第117話 両手の花嫁
「あっ、じゃあ僕はここで。一度家に帰らないといけないから」
精霊樹の森に入る直前、思い出したようにゼルキアが足を止めた。
「分かった。気を付けてな。それとありがとう」
「こちらこそありがとう。楽しかったよ」
公爵家の者だというのに、よくここまで好き勝手できるものだ。領地経営や政治の勉強など、やるべき事は多かろうに。
......いや、違うな。
ゼルキアはきっと、息抜きとして遊びに来てくれていたんだろう。今回温泉旅行に誘ってくれたのも、自身のリフレッシュの面も大きかったと予想する。
「さて、森よただいま。ん〜? トレント達、少し元気になったか?」
柔らかな草を踏んで家へ向かっていると、やけに木々が青々と輝いていることに気が付いた。
よく見れば普段はつけない筈の実をつけ、クリスマスツリーの装飾の様に鮮やかだ。
こんな事は初めてだな。俺の知らないトレントの生態なのか、はたまた何か原因があるのか。これは調べてみる甲斐がありそうだ。
しかし、今はミリアとエメリアからの『おかえり』が聞きたいので、調査は後回しにして家へと歩く。
「お〜い、帰ってきたぞ〜」
玄関の扉を開け、中に居るであろう二人に向けて声をかけるも、返事は無い。
「......落ち着け俺。逃げられたと考える方が失礼だぞ」
あの二人に限って、俺を置いて行くとは思えない。
いや、思いたくない。
玄関でボーッと立ち竦んでいた俺は、何とか最悪の展開を考えないようにしてリビングへと足を進めた。
廊下がダンジョンを歩くように長く感じ、心做しか心拍数が上がっている。二人からの出迎えを期待しすぎていた俺にとって、今の状況は不安で仕方がない。
リビングに繋がる扉の前に立つと、俺は目を閉じて一気に開いた。
「──何故ダメなのじゃ! クラスメイトじゃぞ!?」
「女はダメよ。絶対ガイアに惚れるもの。これ以上彼も私も苦労したくないわ」
「じゃ〜か〜らぁ! この者は婚約者が居る故、二人で招待すると言っておるのじゃ! そんな奴がガイアに惚れる訳が無い!......とは......言い難い............が......」
「「そこは言い切りなさい / 言い切れよ」」
小さな言い合いの中に入った俺に、二人が驚いた。
あれだけ言い合っていれば、俺の声も聞こえないよなぁと思いつつ、ミリアの隣の椅子に座った。
「ただいま。仲が良さそうでなにより」
「おかえりなさい。見苦しい所を見せちゃったわね」
「おかえりなのじゃ! 早速だが聞いて欲しい! ミリアがな──」
「待て待て。一旦落ち着け」
興奮して席を立つエメリアを手で御した。
話し合いの前に、まずはやるべき事があるからな。
俺は隣で見つめるミリアを抱き締め、キスをした。
そして机の反対側に座るエメリアに近付き、頭を撫でてからキスをした。
「落ち着いたか?」
「う......うむ」
「ソファで話し合おう。あの切り出し方を見るに、ミリアが作ったんだろ? ありがとうな」
「流石の目ね。嬉しいわ」
伊達にミリアの旦那をしてないからな。
エメリアの手を取り、ソファに腰をかけると、思ったよりも中のクッションが柔らかくて驚いた。
その隙にエメリアは俺の膝に乗り、ミリアは静かに隣に座った。
「それで、二人を招待したいんだろ? 俺からは止めないから、エミィが誘いたい人を誘えばいい」
「でもミリアが「エミィが決めろ」......うむ」
俺に抱きついて頷くエメリアは、妻と言うより子どもと例えた方がしっくりくる。
ぽんぽんと背中を叩いてあげると、嬉しそうに頬擦りをしてくれた。可愛いもんだ。
「ミリアは過保護すぎたな。俺を愛してくれてるのは嬉しいが、それでエミィに迷惑をかけちゃダメだ。今は俺も、ミリアも、エミィと一心同体なんだ。分かってくれるか?」
「......えぇ。思い返してみれば、私は駄々をこねる子どもだったわ。ごめんなさい、エメリア。反省するわ」
頭を下げるミリアの手を、エメリアが握った。
「余だって感情で物を言うことがある。じゃから、ミリアの気持ちもよく分かる。同じガイアを思う一人の女として、共に歩んで行こう」
エメリアは身を乗り出すと、そのままミリアを抱きしめた。珍しい光景に目を丸くした俺だったが、この数日で二人も対等に語り合える仲になったのだと思うと、自然と笑顔になっていた。
「それじゃあ話し合いは終わりだな。それで聞いて欲しいんだが、トレントが色々な木の実をつけていたんだが、知ってるか?」
「「......あー」」
おい、何故目を逸らした。さてはお前らが原因か?
「それと、魔力湖の水位が有り得ないくらい低くなっていたんだが、知ってるか?」
「「......んー」」
「口を割った方にはプレゼントがあります」
「「犯人は私です! / 犯人はミリアじゃ!」」
二人揃って、現金だこと。
あの減り方を見るに、100年分は無くなっているんじゃないか? パーティをするにしても、あのスカスカの湖では景観が台無しだ。
さて...... プレゼントは二人同時か。
「立て。そして目を閉じて両手を出せ。掌を下にしろ」
「「はい」」
キビキビと指示通りに動く二人を前に、俺は影から小物を取り出した。
目を閉じないように言いつつ、右手を下げさせた。
そして何をされるか分からずビクビクと震える二人の薬指に、そっと指輪を嵌めた。
「もういいぞ。目を開けてくれ」
ゆっくりと目を開けた二人は、直ぐに気付いた。
ミリアは笑顔で俺を抱きしめ、エメリアはボロボロと大粒の涙を零した。
「改めて。俺と結婚してくれ。ミリア、エミィ」
「......はい。前世も、今世も、来世でも、貴方と生を共にします」
「うぅ......! 余も、余もずっと一緒に居るのじゃあ!」
ガバッと勢いよく飛び込んで来たエメリアを受け止め、二人の涙で俺の服がグショグショになるまで抱き合った。
この言葉を言う為に、ゼルキアと鉱山に潜った。
二人を幸せにしたくて、職人に依頼を出した。
三人で幸せになる為に、三つの指輪を受け取った。
「俺の分は、正妻であるミリアに着けてもらおうかな」
「分かったわ。エメリアの分も一緒に乗せるから」
ミリアに最後の指輪を渡すと、俺の左手の薬指に嵌められた。これで俺達三人は家族だ。種族が違っても、同じ者を愛する証拠を持った家族だ。
「ご飯にしよう。たまには三人で作るのも悪くないだろ?」
「そうね。豪華なディナーにしましょう」
「うむ! 力仕事なら余も得意じゃ! 任せろ!」
頼りになる二人だ。俺は安倍くんを迎えに行こう。
彼だって、立派な俺の家族だからな。
◇ ◇
「ここら辺で遊んでるって言ってたけど......お?」
ミリアに大まかな位置を教えてもらい、藍色の空の下を歩いていると、泉の近くで何かを相手している安倍くんを見付けた。
振り向いて頷いた安倍くんに近付き、ご飯を作る旨を伝えてから相手を見ると、俺は膝から崩れ落ちた。
「きゅぅん」
白銀の毛に覆われた、黒い瞳の小さな犬。
俺には分かる。コイツはただの犬じゃない。
魔王領でもその力で生存競争を生き残り、聖獣や伝説に名を刻む狼──『アセナ』であると。
「セナ......お前も来てたのか」
「きゅぅ?」
「小さくなりやがって。今度は人の姿になるんじゃないぞ? ミリアに怒られるのは俺だからな」
指先から魔力を出すと、ペロペロと指を舐め始めた。
幼いからか栄養の吸収が早く、目に見えて成長するのが分かった。そして流し続けた魔力を摂取し続けたセナは、毛先が空色のグラデーションになり、黒かった瞳は透き通るような空色に変わった。
セナは自身の大きさを俺と同じ目線に変えると、満足気に喉を鳴らした。
「モフり待ちとは、成長したな」
『押してダメなら引いてみろ、でしょ? ご主人様』
「またその呼び方か。懐かしい」
俺はセナに抱きつき、全身でモッフモフを堪能した。
更に途中から安倍くんもセナとじゃれ始め、気が付いた頃には一時間が経っていた。
「一緒に怒られに行くぞ。多分、カンカンだ」
『セナ、影に隠れとくね』
「逃がす訳ねぇだろ犬っころ」
『あー! 乱暴しないでー!』
小さくなったセナを抱えて帰宅し、二人から怒られたのは必然だった。そして深夜、少し肌寒い空気を感じさせないほど熱くなったのもまた、必然だった。
パーティ.....の前にプロポーズ!
三人には、沢山沢山幸せになって欲しいです。




