第3話 命の危機、感じます
「何で裸? 俺、制服を着てたはずなんだが......」
おかしいな。
確か俺は、学校に行く途中で可愛い猫に遭遇し、友也達と喋りながら歩いていたはずだが、何故草原に寝ているんだ?
「というか、何か体が変......ふぁい!? ちっこい!」
起き上がって周囲を見渡していると、俺は自分の手が......全身が小さくなっていた。多分だが、10歳くらいの身長だろう。
どうして体が小さく......待て、思い出したぞ。
「そうだ。俺、友也に危ないって言われて、そして......」
「死んだんだ」
やべぇ、これが生まれ変わり? 転生ってヤツ? あの17年の一生に幕を下ろし、新たなハッピーライフを異世界で送れるってこと!?
「普通、転生するなら神とか女神とか天使とか、そこら辺の存在と話すもんじゃねぇの? なんで俺、何一つ説明も無しに転生してんだよ」
これだと自分がどんな能力があるのかも分からないし、そもそも魔法的なサムスィングがあるのかも分からない。
あ〜あ、これ、多分無能力スタートのやつだ。終わりだ。
「しかも街スタートでも出産スタートでもないとか、殺す気なの? ねぇ、見渡す限りの草原なんだけど? ん? このままじゃ僕ちん死んじゃうよ?」
これはアレか。サバイバルか。
『前世の知識を活かして、何とかしてこの草原で生き残ってね(はぁと)』的なスタートなのか!?
あぁ、そう考えると燃えるものがある。自分の手で道を切り開き、生きていくというのはロマンに溢れているからなッ!!!
「フフ.......フフフフ! フーハハハハハ!!! 転生? サバイバル? 草原スタート?......いい、いいぜ。やってやる。原始人スタートだけど俺は、この世界で幸せに暮らしてやるぞぉぉぉ!!!!!」
蒼く澄み渡る空へと叫んだ俺の声は、やはり6歳くらいの幼い声をしていた。
「とりあえず着る物を作ろう。服なんて上質な物なんか無くても、大事な部分を隠す程度でも人間は落ち着くって、偉い人が言ってた」
異世界あるある。前世の知識、持ち込みのコーナー!
俺は前世で死ぬ少し前、春休みだった頃に、インターネットで色んな動画を漁っていたんだ。
その中には勿論、サバイバルに関する動画もあった。
男の子ってのは、いつだってロマンを追い求める生き物なの。日本という恵まれた環境に居た俺からすると、大自然の中で死と隣り合わせのサバイバルをする人間に憧れていたんだ。
そしてそんなサバイバル系の動画を見まくっていた俺は、4つのキーワードを覚えている。
「fire・water・shelter・food......この4つを揃えないと」
それぞれ、火、水、基地、食料だ。
今の俺が用意出来るのは......出来るのは............出来るの......は......
「何も用意出来ません。命の危機、感じます」
だって周り、何も無いんだぞ!? ただの草が生えまくったこの土地で、何を用意しろってんだ!? おぉん!?
......いや待て、落ち着け河合樹。お前は賢い。そう、いつだって冷静な男さ。
落ち着いて今の状況を分析し、出来ることを順序立てて考えよう。
「火を起こすにしても、材料が要る。別にここへ戻ってくる必要も無いし、何かあるまで歩くしかない」
まずは火だ。
火を起こすには確か、乾いた草や木の枝が必要だと学んでいる。大丈夫、火の起こし方や維持の仕方は学んでいる。だから材料さえあれば出来る......はずだ。
そんな甘い考えで歩いていると、あっという間に15時間が経った。
「え〜、父さん、母さん。そして友也に美香。ごめんな。俺、異世界で最速死亡RTAをやっているんだ。きっとこれは、世界新記録になると思う」
フカフカの草の地面に寝転がった俺は、数多の星が煌めく夜空を見詰め、前世でお世話になった人達へ感謝を捧げた。
「ごめん......ごめんなさい......死んじゃってごめんなさい」
もうこの世界でも生き残れないと思うと、涙がボロボロと溢れだしてきた。
「ちゃんと注意して見ていれば......轢かれる前に気付けたはずのに......ごめんなさい......ごめんなさい」
サバイバルが楽しみ? 異世界転生してラッキー?
ハッ、バカかよ俺は。火も水も人も居ないこの状態を楽しもうとしているなんて、お前は何様だよ。
今日はもう寝よう。泣いていても体力を無駄に使うだけだし、明日起きたらまた歩きだそう。
「おやすみ......ぐすっ」
◇◇
「な、何これ......どういうことだ?」
異世界生活2日目。目を覚ました俺は周囲を見渡すと、そこには信じられなほど豊かな森が広がっていた。
「は? 昨日は確か、草原で寝たから......もしかして動物が来て、連れ去られたのか!?」
そう思って足跡や自分の体を触っていると、俺の体がビチョビチョに濡れていることに気が付いた。
一瞬、『漏らしたか?』とも思ったが、アンモニア臭もしなければ、ベタつくような感覚もしなかった。
「何だろうこれ。水......にしてはおかしい。青いぞ?」
俺の寝ていた場所に水溜まりが出来ていたのでらそこから液体を掬ってみると、確かにこの液体は青い、いや......空のような、明るい水色をしていた。
「これは飲み水として使えるかな?」
昨日から何も飲んでいないせいで喉が乾いている。
正直に言って、飲める物なら何でも飲みたい。それこそ、自分の排泄物だとしても。
そう思い、俺は水溜まりに口を付け、空色の液体を飲んでみた。
すると液体は喉を潤す感覚をもたらす前に、俺の体内へと消えていった。
「なんじゃこりゃ。無味無臭を極めた液体か?」
2度、3度と飲んでみるが、やはりスーッと体内へと消えていく。
これはダメだ。飲み水として使えない。何か他の液体を探さないと。
「って、木があるってことは水がある証拠だよな。なら近くに水が......まさかな」
嫌な予感がする。
俺の周囲に生えている木は、もしかしたらこの液体で成長している可能性がある。
そうなると俺は、飲み水も何も無くなる。
「違う。この森を見て俺は最初、何を思った?」
豊かな森だ。豊か。それ即ち、繁栄している姿を見たからこそ感じたイメージだ。
だってほら......色鮮やかな果実が実っている。
俺は小さな体で一生懸命に木を登り、高さ1.8メートルくらいの場所に実る、黄色い果実を手に取った。
というか俺、身体能力高くね? 凄くスムーズに木登り出来たんだけど。
「ンなことはいい。パッチテストだ。毒の有無を調べないと」
パッチテストとは、肌の薄い部分......例えば肘の内側などに物を当て、その物体にアレルギー反応があるかどうか、調べる事だ。
俺は果実の皮を左肘の内側に。果実を木にぶつけて砕き、中の果肉を右肘の内側に擦り付けた。
そして待つこと1時間。俺はソワソワしながら木にもたれ掛かり、休憩していた。
「うむ。痒みも痛みも何も無し。最後に舌先に乗せてチェックだな」
果肉の部分を舌先に乗せると、俺はそのまま噛み砕き、喉の奥へと送り込んだ。
「や、やべぇ......超甘い。超美味しい!」
もう、パッチテストどころじゃなかった。
果肉を乗せた瞬間、俺の舌は猛烈な甘みを感じ取り、鼻では優しいフルーツの香り吸い込んだせいで、果実に意識を奪われてしまったんだ。
手のひらサイズの黄色い果実は、数分もたった頃には芯の部分と種だけを残し、俺の胃の中へと入った。
地球で例えるなら、梨の様な見た目をしているが、味はイチゴのようなベリー系の甘酸っぱさを持ち、スイカと間違えるくらいの水分を含んでいた。
この果実は沢山実っているので、暫くは水分補給に困らないだろう。
「これで水は確保出来た。あとは火と基地と食りょ......そうか、食料も木の実があるのか」
あまりにも瑞々しく甘い木の実だったせいで、まるでジュースのように感じていた。
それに、ジュースと思えるほど甘いということは、それなりのカロリーがあると信じても良さそうだし、食料問題もこれで解決......かな?
次は何に取り掛かろうか。一気に思考の幅が広がったぞ。
「火だな。果物だけじゃ栄養が偏るから、いつか肉を得た時の為に、調理用としても灯りとしても、火が必要だ」
やることが決まれば行動するのみ。
俺は明るい気分で森を歩き、乾燥している木材。つまりは落ちた枝を拾いたかったのだが......これが全然落ちていないのだ。
綺麗な森だ。いや、綺麗すぎる森だ。枝や葉が1枚も落ちていない、まるで──
「まるで、今日生まれたかのような森だ」