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第115話 夢と魔法

2億年ぶりの更新です


「フゥ〜! シャバの空気は最高だな!」


「鉱石もたんまり採れたし、良い冒険だったね!」



 クリスタルドラゴンの亡骸を埋めた俺達は、鉱夫も腰を抜かすペースで採掘を続け、街に戻った頃には日が沈んでいた。



「今日は温泉で休んで、明日加工依頼を出してこの旅は終わりか」


「それなら、明日は朝から招待状を作ろうかな。エメリアの方でも作ってそうだけど、念には念をね」


「ありがとう。俺も手伝う。それと無理はすんな」


「基本ゴリ押しの君に言われたくないけど......分かった」



 坑道からの帰り道、帝都と鉱山を繋ぐ森で話しながら歩くこの瞬間がとても気持ち良い。

 疲れを感じる足を持ち上げ、森の空気を吸い込むと肺が喜ぶ。採掘と戦闘を終えた後には最高の気分だ。




「お帰りなさいませ! 只今の時間、大浴場は混浴となっておりますが大丈夫でしょうか?」



 宿に帰って早々、あの女将さんに忠告を頂いた。



「俺は大丈夫かな。ゼルキアは?」


「僕も......うん、大丈夫かな」



 何だその溜めは。絶対に迷っただろ。



「含みがあったな。本当はダメなんじゃないのか?」


「まぁね。一応貴族だし、他人に裸を見られることはタブーだから。けど、わざわざ混浴と知って入ってくる奇怪な人間も居ないと思ってね」


「......フラグだな。予想、皇族関係者とバッタリ」


「じゃあ僕は王国貴族とバッタリで。女将さん、忠告ありがとうございます」



 オイオイ、一番危ない線を突くじゃねぇか!

 これでもし本当に王国貴族と出会えば、面倒臭い何かに巻き込まれる予感が──






「「ふ〜、気持ち良い〜」」

 


 何も無かった。驚くほど何も起きなかった。

 おかしいだろ。あれだけフラグ建てたのに。え?

 普通は来てくれるだろうがよ! 『え? 何でここにこんな人が?』的なイベントがさぁ!!



「ここの温泉、本当に疲れが取れるんだよね。魔力が多分に含まれてるから、誰でもすぐに回復するんだ」


「へ〜。俺は良く分からんな」


「君は体の魔力生成量が過剰だから、外部から摂取出来ないんじゃない?」


「そう言われたら何も言えんなぁ。ただ、お湯に浸かるってのは気持ち良いからそれでいいだろ?」


「まぁね。楽しもう」



 珍しく野郎しか居ないのだから、気を遣う事も無いだろう。それにお互い、旧知の仲なんだ。

 昔話でもして、懐かしむのも悪くない。



「そういや夏休みはもう終わりか?」


「そうだね。後一週間かな。始業式があるから、それが終われば通常運転」


「一週間か......俺が死んだのは初夏だったな」


「事故ったんでしょ? 猫追いかけて」


「あぁ。白い毛に銀の模様が入った、珍しい猫だった」



 懐かしい。結果的には俺の不注意による事故だったが。思えば日本でも俺は、幸せを掴みかけていたのに手放したんだよな。


 平穏な日常こそが幸せなんだと気付けなかった時点で、俺は不幸なのかもしれないが。



「勇者......アイツは多分、俺の親友だ」


「中々に悲惨な運命を辿っているね。君は」


「どうかな。ミリアと出会えて、一緒に暮らせている時点で俺はもう報われた。ハッピーエンドってヤツだ」


「そう? 僕としては、君に出会えていないことでバッドエンドに向かっている人を沢山見てきたけど......このままで本当にハッピーエンドって言える?」



 どういうことだ? 俺と出会えていない?



「ツバキさんの妹。知らない?」


「......アヤメか?」


「そう。多分だけど、彼女は君を待ってる。正確には、君の元に行きたいけど障害物がある」



 次のミッションを与えられたってことか?

 嫌らしい言い方をするもんだ。俺が学園に行くタイミングがあればその時に終わる問題だというのに。



「暗殺ギルド。違うか?」


「正解。僕は一応、国の上層部という位置付けだから知ってるけど、君はどのタイミングで知ったんだい?」


「夢でも同じような展開だったからな。妹を名乗る女神が弄ったんだろ。この世界の在るべき姿を」


「ははっ! 夢の世界を現実で見てるってこと?」


「そうとも言えるが、どちらかと言うと魔法の世界じゃないか? 夢ではなく、自分の描いた世界を現実に投影する......みたいな」



 目が覚めてから都合が良すぎるんだよ。

 ミリアには愛され、エメリアから日常のスパイスを受け取り、ゼルキアとかいた冷や汗を温泉で流す。

 安倍くんは気ままに生きてくれているし、何もかも上手く行きすぎている。


 報いか? 命がシャボン玉の様に消える世界で生き延びた報いなのか?

 だとしたら気持ちが悪い。理想を描き、現実に投影するなんて独裁者がするような行いだ。


 ミリアは本当に俺を愛しているのか? エメリアは?



「まぁ何でもいいんじゃない? 君が幸せなら」


「だな。俺の人生なんだし、他人に迷惑をかけなければそれでいっか」



 深く考えすぎてもつまらなくなるだけだ。

 俺は俺の人生を精一杯頑張ればいい。その上でミリアやエメリアを幸せに出来たら大団円。


 今は結婚パーティーを開くことだけを考えよう。




◇ ◆ ◇




 ガイア達がクリスタルドラゴンの卵に苦戦している頃、精霊樹の森は大忙しだった。



「エメリア。貴女はお風呂を作りなさい。安倍くんはその手伝いを。トレント達は飾り付けをするのよ。いいわね?」



 長い髪をポニーテールで纏め上げ、『結婚上等』と書いた八巻を着けたミリアが鬼気迫る表情で指示を出していた。


 安倍くんは小さく鳴くと、森全体がザワザワと蠢き出した。



「お、お風呂を作れとは何じゃ?」


「そのままの意味よ。木材を組み合わせて浴槽を作るの。温泉は私が魔法で引っ張るから、場所は好きな位置で構わないわよ」


「了解じゃ。最善を尽くそう」


「そうそう、どうして作るかって意味なら、ガイアには特別思い入れがあるからよ。それに、貴女も同じでしょう? 寮にあるって聞いてるわ」


「そう......じゃな。では今後も長く使えるように作ろう」



 ガイアの特別な思い入れのある設備を任せるという、大役を任された意味を理解したエメリアは、すぐに行動に移した。


 歓喜に体が震えながらも木材を集め、知識にある木造風呂を頼りに、浴場制作に全てを捧げた。




「さて、私は残った家具と皆のご飯を作ろうかしら。今日はガイアが居ないけど、あの子にも美味しい物を食べてもらいたいわね」



 ミリアはと言うと、細かいサポートを中心に、いつガイアが帰ってきてもパーティーが出来るように準備を始めた。

 棚や小さな椅子等に使える木材を魔法で一気に切り出し、大量の材料を用意した。


 ガイアやエメリアに比べ、筋肉があまり発達していないミリアは魔法を駆使して目的の物を作る。

 足元の草を伸ばして板を支え、二箇所の土を盛り上げ、挟み込むようにして部品を組み合わす。


 力が無いなら技で戦う。彼女ならではのスタイルだ。



「ん〜、流石に一日で全部は無理ね。明日棚を完成させて、今日はもうご飯を作ろうかしら」



 そう呟いて魔力湖を見た瞬間、ミリアは固まった。



「......あ、トレント達、湖から魔力を」



 振り返ると、本来付けない筈の色鮮やかな実りを魅せる木々が立ち並んでいた。

 ミリアの命令である『飾り付け』に必要な膨大な魔力を魔力湖から用いる事で身に付けた結果、ここ100年で溜まった魔力を使ってしまったのだ。


 その水位の減りようは酷く、泳いでも岸に上がれないほどになっている。



「ガイアには頑張って貰おうかしら。魔力も、夜も。ふふっ、今から楽しみになってきたわ」


8億年ぶりの次回予告です。


次回『花束を君に』お楽しみに!

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