄にしないと誓った俺は、枝を乾かす為に、キャンプファイヤーの時みたいな組み方で放置した。
「ん〜! 青い実も美味しい! この不便な生活で、数少ない幸せを感じる......ありがとう」
森に感謝をした俺は、昼ご飯となる青い実を3つほど食べ、午後の活動として拠点予定地付近の草むしりをした。
「この草も、乾かせば火種になる。あ、そうだ! いつか蔦や枝が溜まったら、物も作りたいな」
これはサバイバル動画というよりは、昔の技術を教えるといった旨の動画で見たのだが、水と土があれば泥ができ、また、泥や粘土からは土器が作れる。
かなり先の話になるかもしれないが、生活を豊かにする為に、いつかはそういう、道具を作ってみたい。
いや、作る。宣言しよう。俺は道具を作る!!!
「思い込みは未来を捻じ曲げる。出来ることを出来ると言わずして、出来ないことが出来る訳が無い」
何でも口に出して行こう。
昨日、幸せな生活を送ると宣言したように、未来を捻じ曲げる思いで口に出そう。
「ごほん......出来ればこの原始人がすぐにでも終わり、沢山の人が暮らす街へと行き、そこで好きな子と出会ってお付き合いをさせていただき、あわよくば結婚して子どもなんかも授かって、そのまま幸せに死にたいなぁ!!!!!」
強欲である。
古来より人は強欲な生き物だと言うが、正に自分がそうだと思う。寧ろここまで欲に塗れた言葉を発せる自分に、俺は驚きを隠せない。
「正直、剣と魔法のファンタジーな気がしない。孤独と森のファンタジーとしか思えないもん。だから、せめて理想の生活を夢見たいと思うのはいい事だと思うんだ」
水溜まりに映った自分の顔を覗き込んで見ると、意外にも俺は美形の少年に生まれ変わったらしい。
髪は黒く、目は空色に。体は幼いが、心は立派な17歳。
多少の頭の回るガキンチョだと思われれば、例え分明な発達していない世界でも、働けるのではないだろうか。
チートなんて要らない。俺は自分の手で望みを叶えたい。
「魔法の才能とかさ、剣の才能とかさ、そんなん要らないよ。自分で鍛え上げたものだからこそ、何かを達成した時に周囲から認められ、自己肯定感を得られるんだ」
他人から貰っただけの力で手を振っても、本当にその手は人に見せられる手のなのだろうか。
力を貰ったとしても、それを自らの手で鍛え上げず、中途半端な人間が振った手は、綺麗な手なのだろうか。
俺はそうとは思わない。
例え大きな力を授かったとしても、その力を分析し、理解し、鍛え上げてから成し遂げた人の手こそ、綺麗な手だと俺は思う。
「後から能力が分かったとしても、それを腐らせずに活かせよ、未来の俺。幸せな暮らしはお前にかかっているんだから」
決意表明のような言葉を残した俺は、乾燥した枝と草を手に、火起こしの準備へと入った。
まずは乾燥した繊維質の樹皮をほぐし、手のひらと同じくらいの大きさに整えた。
次に、1枚の葉の上に火切り板となる木材を乗せ、最後に火切り杵となる円柱状の枝をセットした。
あとはこの火切り杵を回転させて摩擦させ、火切り板から火種が葉の上に落ち、それを火口で包み、息を吹き込んで火種を育てる。
第1ステップからかなりの難易度だ。頑張ろう。
「出来る、出来る。俺なら出来る。例え失敗したとしても、それは成功への火種になる」
大丈夫。火種は火口で包んで炎となる。
失敗は成功の母......この場合は種だ。ちゃんと育てれば立派な炎になる。
「第1ラウンド......ファイッ!!!」
火切り杵を両手で挟み、手のひらを前後に動かしてクルクルと回転させる。
お〜っと! ここでクラ〜ッシュ!! 火切り板から火切り杵が外れてしまったァ!!!
「第2ラウンド......ファイッ!!!」
体制を立て直した俺は、ゆっくりと落ち着いて、火切り板に対して垂直になるようにして火切り杵を当て、摩擦した。
そしてそのまま20分ほど摩擦熱を高めていると、遂に煙が出てきた。
「落ち着け。まだ煙だ。火種ちゃんはまだ、おやすみモードなんだ」
ここから火種が起きるまで、ちゃんと温めないといけない。故に俺は手を止めず、摩擦を続けるのだが──
「だぁ〜疲れたぁ!! 圧倒的筋力不足! 弱すぎるぞ俺ェ!!!」
心よりも先に、体の限界が来てしまった。
大体さ、少年の体で火起こしとか、一般人にプロが魅せるパルクールをしろと言っているようなもんだぞ。多分。
うん、今のは例えがよく分からない。俺、疲れてるな。
「ご飯を食べたら再挑戦だ。これで無理なら、また明日やる。時間は無制限なんだ。雨が降る気配も無いし、落ち着いて行こう」
頬をペチペチと叩いた俺は、あらかじめ収穫しておいた黄色い果実を置いてある木に向かった。
するとなんということでしょう。僕の楽しみにしていた果実達は、1匹の茶色い小熊さんが現在進行形で食べているではありませんか。
......マズい、マズいぞ。コイツが小熊ということは、近くに親熊が居る可能性が高い。となると、今の俺がするべき事は──
「さようなら」
全力ダーッシュ!!!!!
小熊ならそれ程のスピード出ないはずだ! だから今のうちに森の奥へと逃げて、また明日......明日......
「動物が居るってことは、俺の明日は無いかもしれない」
森の奥に、もし親熊が居たら?
あの熊より危険な動物が跋扈していたら?
......受け入れるしかない。良い選択ではないのは分かっているが、あの小熊を受け入れ、今の生活が送れる可能性に賭けた方がマシなはずだ。
「あ、あの〜......おひとり様ですか?」
『......?』
「君、迷子でしょ? パパは? ママは?」
『......?』
迷子の迷子の小熊さん〜♪ あなたのおうちはどこですか? ニャンニャンニャ......ん? そういや熊って、なんて鳴くんだ?
「まぁいい。親が来たら、俺を殺して食え。栄養価はそれなりに高いはずだ。俺の命、繋いでくれよ?」
『......?』
伝染病などが怖いが、俺は小熊の頭を撫でた。
小熊は犬のように、目を細めて気持ち良さそうな反応をして、果実を食べ始めた。
「可愛いじゃん。短い付き合いになるだろうけど、君には名前をあげよう。今から君は、『安部くん』だ」
そうして暗くなった拠点予定地で、俺は安部くんと一緒に黄色い果実を頂いた。
2日目にして孤独じゃないと感じたせいか、俺は昨日よりグッスリと深い睡眠に入った。