第22話 待っていてね、王女さま
お待ち!
アンデッドベアーの1件から3ヶ月が経ち、俺は少しずつだが、実力を伸ばしている。
「フッ! ハァ!!......くぅ! 腕を上げたな、ガイア」
朝の農場に木を打ち付ける音を轟かせる毎日に、日々成長を感じている。
1日1歩。これまで歩んできた道を伸ばし、更に踏みしめていくこの感覚は、ある種の達成感を得られる。
「元から強かったけどね。でも、これで粗方の基礎の見直しと応用は出来たかな?」
「あぁ、完璧だ。自慢息子として王都に送り出せる」
父さんに太鼓判を押された俺は、ルンルン気分で家に帰ろうとしていると、アヒル君の時に馬が合わなかった男が家に来た。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「依頼だ。王家の蝋封がされているが、何があった?」
「ただのお手紙ですよ。詮索はマナー違反です」
「......そうだな。厄介事なら気を付けろよ。じゃあな」
この人、なんか丸くなってないか?
ガルさん絡みで何かあったのかは知らんが、俺の記憶にあるお兄さんとは全然違うな。
「あ、はい。お兄さんもお気を付けて」
「お、おに、お兄さん!?」
「はい。お名前を知らないので。すみません」
「はぁ......レクスだ。その......この前はすまなかった」
「気にしないでください、レクスさん。それでは!」
「おう」
中々に変な人だ。今度、ガルさんと一緒に話でもしてみ......いや、学園があるから冒険者として活動出来ないな。
どうしたものか。そろそろ入試があるぞ。
「まぁいいや。手紙読も〜っと」
サティスが遊びに行き、部屋に誰も居ないタイミングを見計らった俺は、1人で静かに手紙を開いた。
『ガイアへ。
まず、お手紙ありがとう。ラブレターかと思ってウキウキしていたけど、普通の近況報告で少しガッカリしました』
「ありゃ、ラブレターにするって手もあったな」
前文を読んだ時点で、ミリアの言うラブレターで送っても良かったと、今更ながらに思った。
『私の方も、問題なく学園に入れると思いますが、少し面倒な事が多くなりました。ガイアはまだ出席していない、貴族パーティの話です』
『縁談を持ちかけられる事が多く、非常に困っています。私は、婚約者としてガイアが居ると言いたいのに、国王である父親や第1王子の兄が聞く耳を持ちません』
「第3でも、王女だからな......」
『早く、私に逢いに来てください。もし、結婚相手を親が勝手に決めるようなら、私は王家を捨てて君に逢いに行きます。精霊の時とは違って、ガイアと結ばれるという、目的を持って血筋を捨てます』
「おっと? 雲行きが怪しくなってきたな」
『この手紙が届く頃合いが分かりませんが、学園に入る前に一度、王城に訪れてください。そこで、家族に『この人と結婚します』と言います』
『もし認められなかったら、先述の通り、王家を捨ててガイアと生きる道を選びます。ゼルキアには申し訳ないですが、その覚悟はもうしていますので』
「ヤベぇな、責任重大だ」
『ちなみに、君の容姿については話を通しているので、この手紙を読んだ後、全力で走ってきても大丈夫ですよ。君の全力なら、1日も経たずに王都へ来れるでしょう?』
「どうだろうな。途中で休憩を挟みたいが」
『休憩? 要らないわよね? ガイアは私の為なら1秒足りとも休まなくて平気だもの。ガイアの愛の力を私は信じているわ。ねぇ? そうよね? 足を止める必要なんて無いわよね?』
「怖っ!!!」
冷や汗が止まらない。まるで目の前にミリアが居て、俺の声を直接聞いて会話しているような感覚だ。
『冗談よ。本気にしたならごめんなさい。少し、遊んでみただけなの。許してください』
「許す。文面は怖いが、愛が伝わって嬉しいからな」
『ありがとう。許してくれるのね』
「だから先読みして書くのやめてくんない?」
『先を読ませる方が悪いのよ』
「ミリアさん!? か、完敗だ......読み負けた」
『私の勝ちね。さて、手紙は以上にします。今の私は、君が想像する以上に寂しがり屋になったんだと気付いてください。200年の相棒、ミリアより』
読むだけなのに、大量のカロリーを消費した。
まさか俺の反応を先読みして書いてくるとは思わなかった。ミリアの俺に対する理解度がかなり高いことを知れたが、同時に恐ろしくも感じる。
なんせ、これが戦闘なら俺は死んでいるからな。
「......行くか」
今はまだ午前だ。軽く持ち運べる食糧を持って行けば、今日のうちに王都へ行ける気がする。
確かここ、アルスト領から王都へは北に行けばいいって、前に爺ちゃんが教えてくれた。馬車で行けば何日、或いは何週間か掛かるとも言っていたな。
でも、身体能力を強化した俺なら24時間もあれば着く。
「よし、行こう。置き手紙だけしておこうかな」
「ただいま!......お兄ちゃん何してるの?」
珍しい。昼前にサティスが帰ってくるなんて、ここ数週間は無かったのに。
しまったな。タイミングが悪すぎる。せめて何処に行くかだけは伝えて、ちゃんと置き手紙だけはして行こうか。
「お兄ちゃんはこれから王都に行く。ミリアに会って、正式に婚約の話を進めてこないと大変な事になるんだ」
「サティも行く!」
「ダメだ。それに、どうせ3ヶ月後には絶対に俺は王都へ行くんだ。明日か明後日には帰るから、大人しくお留守番してなさい」
「いや! サティも行く!」
だよな。こうなると思ってた。
例えサティスが俺の事を大好きじゃなくても、普通の兄弟であったとしても同じことを言うだろう。俺がサティスの立場なら、そう言うから。
「ガイア、急に王都とはどういう事だ?」
「ミリアとの関係について、国王に話すの」
「へ? そ、それは緊急招集が掛けられたのか?」
「ううん。でも入学前には絶対に行かなきゃならいから、今から行くの。ミリアも困ってるって言ってるし、早めに片付けたい」
「う〜ん......」
もういいかな。ミリアの精神を削らせたくないから早く行きたいんだけど。
「じゃあ、行ってくるね。吉報を待ってて」
「あ、おい!」
「お兄ちゃん!!」
ポケットに金貨を2枚入れた俺は、最後にサティスの頭を撫でてから家を出た。
──身体能力、超強化
普段の強化に流す魔力を数倍増やし、その上循環速度を上げることによって人間離れした身体能力で俺は駆け出した。
人通りの多い街道を避け、俺は新幹線並の速度で草原や森、そして王都へ行くのに経由する侯爵領を走り抜けた。
「......ん?」
数時間程走っていると、王都へ入る為に並ぶ、長蛇の列が前方に見えた。
「仕方ない。止ま「ねぇ」......何ですか?」
最後尾に並ぼうとすると、俺の横に突如として現れた人間が、刀を向けてきた。
そう、刀。この世界では存在しないと思っていた剣を捉えた俺の目は、無意識にその刃を右手で握っていた。
「ッ! 速い!」
「あ、ごめんなさい。それで、貴女は?」
刀から持ち主に視線を移すと、その人物はサティスのように綺麗な銀髪に、深海の如く濃い青の目をした、狐の耳と尻尾が生えている人だった。
着物を着ていることから察するに、中々面白い出身だな?
「私......知らない?」
「はい。存じ上げません。誰ですか?」
「ツバキ」
「ツバキさんですね。初めまして、俺はガイアと言います」
キョトンとした顔で首を傾げるツバキさんは、ミリアと知り合う前の俺なら落ちていると思えるほど可愛い。
身長も155センチくらいだろうし、顔も整っている。この世界はどうやら、美少女が多いらしい。
「私、《幻級》。ホントに知らない?」
「知りません。興味無いんで。それよりもうすぐ順番来るので、行きますね」
「あ、うん......知らないんだ......つらい」
俺の後ろにピタッと並んだツバキさんは、小さく『つらい、悲しい』と何度も呟いていたが、俺は無視して門番の所へ歩いた。
「身分証を......えっ、ツバキ様!?」
「つらい......知らない......興味無い......」
「あの〜、この人はいいんで俺の検査とかしてください」
「は、はい! 身分証はお持ちですか?」
俺は懐から冒険者ギルドのカードを出そうと思ったのだが、ここに来て忘れ物に気付いた。
「ギルドカード、家に忘れてきました」
「では通せま「通して。私が保証するから」......いえ、幾らツバキ様でも無断で通すことは出来ません」
「これ。よく見て」
俺の後ろからひょこっとツバキさんが紙を差し出すと、門番の人は目をぱちくりさせて何度も読み返した。
「お、お通しします」
「ありがと。行こ、ガイア」
軽やかに俺の手を取ったツバキさんから手を振り払い、俺は門番の人と向かい合った。
「いやいや、何してんですか。賄賂はダメですよ?」
「違う。何かあれば貴方を殺すと書いた紙だ」
「なら構いません。家に帰ってギルドカードを取ってこようと思います」
「はぁ......ガイア、アミリア様に逢いに来たんじゃないの?」
「......何故知ってる?」
俺は全身に濃密な空色の魔力を纏うと、ツバキさんは反射的に刀へ手をかけた。
「......わぁ、アミリア様は凄いなぁ。私に頼んだ理由が分かっちゃった。他の2人なら殺しに行っちゃうよ、これ」
一触即発と言った状況になったが、ツバキさんは刀から手を離し、俺と向かい合った。
「アミリア様にね、ガイアを案内するように伝えられてるの。どう? 《幻級》の案内人だよ?」
「本当に?」
「うん。門番くん、それ見せて」
そう言って見せて貰った紙には、アミリア・デル・レガリアの名で、『ツバキを案内人としてガイアを通せ。有事の際はツバキが処分する』と記されていた。
「......何処から何処までの案内で?」
「ここから王城」
「分かりました。それなら問題無いです」
俺は魔力を空中に霧散させ、門番さんに頭を下げてから王都に入った。
明るかったツバキさんの目が一気に別の物を見る目になったこと以外、特に気にする事もなく来れたと思う。
にしても、案内人を出すとはミリアも優しいな。そういう気遣いをする所も好きだ。




