第36話 おサボり冒険者、鬼と出会う
書き溜めが無くなってきた柑橘類。
「こんにちは。《原石》で受けられる依頼はありませんか?」
アヤメを見送った後、いつも通り教室に戻ろうと思ったのだが、時間的に授業がガッツリ始まっていることもあって、俺は今日1日、サボることにした。
素行不良と言われるだろうが、サボっている間は冒険者として世の中の為に活動させてもらおう。
時間は有意義に使わないと。
「《原石》でしたら、東の森に出るゴブリン討伐がメインとなります。稀にシルバーベアーやオークが出ますが、見付けたら直ぐに離脱してください」
「分かりました。では、それでお願いします」
確か、魔物を殺したら討伐証明の部位を剥ぎ取って、残った死体は食べるか燃やすか埋めるかしないといけないんだったか。
ガルさんに教えてもらった情報だ。
「......すみません、その服装、もしかして学園の生徒さんですか?」
「ん? あぁ、はい。周りから避けられるようになったので、授業サボって来てます」
「それは......ギルドは冒険者さんのメンタルケアも仕事です。解決には時間が掛かると思いますが、しっかりとお話は聞きますので、いつでも相談してください」
「ははっ、大丈夫ですよ。でも、気持ちは有難く。では」
「はい! 行ってらっしゃいませ!」
優しい受付嬢さんだ。涙が出ちゃうね。
「おい」
「トゥットゥルットゥトゥ〜♪」
「おい! そこの子ども!」
「あ、俺ですか? すみません。何でしょうか?」
危ない危ない。暢気にギルドを出ようとしたら、スキンヘッドの厳ついオッチャンに絡まれてしまった。
でもこの人、目付きは悪いが口元が優しい。多分、優しい人だな。
「お前さん、気を付けろよ。魔物は舐めて掛かったら死ぬぞ」
「え? はい。存じ上げております」
「いいや分かってねぇ。お前さんみたいな子どもは楽観的に見やすいからな」
「あなた? 子どもを心配するのは良いけど、子ども以前に彼は冒険者よ? それぐらい、覚悟の上のはずよ」
「だが......」
なんだなんだ。オッチャン、奥さんが居るのか。しかも夫婦で冒険者とは、中々に楽しそうな人生を歩んでいるな。
あっ......一応、俺とミリアも冒険者だったな。
「心配してくれてありがとうございます。俺は自分に出来ることと出来ないことの判別はつきますので、ご安心を」
「......そうか。だが、気を付けてな。子どもが死んだら、国が亡びる」
「はい! では、俺は行きます」
王都のギルドも、優しい人が多いな。というか俺が今まで出会った冒険者の、大概は優しい人だった。
皆で忠告し、助け合うからこそ、効率良く強くなったり、死亡率が減るのだろう。
◇ ◇
「アードッコイ! ワッショイショーイ!」
『ガギャギャギャア!』
「ん〜目潰し! からの〜......心臓パーンチ!」
王都から東に数キロ程歩いた場所にある森に来ると、目的であるゴブリンと次々に接敵した。
たった2時間でゴブリンの動きの癖を理解し、突然変異だが知らないが、普通の奴とは違う行動をするゴブリンも何十体と殺した。
そんな俺の鞄に入っている、ゴブリンの討伐証明部位である右耳は、もうそろそろ鞄から溢れそうな量だ。
「何体狩れば良いか分からんな。聞いておけばよかった」
あんまり狩りすぎても生態系に影響を及ぼしそうだし、ここらでやめにしようかな。
ドシン! ドシン! ドシン!!!
『グォォォォォオッッッ!!!!!!!』
「なんか出た。君がオーク?」
森の奥まで来たせいか、危険と言われたオークらしき魔物と遭遇した。俺はオークがどういう魔物か知らないが、日本でやったゲームによれば、豚の巨人だったはずだ。
だが俺の目の前にいる巨人は、2本の大きな角が生えた、鬼みたいな魔物だ。
「あ〜待て待て、知ってる気がする。ゲームでやった。確か......オー、オー......オーガ? そう、オーガだ!」
思い出したらスッキリした。ベイカーベイカーパラドクスに入る前に思い出せてよかったぜ。
「討伐証明部位、分かんないな。角か? それとも牙? 目なんかもありそうだな。いや、爪とかもあるか」
『グォォッ!!!』
オーガが繰り出す、突進の勢いをつけたパンチは、まるで大型トラックがこちらに突っ込んでくるような迫力だった。
パシッ!!!
「掴まえた。それじゃあ、また来世」
左手でオーガの拳をめり込ますようにして掴まえた俺は、右手に持つ剣を使い、オーガの首を斬り落とした。
「分かんないから、首は血抜きしてから持って帰るか」
物理的に頭があれば、討伐したと認めてくれるだろう。
俺の頭(思考)も無いが、オーガの頭(物理)も無い。
バカと死体の勝負が今、始まる──!
「始まりません。なんか新しい魔物も来たし、フィーバータイムに入ったな」
『ほう、俺の存在に気付くか、人間』
「喋ったァァァァァァ!!!!!!!!」
凄いぞ! 人間や魔王、精霊以外の魔物と初めての交流だ! これは千載一遇のチャンス! 何としてでもコイツの情報......を......あれ?
「もしかしてお前、鬼か?」
俺の前に現れたのは、20代前半くらいの男だ。
赤黒い髪に深紅の瞳。頭には2本の角が生えており、先程のオーガを連想させる外見をしている。そして腰には、3本の刀を提げている。
『少し違うな。俺は『天鬼』。鬼神とも言われる、最強の鬼だ』
「へぇ〜。凄いんだな、多分」
『あぁ、凄いぞ。ここ1000年、二合も交えたことがないからな』
「そうなのか。で、お前が来た目的は?」
コイツは明らかにこの森に居る存在じゃない。この、天鬼が放つ威圧感は、存在するだけで森の生態系を狂わせる。
森を荒らされる前に、対処しないとな。
『単純だ。強そうな人間がオーガを殺したもんだから、虚の脚で来てみただけだ』
「なんだ、ただの暇人か。帰れ帰れ。面白いものは無いぞ〜」
『......クハハ! 面白いな、お前。童の癖に肝が据わっている。どれ、遊んでやろうぞ!』
キャー! 誰か大人を呼べる人を呼んできて〜!
『死ねぇい!!!』
ダメだ。近くに大人も、大人を呼べる人も居ないのに、天鬼が極めて素早い居合抜刀斬りで攻撃してきた。
仕方ない。今は俺が大人の役をやろう。
「お前が遊びたいだけだろ? ガキンチョ」
全力で右手に魔力を循環させて、俺は刀を掴み取った。
『......は?』
「あ、そうだ。刀が欲しいと思ってんだよな。お前、二合も打ち合わないなら3本も要らねぇだろ? ちょっと貸してくれよ」
呆気に取られた天鬼に、俺は右手から全身の身体強化に魔力の流れを変えると、天鬼が提げている3本の刀のうち、2本を奪い取った。
「うん、重い。良い刀を持っているじゃないか。使われないのが可哀想だ」
『......童......今、何をッ──』
「鬼の首、取っちゃおっかな〜?」
奪い取った2振りの刀は、素晴らしいという言葉では言い表せないほどの業物だった。
そんな刀を子どもに取られた上に、自分よりも速く抜刀され、首の両側に刃を当てられたら......あぁ、可哀想に。
足が震えているじゃないか、天鬼。
『アッ......や、やめろぉ! やめてくれぇ!!』
「お前は、今まで相手が命乞いをしたら殺すのをやめたのか?」
『............』
『ほら見ろ。それに......遊び、なんだろ? お互いの命を賭けた遊び。あぁ、本当に可哀想だ。たった1つの命を、無駄に高額ベットして負けるとは」
魔物を殺したらその魔物の頂点に立つ魔物が現れたのに、ただ自滅をしただけに終わった。
俺が何を言ってるか分からねぇと思うが、俺も何が起きたのかサッパリ分からねぇ。ただ言えることは、面倒事が増えたって事だ。
さて、落ち着いたところだし冷静に考えてみよう。
このまま殺しても、ギルドは討伐したと認めてくれるだろうか? コイツの首を持って帰ったら、ただの人殺しと間違われるかもしれない。
そうなれば退学処分は間違いない上に、指名手配や死刑すらも有り得るだろう。
そう考えれば、やはりコイツは元に居た場所へ返す方が良い。というか、そうする他ない。
「よし、お前の命は取らないでおく。その代わり、命よりも重いであろう、この2振り......いや、1振りの刀を頂く」
『こ......殺さない、のか?』
「殺すメリットもないしな。それじゃあ俺は帰るから、お前も帰りな。そろそろ日が暮れるぞ」
俺は天鬼の前にそっと片方の刀を置くと、オーガの首を持って天鬼に背を向けた。
剣士としては、戦った相手が悠々と背中を見せながら去っていく姿を見るなんて、屈辱で堪らないだろう。
『ま、待ってくれ! いや、待ってください!』
「なに。着いて来られても困るんだけど。早く帰れよ」
『......貴方の配下にしては、頂けないでしょうか』
「頂けねぇよバカ。お前が居たら学園にも行けねぇし、更に浮いた存在になるだろうが」
もう俺も仕事が終わったんだし、帰してくれねぇか? これ以上面倒事を増やしたくない。
『ご安心を。俺の脚は影に入れます故、貴方様の邪魔にはなりません』
「ンなもんどうでもいいわ! お前が俺のところに来る理由が無ぇっての!」
面倒は〜♪ 歩いてくるの〜♪ だ〜から走って逃っげるっのね〜♪
マジでふざけんなよ。アヤメの件も俺の問題もあるというのに、ここで天鬼を仲間にするなんて、ありがた迷惑も良いとこだ。
本当、勘弁してくんないかな。
『俺は貴方様の元に居ることで、強くなれると思うのです。俺の根源は強くなることに在ります』
「なら勝手に1人で強くなってください。帰れ」
『必ずや、貴方様の役に立ちます』
「あっそ。なら今すぐ役に立つ仕事をやる。帰れ」
『いいえ。貴方様が拾ってくださった命、貴方様に仕えることで恩を返します』
「恩返しなら絶縁でどうぞ」
『なりません』
ク、クソが。一時の思いに任せて首を落としたくなる。本当にやめてくれんかね。魔物を傍に置くの、もう怖いんだよ。
......俺は、安倍くんを守れなかった男だぞ。
「天鬼」
『はっ』
「お前は俺に仕えて、どうしたい?」
『貴方様の命を、この命を懸けてお守りすること。そして、この肉体を以て貴方様の役に立つことです』
「そうか」
無理だ。俺は天鬼を守れるほど、強くない。
もし天鬼が何者かに襲われて死にそうになった時。人間に近い見た目故に、俺に必死に助けを求める目をした時。
その時、俺が守れなかったら......
怖い。怖い。怖い。きっとその目が永遠に脳裏に焼き付き、毎晩毎晩思い出し、眠ることすら出来なくなる。
そんな生活を送る可能性があるなら、俺は今、大切にしている人だけを守り通したい。
ミリアとサティス。俺は2人までしか守れない。
『恐れないでください』
「......何が?」
『御自身でどうにもならない事態になった時、自身を責める心の在り方に、恐れないでください。貴方様は、強いです。強さは責任です。それは俺も、知っています』
......めろ。
『生き物は全て、先天的な強さと後天的な強さを持っています。先天的な強さとは、人間で言えば貴族が当てはまるでしょう。生まれ持った権力という力は、膨大な責任を伴います』
やめろ。
『後天的な強さは、俺と貴方様のような、自らの意思で強くなり、自身や同胞を守る、肉体と精神力です。こちらは、自身の心の在り方で責任の重さが変わります』
やめろ!!
『俺は後天的な強さしか持っていません。ですが貴方様は......きっと、両方の強さをお持ちなのでしょう。その空色の心を見れば、簡単に分かります』
「やめくれよッッッ!!!!!!」
『いいえ、やめません。貴方様のその心の在り方に、誰もが惹かれることでしょうから。それは2つの力を持った、貴方様にしかない特権です。その素晴らしさ、誇らしさに気付くまで、俺はやめません』
もういいよ......俺は弱いんだ。大切な存在も守れず、仇を打ち、ミリアとぜルキアしか一緒に転生させられないような人間なんだ......もう......自由にさせてくれ。
『自らを締め付けるその思考。強者に必要な思考です。ですがそれは、身を滅ぼす考えでもあります』
知ってるさ。そうやって俺は強くなったんだから。
あの精神が狂ったとしか言えないレガリア時代の魔王討伐。何度魔王を殺しても、『遅い』『もっと早く』としか口を開かない自分の恐ろしさ。
そんな道で手に入れたこの強さも、心の弱さは補ってくれない。
『何故、誇らないのです? 貴方様は賢い。賢い者は、驕らずに自分の力を見せられます。それなのに貴方様は、然も『強くて当然』のような、果ての無い道を歩くのですか?』
「俺は......弱い」
『俺は弱い人間に殺されるほど、天鬼をやっておりません。過去の戦いでは、1万人もの人間を1日に殺したこともありますので』
「......心が、弱い」
『そうでしょう。それを理解しているのに、強くしようとしないのは貴方様の間違いです』
「っ!」
ハッとした。俺は今まで、自分の心が弱いことを理解していた。理解していたからこそ、逃げるように『声に出してやる気を出す』などという真似をしていた。
それは......間違いだったのかもしれない。
最初にこの世界に転生し、『幸せに生きる』と言ったことも、『家と刀を作ってもらう』ということも、『ミリアと結婚する』ということも......全部、行動で成せるものだ。
それなのに俺は、行動に移すことが出来ない弱い心を声で隠し、生きてきた。
愚か。愚かとしか言いようがない。
『納得、して頂けましたか?』
「......あぁ」
『それでは俺は、行動で示します。俺、天鬼は、貴方様に仕え、お守りすると』
安倍くん。俺はずっと、自分のせいで君が死んだと思っている。この考えは、生涯曲げることは無い。
「俺は......」
でもな、『俺が悪い』とは思わないことにした。
安倍くんの死は、これまで積み重ねてきた日々のせいで運命がズレたとしか思えない、ってな。
だから、俺は進むよ。君もそうだろう? 俺に撫でられているより、俺と歩いている方が楽しそうだったんだしさ。
「強くなる。体も、心も。強さに伴う責任に恐れない心に、鍛え上げる。だから天鬼......力を貸してくれ。俺は弱いから」
『今は、ですけどね。勿論です。貴方様に役立つのが、これからの俺の生き方ですから』
日が暮れ、視界に広がる闇の森の中。
俺は天鬼を仲間にした。
鬼です。オーガです。魔物です。
次回『異色な4人』お楽しみに!




