第119話 心の解放
更新再開! 体調崩してました!
「ねぇ、帝国で言ってたアヤメなんだけど......」
パーティーもそろそろ終わる頃。
参加者全員と挨拶をして交流を楽しみ、新郎新婦でのんびりワインを飲んでいると、申し訳なさそうにゼルキアが割って来た。
アヤメの話はとても気になっていた。
会場には居ないみたいだし、彼女に対して招待状を書くよう、エメリアには伝えていた。
何か訳があって、来れなかったのだろう。
「ルームメイトによると、寮に引きこもってるんだって。行きたそうに招待状は見ていたらしいんだけど、無気力状態だから動けなかったそうだよ」
「ゼルキア、回りくどいことをするな。端的に言え」
「女子寮に行って連れ出してくれ。そして出来れば、世界の広さを教えてあげて欲しい。君なら余裕だろ? というか、君にしか出来ないんだけどさ」
「任せろ、マブダチ」
グラスを空にした俺はミリアとエメリアの額にキスをし、少し出かける旨を伝えてから席を立って森に入る。
森全体がカラフルな実りを付けている異様な空間を抜け、草原に出たら直ぐに身体強化を発動させた。
酔った状態で身体強化を使うと、直ぐに酔いが覚めるから控えたいが......致し方ない。
夕焼けに染まる王都に侵入した俺は、気配を消して王立学園の敷地に近付いた。が、そのままでは入らない。
入るのは森からだ。ゼルキアの情報によれば、夢の中と全く同じ構造をしているらしいからな。出来る限りバレたくない。
スルスルと木々の間を縫って進むと、男子寮に着いた。思い出深い場所であるが、今の俺には無関係だ。
また......友達と暮らしてみたい。
でも俺は、ミリア達と生きる道を選んだ。
それが正解の道だと感じたからな。悔いは無い。
懐かしさに浸りながら道を往くと、あっという間に目的地に到着した。
「失礼します」
ノックをした後に扉を開けると、直ぐに生徒が出てくれた。
見覚えの無い顔だと思いながら要件を伝えるが、相手は何故かボーッとして行動に移してくれない。
「あの、もう入りますね。部屋は知ってるので」
「えっ、あ、ちょっと!」
生徒とドアの隙間を潜って入ると、エメリアに聞いていたアヤメの部屋を探した。
「304、305、306......ここだな」
コンコン、と軽くノックをするが、返事は無い。
このまま中に入ろうかとも思った瞬間、ほんの少しの殺意を感じ取り、俺はドアノブから手を離した。
再度ノックするも、やはり返事は無い。
どうしたものかと思考を回転させると、ある名案が俺の影から飛び出した。
『セナ、行くよ?』
「頼んだ。出来る限り可愛く頼むぞ」
『がってんしょうちのすけ〜!』
セナを影から潜り込ませ、その可愛さで魅力する。
名付けて、『ぬいぐるみ大作戦』だ。
意図を理解したセナは超小型犬ほどのサイズになると、まるでプールに潜って遊ぶ子どもの様に影に体の殆どを埋め、部屋の内部へと侵入した。
──数分後、ガチャりとドアが開けられた。
「こんばんは。初めましてかな? アヤメ」
「......うぅ、う、うぅぅぅぅ!!」
目を合わせて挨拶した瞬間、赤い瞳から大粒の涙を零しながら俺に抱きついてきた。
結婚パーティー中だというのに大胆すぎる奴だ。
今回はミリア達に了承を取っているが、傍から見たら式中に浮気する肝が据わり過ぎた男だぞ?
でもまさか、本当にアヤメが落ち込んでいるとはな。
ボサボサの髪を撫でながら黒い狐耳を撫でてやると、どこかの誰かみたく、頭をグリグリと押し付けてきた。
あぁ、どこかのドラゴンと、狐の誰かさんと全く同じだ。
『ご主人様、後でセナもなでなでしてね?』
「はいよ。出会うことは出来たって、ミリア達に伝えてくれ。そっちに向かうようならまた連絡するって」
『むぅ。ご褒美追加だからね!』
生意気を言う犬じゃないか。
後で尻尾だけを撫でてやろう。それはもう、丹念に。
心の中で黒い笑みを浮かべていると、泣き止んだアヤメがゆっくりと俺から離れた。
「行き......たいです。パーティーに」
「任せろ。これまで見れなかった世界を見せてやる」
イリスは何も言わなかったが、俺の夢と現実世界で何かしらの干渉が起きている。唯一認められたのがエメリアだ。
アヤメの場合、夢での心と現実の心がグチャグチャに混ざったのだと推測する。
アヤメをお姫様抱っこし、部屋の窓を開けて外に飛び出たが何のリアクションも返って来ない。
ふと顔を見てみると、驚きに染まった表情で固まっているようだった。
「ど、どうやって、こんな......」
「身体強化と風の魔法。一握りの魔力を足しただけだ」
「人間業じゃない......まるで」
「まるで?」
「おとぎ話に出てくる、森の王様みたい」
ン? チョットナニイッテルカワカラナイ。
ただの聞き間違えだろう。森の王様が何だって?
いや、もし仮にそうだとしても、誰が広めたんだって話だ。
......十中八九ゼルキアだと思うが。
「知ってると思うが、行先は精霊樹の森だ。王都の上空よりビックリする物で溢れてるぞ」
「本当に? 見てみたい」
「あぁ。ちゃんと掴まってろ、吹っ飛ぶからな」
しっとりした毛に覆われた狐耳を撫で、再度抱え直して脚に魔力を集中させる。魔法で圧縮した空気を蹴った瞬間、弾丸の如く速度で俺達の体が吹っ飛んだ。
見える景色の移り変わりが激しい中、アヤメは楽しそうに耳をピコピコと動かしている。
「ほい、到着っと」
「速い! 楽しかった! またやってくれる?」
「帰りは徒歩でどうぞ。俺はミリア達とイチャイチャするんでね」
「......むぅ」
あれ? アヤメってこんな反応をする子だったか?
記憶の中のアヤメとは違って、どこか少女らしさが増しているような。
何にせよ、それは良い事だろう。
あの時は俺が彼女の生活を滅茶苦茶にした訳だし、これが本来のアヤメと言うなら俺は関わらない方がいい。
懸念点を挙げるならば、暗殺ギルドに関してか。
「安倍くん、ゼルキアだけ呼んでくれる?」
『あ! セナが行く!』
「なら二人で行ってこい。頼んだぞ」
会場になっている開けた場所に入る前、影から出てきたセナと、周辺を警戒中の安倍くんにおつかいを頼んだ。
影食みに入れるセナの事を忘れていたのだが、流石に手札を見失うのはマズかったな。反省しよう。
「今のは......魔物?」
「そうだ。ちっこい犬の方はアセナ。熊の方は......なんだっけか。カタストロフィベアー?」
「もしかして、ディザスターベアー?」
「あぁ、それだそれ。俺の魔力から生まれたらしくてな。300年前からずっと一緒なんだ。セナは最近仲間になったが、運命的に見れば出会うのは必然だった」
何と言っても、この森の主は俺だからな!
精霊樹の森で起きる事は全て俺が関係している。
魔力湖を生み出したのも、安倍くんが生まれたのも、この森の殆どがエルダートレントなのも、元を辿れば全て俺に帰着する。
それ故に、飾り付けの時は驚いた。
完全に俺の知らないところで魔力湖が枯渇しかけていたからな。
トレントに頼んだミリアも、結婚した身であるから俺と同じ、森の主だ。
これからは三人仲良く森の王様生活を送ろうじゃないか。
「運命......ガイアは神様なの?」
「どうだろうな。女神イリスが俺を『兄様』と呼ぶから、もしかしたら神なのかもしれない」
「え?」
「ただ、本当に神だったとしても俺は自主的に世界を弄りはしない。どんな過酷な運命にあろうと、凄惨な人生を歩もうと、その世界で抗い続ける楽しみを見出した俺にとって、都合のいいように世界を改竄するのは楽しくない」
「楽しく......ない」
「あぁ。楽しくない。俺は......そうだな。半分くらい、人生はゲーム......遊びみたいな物だと思っている。この世界を作った神がいるなら、ソイツはきっと遊ぶことを目的として作っていると思う」
だって、もし俺が世界を創れる神になったら、楽しめる世界を創りたいからな。
草を踏めば花が咲き、川を歩けば一帯が凍り、指を鳴らせば火が爆ぜる。理想だけが至高じゃない。甘みというのは、塩味があってこそ引き立つものだ。
楽しみたいならば楽しめるだけの苦を。
幸せになりたいなら幸せになるだけの辛を。
死にたいなら死にたいと思える程の甘を。
退屈に過ごしたいなら、そう思えるだけの幸を。
全ては反転した何かに引き立てられている。
もしかしたら違うのかもしれない。それでいい。
諦めたいと願うほどの壁にぶち当たった。破壊しろ。
黒くてもいい。暗くてもいい。何か小さな光を灯してやれば、自然と反転した事象に対する勇気が貰える。
俺の場合はそれが、ミリアやゼルキア、そしてエメリアだっただけだ。
「君は何を求めて、何に縛られてるんだ? もしかしたら俺が解決出来るかもしれない。言ってみろ」
「私は──」
さぁ、望みの裏を吐くんだ。それさえ乗り換え、破壊し、潜り抜ければ、楽しかったと思える経験が手に入る。
「私は、自由を求めて束縛されました」
「なんだ、簡単じゃないか。学園を辞めてここに住めばいい」
良かった。なら俺は提案するだけだ。
「里も国も、何も関わらない......いや、関われないこの森に住むっていうのはどうかな?」
ハッピーエンド、見たかろう?
おぉ、よいよい。その口角の上がった心、バッドエンドで破壊してくれるわァッ!
──なんて事はしませんよ。多分。
次回をオタノシミニッ!




