第19話 成り行き逮捕
「ほら、口を開けな」
アンデッドワイバーンが襲いかかる寸前、俺は全身から空色の魔力を放ちながら近付いた。
すると、ワイバーンは動きを止めた。
「生きろ」
『ガッ......』
ホースから水を出すかの如く、ワイバーンの腐り落ちそうな顎に魔力を直接噴射してやると、空色の魔力がワイバーンの喉を通った。
と同時に、みるみるうちにワイバーンの腐敗した肉が再生した。
『ガァ!?』
「うん、治ったね。ミリアに習っててよかったよ。再生の魔法」
これは本来、精霊の王族が持つ、金色の魔力が持つ力だ。
自然の理である死体の腐敗を司る、魔力の死を見付け、外部からの魔力によって正を取り戻す、ある種の禁忌。
俺からの魔力供給が切れたら今度は腐敗を通り越して消滅するので、復活したこのワイバーンが暴れる心配はしなくていいだろう。
さぁ、反撃しようか。
「君はあの3人に連れてこられたのかい?」
『ガァ』
「それは君の意思もあったのか?」
『ガァガァ』
俺の質問に首を横に振って答えるワイバーン。
それを見た冒険者と名乗る3人は、皆一様に体が動かせそうになかった。
「そうかそうか。なら良かった。ところで話は変わるが、俺は森を無意味に傷つける奴が嫌いでな。この近くにはどうやら、アンデッドワイバーンを呼び出し、少しばかりとはいえ、森を破壊した3人組が居るらしい」
俺は敢えて3人に聞こえるように声を出し、体の向きを変えた。
「ワイバーン君、やり返していいよ。但し殺すな」
『ガァァ!!!』
ワイバーンの持つ大きな翼脚は飛行に特化しておらず、まるで滑空する為にあるかのような見た目をしており、その脚で駆ける速度は尋常ではなかった。
5メートルはあろう大きな体の癖に、森の木を縫うようにして3人に近付いたワイバーンは、その持ち前の翼脚で3人の脚を砕いた。
殺すなとは言ったが、このままでは3人が死んでしまうので、俺は背負っていた籠から薬草を取り出した。
「おぉ、凄い効果だ。ファンタジー」
俺の魔力をたっぷりと吸った薬草は、3人の脚に貼り付けた瞬間、緑の光を放ちながら止血を完了させた。
「帰るぞ、ワイバーン君......いや、アヒル君」
『ガァ?』
「そうそう、君の名前さ。ガァって鳴くからアヒル」
俺のネーミングセンスは転生しなかったのだろうか。
我ながら酷すぎる名前だと思うが、どうせ短い時間しか共に居れないんだ。せめてもの愛情を込めてやろう。
そうして意識を失ってしまった3人を連れて森を出ると、15人くらいの金属鎧を着た冒険者がスタンバイしていた。
「わ、ワイバーンだぁぁぁ!!!!!」
「何っ!? それに子どもだと!? 危ない!!!」
15人を纏めていた団長の風格を持つ男がアヒル君に向かって突進を始めると、他の15人も団長に続くようにしてこちらへ向かってきた。
「アヒル君。君、殺されそうだね」
『ガァ。ガァガァ』
「諦めんなよ。2度目の人生......竜生? 楽しまないと」
──身体能力、強化
俺は気絶している3人組から剣を奪い取り、無慈悲にもアヒル君を斬ろうとする全員の攻撃を全て迎撃した。
「な、何だ!?」
「おじさん、1回引いて。この子は悪い子じゃないから」
「は、はぁ!? ワイバーンだぞ!?」
「そうだよ。大体、この子も人を襲う気は無いんだしさ、殺す意味なんて無いだろ?......無いですよね?」
危ない危ない。もしこの人がお偉いさんだったら、言葉遣いにも気を付けねばならないからな。ちゃんと敬語で話そうか。
「......本当に無害なのか?」
「さぁ? アヒル君。君は人を襲うのかい?」
『ガァガァ』
「だよね! 襲ったら俺が殺すし」
『......ガ、ガァ』
俺の質問に返答したワイバーンを見て、団長さんらしい人を含め、16人が有り得ないといった表情をした。
これでもう、アヒル君は殺されることはない。
人に害の無い生き物を殺すなんて無駄なことはさせたくないし、第一馬として使えば素晴らしい足になる。
魔王領生まれだとリーダーは言っていたし、人を襲った経験も無いだろうから、受け入れてくれるといいなぁ。
 
「信用ならねぇ。魔物と人間が共生するだと?」
団長が渋々引くように指示を出すと、その中の1人が残り、アヒル君に剣を向けた。
「おや、人間も魔物だとご存知ない?」
「ハァ? おいガキ、お前頭イカれてんのか?」
「イカれてますけど何か? それとこの子が無害であると証明するのに、何か役立つんですか?」
「ンなこと関係あるか! ソイツを殺さねぇと人が死ぬっつってんだよ!」
「だから、人を襲わないと......はぁ。これだから戦争が起きるんだよ......」
何故相手の意見を理解しようとせず、己の信念を相手に押し付ける? その考えが俺は大嫌いだ。
相手をロクに知ろうとしないから和解は無くなり、共生を是としようとする魔王すらも殺す......これだから人間は。
愚かだなぁ。
「ガ、ガイアさん!? それにガルさん!」
「おう、エマ。この子を知ってんのか」
「少しぶりですね、エマさん。報告があります」
森の近くで起きた騒ぎを聞きつけたのか、冒険者ギルドの受付嬢数人が武装した状態でやって来た。
エマさん、杖を持ってるし魔法使いなのかな。
偏見だけど、炎の魔法とか使いそうだ。
『ガァ』
「お、お目覚めか。アヒル君、何もしなくていいからな」
『ガァ!』
俺は気絶から意識を覚ましかけている3人組を引き摺り出すと、リーダーの顔を見た団長とエマさん、そして俺に突っかかってきた灰髪の男がギョッとした。
「痛てぇ......どこだ、ここ......ッ!?」
「おはよう、優しいお兄さん。ギルドまで送ってくれるって事だけど、もういいよ。エマさんが来たからさ」
「「ザガン......!」」
「し、指名手配犯!?」
おや、どうやらこの男、かなりの有名人らしい。
街の情報とか全く知らない俺からすると、『誰だこいつ?』状態なんだが......どうしようか。
「ガイアさん、どうしてこの人が居るんですか!?」
「知りません。森の奥で薬草を採取していたら勝手に出てきました。そして俺を殺そうとアンデッドワイバーンを呼び出したので、綺麗に浄化して反撃しました」
「浄化?......ガルさん」
「当たり前だ」
俺に剣を突きつけられていたザガンと呼ばれたリーダーは、団長......ガルさんと灰髪の男によって3人仲良く拘束された。
「ガイアさん、ギルドで詳しくお話を聞かせてください」
「分かりました。アヒル君、行こう」
『ガァ』
「ちょちょちょ! わ、ワイバーンもですか!?」
「ダメ......ですか?」
「うっ......」
俺は上目遣いでエマさんにお願いをすると、先程までビシッとしていた脚が急にグラつき始めた。
あともう少しで落とせるな。アヒル君、君は殺させんぞ。
「お願い......エマお姉ちゃん」
「いいでしょう!」
ひまわりのような笑顔になったエマさんは、俺の手を繋ぐとそのままギルドへ帰ることになった。
流石にやった本人の俺もビックリしたが、それを見ていた他の受付嬢さんが1番驚いていたな。もう、この世のものじゃないと言いたげな雰囲気だったぞ。
『ガァガァ......』
「何呆れてんだよ。お前の為だったんだぞ」
『ガァ......』
「どうしましたか?」
「う、ううん。何でも無いです」
やべぇ、もうギルド行きたくなくなった。




