第17話 にゃんですと?
不定期更新を極めた柑橘類(お休み2日目)
「私の過去? 知りたいの?」
「知りたい。ミリアは俺の過去を知っているけど、俺はミリアの過去を知らないから。教えて欲しい」
ベッドの縁に座るミリアの横に俺も腰掛け、殆ど変わらない目線で見つめあった。
暫く考える素振りを見せたミリアだったが、直ぐに口を開き、言葉を紡いだ。
「そうね......私はね、王族だったの。精霊の」
「うん」
「王族として生まれた私は、今代の精霊女王が死んだら、次は私が女王になる番だった。けれど私は、女王になることを辞めて旅に出た」
お婆ちゃんの言っていた金色の魔力の持ち主を聞いていたので、大体のことは察していた。
恐らくミリアは精霊女王、または王女であり、その血筋が魔力を美しい金色にしているのだと。
「私、自由になりたかったの。精霊の女王って、各色の魔力を持つ精霊と繋がり、その管理とか成長、衰退のバランスを整える存在だから」
「成長と衰退?」
「そう。魔力はね、精霊の物なの。全ての魔力の源を辿れば、各色、各傾向の精霊に辿り着く」
「へぇ。じゃあ金色の魔力は、全ての魔力を支配するって感じなのか?」
「まぁ、概ねはその通り。魔力の動きを見て、精霊の力関係を一定に保たせるのが女王の仕事だから、支配で合っているわ」
まるでゲームの環境調整だな。
ユーザーにとって不利なバグを消し、また、有利に働きすぎる問題も調整する。精霊はこの世界に於いて、魔法の頂点とも言える存在なのだろう。
「でもね、ガイアの魔力には精霊が居ないわ」
「にゃんですと?」
「君、自由なのよ。何でも出来ちゃう。精霊による魔法の制限が無いから、それこそ転生や破滅の魔法ですら作れちゃう」
この世界をゲームだと考えた時、俺の存在は最悪なバグとしか思えない。これは著しいゲームの破壊行為とみなされ、直ぐに消去されそうだ。
「......俺、消されない?」
「消されないし消せないわよ。ガイアが敵になれば、精霊なんて一瞬で死ぬわ。あと、ゼルキアも。魔王の魔力も精霊の管理下には無いもの」
「ゼルキア、お前もか」
そう言えば転生の魔法を使う時、空色と金色、黒色の魔力がほぼ同じ力関係を持っていたな。
アレはそういうことか?
「で、精霊の支配なんかに興味もなく、他の精霊にも出来ない完全な自由を求めた私は、意味も無く、ただ自由を求めて飛んでいた」
そんな気持ちで逃げ出せる程、ミリアへの思いが弱いのか? 精霊は。
......いや、違うか。女王と同じ魔力を持つミリアに対し、敵対することが出来なかったと考えるべきか。
下手をすれば自分が消されるかもしれないと、ミリアの確保を躊躇ったとすれば、色々と納得がいく。
「そして2万年ほど流浪の精霊として世界をさまよっていると、1日で森が出来る程の魔力を見たの。あれにはビックリしたわ。メキメキと草花が元気になり、中心に居る魔力を守ろうとするんだもの」
「それが......俺?」
「そうよ。君との出会いが、私の未来を変えたわ」
精霊女王になることへの後悔は無く、綺麗な笑顔で俺を見るミリアは、何度でも俺の心を撃ち抜く。
俺と出逢えてそこまで思ってくれたとは、感謝の気持ちが溢れてならない。
「君はね、私の全てを変えたわ。精霊が魔力の源という概念も、魔王と対立できる程の力を持つ人間が居ることも、そして......人間である貴方と恋が出来ることも。全部初めての経験だったわ」
嬉しい。ミリアの話を聞いていると、ただただ今の俺が幸せになっているんだと。更なる幸福へと向かっているんだと自覚させられる。
でも次の瞬間、ミリアは表情を曇らせた。
「それでも私は、死んじゃった。最期の想いをガイアに伝えるしかないと、あの一瞬でそう思ったわ」
「ミリア......俺も同じだった。もう死ぬことを前提にして戦わないと、例え勝ったとしても、幸せな未来は歩めないと思ったよ」
「えぇ。ちゃんと届いていわよ? ガイアの声が」
俺の体を支える手にミリアが手を触れた瞬間、ドキッと胸が弾む感覚と同時に、あの場でもし転生が出来ていなかった時のことを考え、戦慄する。
運が良かった......としか言えない。
「ふふっ、怖い顔をしないで、ガイア。君には笑顔で居てくれないと、死んだ私が泣いちゃうわよ?」
「分かってるさ。でも、もしあの魔法が失敗していたら、俺達は今頃......むぐっ」
ネガティブな思考に走る俺を、ミリアはその唇で止めてくれた。
花の様な香りが脳をリラックスさせ、とても落ち着いた気分になった。
「今を楽しみましょう? ガイア。この体は80年もすれば朽ちてしまうのだから、今のうちから楽しまないと」
「......それもそうだな。じゃあ、ミリアの過去も知れたし、俺は満足だ」
優しくミリアの頭を撫でてから、俺はベッドに仰向けに倒れた。
「そうそう、今のガイア、『僕』と『俺』を使う時があるわよね?」
「家族の前では『僕』だな」
「もう『俺』で統一した方がいいんじゃないかしら。その方が、ガイアの両親も、ガイアの成長を感じるんじゃない?」
「じゃあそうする。どうして変えたのか聞かれたら、この話をするとしよう」
ミリアの宝石の様な目が細くのを見ていると、自然とその色へと目が惹き付けられる。まるで魔法のように、俺の視線を釘付けにしてくれる。
俺はそ〜っとミリアに顔を近付け、お互いの唇が触れようとした瞬間──
「お2人さん、そろそろパーティが......邪魔してすまんの」
素早いノック音と共に扉が開けられ、お爺ちゃんが入ってきた。
「い、イヤイヤイヤ爺ちゃん、何もしてないから!」
「え、えぇ。ガイアは私の髪に着いたゴミを取ろうとしただけですから」
「そうじゃったか?......まぁ、今夜はお祝いじゃ。主役がおらんと楽しめんからの。おいで」
言い訳にしては上手く出来ているが、明らかにそんな雰囲気じゃなかったことを悟った爺ちゃんは、全てを理解して尚、知らないフリをしてくれた。
「う、うん。今行くよ。ほら、ミリア」
「えぇ。行きましょ」
立ち上がった俺の手を取ったミリアを見た爺ちゃんは、これまた何かを納得したように頷き、食卓へと歩いて行った。
もう、何でもいいから早く終わってくれ。恥ずかしすぎる!
「皆の衆、主役の登場じゃあ!!!」
爺ちゃんの大きな声を合図に、俺の誕生日パーティが始まった。
今日という日は、家族の皆と爺ちゃん達が祝ってくれたこと、そしてミリアと再会出来たことが重なり、忘れられない思い出となった。
「それじゃあ、私達は帰るわね」
「にゃんですと?」
「ここに来た本来の目的は、男爵領で不正が無いかのチェック。それが無いことも分かったし、帰らなきゃ」
「そうか......」
9歳になった次の日。ミリアから告げられる別れに、俺は堪らない寂しさを抱いた。
「大丈夫。永遠の別れじゃないもの。1年だけよ」
「そう......だよな。それじゃあ、次に会うのは学園か」
「えぇ。それまで、他の女に浮気しちゃダメよ?」
「俺は浮気が出来る男じゃないからな。安心しろ」
「ふふっ、ならそうさせてもらうわ」
馬車に乗った爺ちゃん達が待っているので、俺は最後にミリアを抱きしめた。
この9年に感謝を込めて。これからの人生に願いを込めて。そして、ミリアの幸せを願って。
「行ってらっしゃい、ミリア」
「行ってきます、ガイア」
誰も気付かないほどの一瞬の間に、ミリアが俺の頬にキスをした。
笑顔でこちらに手を振り続けるミリアを見送り、俺は新たな目標を胸の内に立てた。
「強く......ならないと」
もう誰にも幸せな生活を壊させない。もう二度と大切な人を奪われたくない。その為にも、俺はもっともっと、それこそ死を恐れない程の経験を積んで、強くなりたい。
家族には怒られるかもしれないが、俺はやる。
「行っちゃったね、お兄ちゃん」
「あぁ」
「ふふっ、来年の入学が楽しみ?」
「楽しみだけど、やる事があるから」
「何をやるんだ? 勉強か?」
「ううん」
この世界の、この国の、この領土にもある制度を使う。
「俺、冒険者になって強くなる」
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