第28話 ざまぁ見やがれ
「ガイア、起きて。朝だよ」
試験から2日後。合格発表日の朝、俺は宿でグッスリと眠っていた。
「──むい。あと5時間」
「あら、なら3時間ほど短くしてあげるわ。朝から楽しむ?」
「......ませてんなぁ」
「それじゃあ脱が「待て待て待て! 起きるから!」......そう」
ヌルッと俺の服の中へ手を入れたミリアに、俺はゴキブリのようにベッドの上を這って逃げた。
「残念ね。それとも、昨日の疲れが残ってるのかしら」
「......それもある。まさか、ツバキさんと戦うことになるとは思ってなかったからさ」
俺が熟睡した原因。それは昨日、奇妙な4人組で王都の外へ遊びに出ると、突如始まったツバキvs俺のガチンコ鬼ごっこ。
午後の6時間は、ずっと追っては追われの繰り返しだった。
「あの狐が起きる前に学園に行くか」
「うん。だから早く着替えて」
「あいあい......っておい、外に出る気あるのか?」
「無いわよ。着替えくらい、今更でしょ?」
「それもそうだな」
何か、俺は大切な心を失っている気がする。
昔は裸で抱きついて叫ばれたのに、今じゃ特に何も思われない気がする。これが長い年月を共にした弊害か?
って、うん。めちゃくちゃ見られてるわ。ガン見されてる。しかも顔が赤い。可愛いなミリア。
「お待たせ。行くか」
「え、えぇ。あと......手、繋ぎたい」
「......分かった」
荷物を持ってミリアの左手を取り、部屋のドアを開けた瞬間──
「おはよ。どこに行くの?」
「「あ」」
ツバキさんが万全な装備で出待ちしていた。
「俺達はこれから学園です。受かってると思うので、しばらくお別れです」
「なんで?」
「学園は寮生活だし、冒険者として外に出る時間も減るからよ」
「ん〜?」
どうしよう。この狐さん、理解してない様子だ。
ツバキさんは確か、17歳と言っていたし、学園に通っていたかは知らないが、存在そのものは知っているはずだ。
「それじゃあ行きますね。また会ったら、その時はよろしくお願いします」
「え〜。う〜ん、ばいば〜い」
ヒラヒラと手を振って見送るツバキさんに頭を下げ、俺達は学園へと向かった。
「え〜っと、名前は〜」
「あったわ。私の1個上。ガイア・アルストって」
「ホントだ。ぜルキア・アーレンツもあるな。よしよし」
もう既に大量の生徒が張り紙の前に居るので、俺達は目に魔力を集中させ、遠くから名前を見付けた。
そして名前を見付けたことに安堵していると、俺とミリアの方へ向かってくる、3つの足音が聞こえた。
「お前、ガイア・アルストだろ」
「あ、はい。初めまして」
やけに綺麗な服に身を包み、靴から髪まで綺麗にセットしてきた筋肉......というより脂肪に体を覆われた少年が、俺を見下すような目で見てきた。
それからその少年の後ろに居る2人の少年もまた、体型こそ普通だが、俺を見下すような目をしている。
俺は、あんまり関わるのも面倒だと思ったので、ミリアの手を取ってその場を後にしようとすると──
「お前、アミリア様に触れてんじゃねぇ!」
パシッ、と少年が大きな手でミリアの手を奪った。
「大丈夫ですか? アミリア様。あのような者より、私の「黙ってくださる? ゴミクズさん」......え?」
少年が見たミリアの目には、ゴミとして見るのも憚られる、最早嘲笑とも取れる視線が見えたことだろう。
「その汚い手で私に触れないでくれるかしら。不快だわ。それにアミリアって誰よ。人の名前も間違えた上に、愛する人との時間を邪魔するなんて......あなた、最低ね。控えめに言って消えて欲しいわ」
「えっ、え......」
「後ろの2人も、ガイアを見下すようなその汚い目で見るの、不快だわ。もし時期が悪くてイライラしていたら私、あなた達の目を抉っているところだったわね。良かったわね? 運が良くて」
「「っ......」」
うわぁ。可哀想に。多分、どこかの貴族の子なんだろうけど、よりによって1番手を出しちゃいけない人にちょっかいかけたな。
俺は別に視線程度なら我慢出来るが、優しいミリアはそうはいかない。
「行きましょう」
「あいよ」
さり気なく魔法で腕を洗ったミリアは、俺の手を引っ張った。
中々見ることがないミリアが俺を引くことに、心の底から好きが溢れた。
「ミリア」
「どうしたの?」
「好きだ」
「うヒュっ!......そ、それは2人っきりの時に言いなさい」
「今言いたかったんだ。許してくれ」
「もう、仕方ないわね。取り敢えず理事長の所へ行きましょ。それまでは手を繋ぐから」
「分かった」
後に起きる問題に対し、事前に対策を打つ上に2人の時間を確保する。それを今の数秒で考えられるミリアは非常に聡明と言える。
賢くてカッコよくて可愛いなんて、ミリアは凄いな。
「ほら、ガイアもぼーっとしてないで理事長室を探して」
「はいはい。といっても、直ぐに分かると思うが」
「どうして?」
「こうして......感覚共有」
糸状にばら蒔いた魔力が得た情報を全て俺の頭に流す。そうすることで、地道に歩かずとも糸で情報を得られる。
「それ、森の時みたいに頭痛が酷いんじゃ......」
「大丈夫。頭にも魔力を使ってるから」
「湧き出る魔力って便利ね。まぁ、放置すると湖が出来ちゃうのは難点だけど」
「本当に、そう思うよ。あぁ、見付けた。3階の真ん中の部屋だ」
「分かったわ。ありがとう、ガイア」
「気にすんな」
ミリアにギュッと手を握られた。小さいのに、強く、暖かい手で。
そんな愛する人の手を握り返し、今度は逆に、俺がミリアを引っ張って理事長室の前まで来た。
「コンコン、失礼します。ガイアです」
「口でノックする者は初めてじゃな。入れ」
「は〜い」
許可を得たので入らせてもらう。この時、スっとミリアが手を離したのを見るに、本当に2人っきりじゃないと積極的になれないようだ。
可愛いな。
「こんにちは、リリィさん。合格したガイア・アルストです」
「同じく、ミリアです」
「知っておるとも。元第3王女とその婚約者じゃな?」
「「はい」」
「なら理由も分かる。各生徒に......は、難しいじゃろうが、教員には伝えられるからの」
「ありがとうございます」
ミリアを第3王女“だった”アミリア・デル・レガリアと間違わないようにしてくれると、言外に匂わせた。
「だがまぁ、難しいじゃろうなぁ。そもそもアミリア様が婚約、それも王家から出る形で婚約している。そう知っている者が少ないからのぉ」
「時間の問題......ですかね。今のミリアは平民。なのに、貴族の坊っちゃんが俺からミリアを奪おうとするのが、面倒で面倒で仕方ありません。全く」
「はっ、お主の力なら余裕じゃろうに」
「貴族相手に暴力は、不利益しか生まないのでね」
「ふむ。違いない」
暴力以外なら割と何とかなる、というのも貴族の面白いところだ。
怪我をさせなければ金で全て解決できたり、力そのものに怯えさせれば、相手は手を出さないからな。
形に残らない力が強いんだ。貴族ってのは。
「それではそろそろお暇します。伝達のほど、よろしくお願い致します」
「お願い致します」
「よいよい。生徒のためじゃ。それより入学式は明日じゃ。遅刻するでないぞ?」
「「はい!」」
「うむ。ではお主らの今後のを活躍を楽しみにしておる」
優しい人だな、リリィさん。
これからたくさんの迷惑をかけることになるだろうから、時間が出来たらお礼としてご飯や手伝いでお返ししたいな。
そうして、去り際に再度お礼を伝えてから、俺達は運動場に出た。
「あ! なんで校舎側から出てきてんのさ〜!」
「ごめん、ぜルキア。ちょっとお話をしていてな」
「それより、3人とも合格したのだから、お祝いでも行きましょ?」
「ん〜......ま、それもそうだね! 行こうか!」
俺の表情から何があったのかを察してくれたぜルキアは、深く聞くでもなく、優しく俺達を先導してくれた。
強か。




