第118話 結婚式は森の中で
「え〜、本日はお集まり頂き、ありがとうございます。本来は立ち入っては行けない精霊樹の森に足を運んで頂いた事、誠に申し訳ありません。まぁ何かあれば俺が直接国王の前に立ちますので許してください」
はじめの言葉は俺が切り出した。
特定危険区域にもなっている精霊樹の森に来て頂いたのだから、森の主である俺が謝罪を感謝を述べないと失礼にあたるからだ。
エメリアの出してくれた招待状は、何と全員出席という、珍事とも言える程珍しい結果を届けてくれた。
会場が精霊樹の森だからか、或いはエメリアの人徳か。何にせよ、そもそも招待状を送る相手のいない俺とミリアにとっては嬉しい事だった。
家の近くを開いた会場では、見た事のある顔が大半だが、中には知らない人も居る。
特に、セレスの横に居る男は、一般人の雰囲気を纏っているせいで余計に分からない。
「──以上を持ちまして、挨拶とさせて頂きます」
ゼルキアを皮切りに、参加者が拍手で応えてくれた。
「では次に......ん? 賛美歌? 何それ」
手元にあるプログラム通りに進めようと思ったが、予定には無いイベントが組み込まれていた。
最前列に座るゼルキアが鳥に伝えて教えてくれるが、歌以上に魅せるこの会場で、賛美歌を歌ってもよいのだろうか?
ある種、盛り下げになったりしないのか?
会場が少しだけざわめき出した頃、俺は魔力を放出、制御し、俺の立つスピーチ台の前に大きな台座を創り出した。
「な、何するの?」
ゼルキアの心配を他所に、俺は祈った。
イリス! 女神パワーで何とかしてくれ! 今だけは都合よくお前のお兄ちゃんになるから!
実に意地汚い呼び掛けに、女神は応えた。
「じゃじゃーん! 女神イリス、降☆臨!」
台座の上に現れた一人の少女に、皆目を奪われた。
白銀に輝く髪を靡かせ、性別を無視して魅了する黄金の瞳で参加者を一瞥すると、イリスはくるっと俺に振り返った。
「兄様? 神使い......もとい人使いが荒いですよ?」
「ごめん。都合のいい妹にしようと思ってな」
「それを言うなら都合のいい女......ひっ!」
俺の正面、参加者達の後ろから、ミリアとエメリアの殺気がイリスを貫いた。神をも怖気させるなんて、本気の殺気を飛ばしているな。
「ご紹介を。彼女はイリス。皆さんが教会で見る女神像の元ですね」
「それは石では? 兄様? 適当すぎやしませんか?」
「こんな態度ですが本当に女神です。いつも皆さんの事をネットリと涎を垂らしながら見てるそうです。いや〜怖い」
「ちょっと! それは兄様を見る時だけですよ! 他の方はもっとちゃんと......あ、今私墓穴掘りました?」
「う〜ん、ガッツリ」
「ノォォォォォォォォォォン!!!!!!!」
テンションの高い女神だこと。大変宜しい。
ただ、何故だろうか。会場の人間は誰一人として笑っていない。唯一、苦笑いをしているゼルキアくらいか。
そう言えばゼルキアの隣に居る王女、初めて見たな。
後で挨拶しに行くか。
「イリス、皆を笑顔にしてくれ。このままじゃ滑ったまんまだぞ」
「いや兄様が滑ったんですよ!?」
「何を。俺は計画犯でお前は実行犯だ」
「女神に罪を負わせるなんて......いやん! 兄様と牢獄デート!?」
「氷の牢獄とはまた奇怪な。それより、頼むぞ」
よく見れば分かるが、参加者が笑顔じゃない理由は萎縮しているからだ。神と人間、より高次元な存在である神に対し、人間側が何も出来ずにいる。それだけだ。
苦笑いが出来るゼルキアは、そもそもが異世界転生者であって神との会話経験があり、魔王として生きた記憶がその存在感と調和を取っているのだろう。
何にせよ、参加者の内心はパニックが起きている。
イリスにかかれば人間の状態を操るなど、造作もない事だろう。
「はい、暗示をかけました。これで皆さんの萎縮は解けると思いますよ?」
「ありがとう。それじゃあイリスはあっちの席へ」
「えっ、兄様の隣......ひっ!」
バッキャロー。そこは新婦の席だ。
もし一秒でも座ってみろ、精霊とドラゴンによる神殺しが始まるぞ。
こんな所で神話の1ページを刻みたくないので、俺は次のプログラムである、新婦の登場へと手順を進めた。
というかこのプログラム、変だな。
先に新郎新婦を揃えてから賛美歌を歌うんじゃないのか?
作ったのは確か......エメリアだったか。
教会関係者にアドバイスを貰いながら、しっかり作るべきだったな。
気付かなかった俺も悪い。
「それでは〜、新郎新婦の登場です。拍手で迎えてください」
スピーチ台をイリスに乗っ取られると、俺はいつの間にか花嫁が待っていた森の中へ飛ばされていた。
あの女神......やりおる。
「ほら、行くわよ。腕を組むんでしょ?」
「余は右腕側じゃな。ほれ、早う出せ」
「あ......あ、あぁ」
ウエディングドレスに身を包んだ二人に見蕩れていると、ガシッと両腕を掴まれた。
左からは安堵の気持ちが篭ったミリアの手が。
右からは緊張しながらも嬉しそうに震えているエメリアの手が。
どちらも細く、強い手だ。
何度も俺の心を救ってくれた、温かい手。
二人と一緒に入れるなら、それが幸せというものなのだろう。
一歩、また一歩と踏み出すと、青い草から花が咲く。
夢の中で語り合った友人達に見送られながら壇上に着くと、色鮮やかなバージンロードが出来ていた。
これまでの人生が色鮮やかであったことを示すような花の道に、共に歩んできた俺も魅了されてしまう。
「誓いの言葉を。正室ミリア。汝、病める時も健やかなる時も、夫ガイアを愛し、生涯共に生きると誓いますか?」
「誓います」
「側室エメリア。汝、病める時も健やかなる時も、夫ガイアを愛し、正室ミリアと同じく、生涯共に生きると誓いますか?」
「誓うのじゃ」
神父の役割を女神が担うとは、罰が当たりそうだ。
いや、イリスに限ってそんな事はしないだろう。
兄として慕ってくれているイリスなら、素直に祝福している筈だ。俺はそう信じている。
「夫ガイア。病める時も健やかなる時も、などとは言わず、今も、未来も、来世でも、正室ミリアと側室ミリアを愛し、そして妹である女神イリスを愛すると誓いますか?」
やはりぶっこみやがったなこの女神ィ!
ずっと思っていたが、コイツは民衆の描く女神じゃない! 私利私欲に塗れたヤベー奴だ!
はぁ。それでも来てくれたんだ。乗ってあげよう。
「誓いません。女神イリスは愛しません。ですが......ミリアとエメリアは、今後何があろうと命をかけて守り、愛すると誓います。来世でも、その先も」
「では、誓いのキスを」
よくもまぁ飄々と切り替えるものだ。呆れるぞ。
だがそんな思いは胸に仕舞い、俺はミリアのベールを上げると、今までに感じたことの無い緊張を味わった。
「ふふっ、落ち着いて。いつもと一緒よ」
「......そう、だな」
改めて深呼吸をしてから、唇を重ねた。
しかし、これで終わりではない。
エメリアも居るからな。二回やるんだ。
これまた緊張で震える手でベールを上げると、エメリアもガッチガチに緊張していた。
......何だかエメリアを見ていると、微笑ましい。
小さく笑って見せると、エメリアも笑ってくれた。
そして唇を重ねた頃には、もうお互いに緊張は解けていた。
「汝らに祝福あれ〜!」
パーッとイリスが手を広げると、どこからともなく紙吹雪が舞い、参加者の足元に広がる草が一瞬にして花畑へと変貌した。
女神の力を遺憾無く発揮しているが、些か使う場面を間違えたな。
そうして恙無くプログラムを進めていくと、立食パーティをしながらゼルキアによる新郎新婦の紹介が始まった。
ミリアはエメリアに連れられて学園生の元に居るが、俺の周りには誰も居ない。
黙ってゼルキアの言葉に耳を傾けながら食事をしていると、俺の隣に例の王女がやって来た。
「こんにちは。カトレア・デル・レガリアと申します」
「これはどうもご丁寧に。ガイア......です」
ついアルストを名乗りかけたが、それは夢の話だ。
カトレアと言ったか、この人。確かゼルキアの婚約者だよな?
「以前より、ゼルキア様からガイア様のお話は耳にしていました。とても勇敢で素敵な方と語っておられました」
「とんでもないことでございます。私はミリアやエメリア、ゼルキアから力を貸して頂いているだけの存在です。一人では今頃、この森の養分になっていたことでしょう」
国王との会話では強気にでるが、王女......いや、ゼルキアの奥さんともなれば対応は変わる。
謙遜もするし、ゼルキアを立てることとも忘れない。
そしてミリア達が素敵だと思わせることこそが、今の俺の仕事だ。
「......ふふ、本当に聞いていた通りの方です。ねぇ?」
俺を透かしたように言ったカトレア王女に、背後から近付く誰かが俺の方に手を置いた。
「でしょ? 打算的に見えるけど、実はただ誰かを思っての行動が殆ど。国王に対して啖呵切った時だって、この森を守る為ってのがよく分かる」
「恥ずかしいことを堂々と言うのやめてくれ。顔から火ぃ噴くぞ」
「そんなこと言って、君、火の魔法使えないクセに」
「ンだとぉぉ!?」
確かに火は扱えないが、炎っぽい何かを出すことは出来るんだぞ! いいのか? 俺の顔から真っ青なオーラが出ても! 会場が騒然とするぞ!?
「あら、楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」
食器を置いてゼルキアと取っ組み合いをしていると、音も無くミリアが俺の後ろから抱きついてきた。
決して強くはない力だが、俺の行動を抑制するには十分すぎる想いが篭っていた。
「初めまして。ガイアの妻のミリアよ」
「ゼルキア・アーレンツの婚約者のカトレア・デル・レガリアです」
「えぇ、知ってるわ。聞いていたもの」
むふん、と胸を張るミリアの頭をワシワシと撫でた。
「勝手に聞いたらダメだろ? 会場を支配するな」
「こんな所で密談するのが悪いわ。それに、貴方の優しい言葉を聞き逃したくなかったもの」
カトレア王女への挨拶を聞いていたのだろう。
口元を綻ばせたミリアは俺の胸に顔を擦り付けてきた。美しくもあり、可愛い姿に周囲の視線を一気に集めた。
「相変わらずラブラブだね。エメリアとはどうなの?」
「エミィは「先日、夜を共にしたのじゃ」......だってさ」
よく恥ずかしがらずに言えるものだ。
俺なら誤魔化しながらも『恋人以上にはなりました』と言うぞ。
「まぁ! でしたら、懐妊祝いを用意せねばなりませんね!」
「カトレア......ガイア達は、その......」
言い淀んでいるゼルキアに首を傾げるカトレア王女。
先程の紹介でも、ミリアが精霊であることと、エメリアがドラゴンであることは伝えられなかった。
配慮上手なゼルキアと言えど、流石に難しい問題だ。
「私は精霊だし、エメリアはドラゴンよ。子どもは出来なくはないでしょうけど、難しいと思うわ。私との子どもはハイエルフだと分かるのだけれど......ドラゴンと人の子どもは未だに見付かっていないわ。最悪、産まれた瞬間に死ぬことも考えられるわね」
淡々と答えるミリアだが、その瞳の奥は不安の色があった。やはりエメリアの事でも、ミリアにとっては大事なことだ。
俺を横取りした相手と思う反面、今は家族としての思いが強い。
精霊と人間とドラゴンなどという、種族の垣根を反復横跳びするような結婚をした以上、未知に挑む恐怖はある。
「す、すみませんでした......と、え? ドラゴン?」
「そうじゃぞ。余はドラゴンの中でも最強のドラゴン。数多の龍の里を滅ぼし、暇していたところをガイアにちょっかいをかけ、見事に敗北したドラゴンじゃ!」
「えぇ......?」
誇らしげに敗北を語るのは、最強のドラゴンとして如何なものか。というより、負けたのなら最強ではないんじゃないか?
今では可愛くて強い、ある意味最強のドラゴンだな。
「時間はたっぷりあるんだ。出来るまで頑張ろうとしか今は言えないな。なぁ? ミリア」
「そうね。根気よくガイアを誘うしかないわ」
「へへ、ふへへ......宜しく頼む......ぞ?」
そこは照れるんだな。
俺は頷いてから抱きしめ、頭を撫でて応えた。
二人なら、三人なら何だって出来る。それに俺達は実質不老の存在だ。実験や研究する時間はほぼ無限にある。
ミリアも言っていたように、根気よく頑張るしかないな。
ワクチン二回目でぶっ倒れながら書いたので、色々と心配です(´;ω;`)




