第114話 寝起きドッキリLv.99
新作の準備してたら更新ペースがお亡くなりになりました。
街で昼食をとった俺達は、ギルドの依頼も兼ねて帝国最大の鉱山に来た。
依頼内容は鉱山にしこたま出るコウモリの魔物を討伐することだ。こちらは既に、入り口から歩いて3時間圏内に居るコウモリを全て倒したので完了している。
そして現在、どんどんと深くなる坑道を進み、最高級のエンゲージリングにも使われる、とある金属を探しているのだが......アッサリ見付かったのだ。
後は掘るだけというところで、問題が発生した。
「さて、ガイア君。僕達の目的を言ってみてくれ」
「鉱山で指輪の材料を確保する」
「そうだね。正解だね。じゃあその為に必要な事は?」
「採掘」
「採掘するには何が必要か分かるかな?」
「やる気」
「............貴様、道具を全て忘れて来たな?」
「......ハッ」
「喰らえ! 魔王パーンチッ!!!」
「ざんねーん! 当ったり〜ませぇぇぇん!」
意外と速いゼルキアの拳を交わし、続くパンチを捉えた瞬間、俺とゼルキアの間を米粒サイズの何かが高速で飛翔した。
音速を超えて飛んで来たそれは壁に当たり、1メートルほどの小さな穴を開けた。
「魔力で壁を張る。今のが何か見てくれ」
「任せて。観測は得意分野だからね」
俺は手のひらから魔力を放出すると、飛翔物が飛んできた方向に壁というには分厚すぎる、栓をした。
洞窟状になっているからこその利点だな。
ゼルキアの調査が終わるまで待機していると、再び何かがこちらに飛んできた。
「防御は出来てるな。ただ、俺の魔力の壁でも2メートルは貫くのか......こりゃ慢心出来んな」
「鼻はへし折られたかい?」
「いいや? 俺の鼻をへし折るなら、腕の二本と足の二本、ついでに内蔵を三つくらい持っていかれないとな。悪いが俺の鼻は特別製なんだ」
「うわぁ、厄介極まりない奴。それより分かったよ。こっち来て見てくれる? 動かないから大丈夫」
本当か〜? そう疑いながらゼルキア手の上に乗せられた物を見ると、ほんのりと黄色味を帯びた水晶の欠片だった。
「黄水晶、シトリンだね。石言葉は『繁栄・成功・幸福』だったかな。あの速度でぶつかったのに、粉々になっていないのが不思議だね」
「あ〜、多分、俺の目の前を通ったから、常に出してる魔力を纏ったんじゃないか? 強度を増幅させてぶつかったから、砕けなかった」
「......滅茶苦茶な奴。でもその説が濃厚だね。さて、後は誰がこれを飛ばしてきたか、だけど......」
分かっている。多少魔力の扱いに長けた者なら、坑道の奥に居るそれを感じ取ることが出来るだろう。
俺達の居る位置より更に奥には、広い空間がある。
まるで蛹が羽化を待つように、繭の様な空間が。
「進むしかないみたいだな。俺達が入ったせいか、羽化しつつある」
「絶っっっっ対に君のせいだけどね! そのヘンテコ傾向の魔力を常に出してるせいで、本来もっと先の未来で目覚める何かが起き始めたんだろう!?」
「うるさいなぁ。誘ったのはお前だろ? 一緒に尻の拭い合いをするぞ」
「最悪の表現だ......!」
俺だってこんなこと言いたかねぇよ。
でも、漏らしてしまったものはしょうがない。
水の入ったコップが倒れたら、テーブルは拭かないといけないように、溢れ出る魔力で何かが目覚めたら、永遠の眠りにつかせてあげないといけない。
おはよう から おやすみまで世話してやる。
「さて、肝心のモンスターは............スゲェ」
「幻想的だね」
広大な空間に足を踏み入れた。
ゴツゴツと硬い地面から視線を上げると、アメジストやシトリンなど、様々な水晶で作られた蛹が鎮座していた。
時々大きく揺れ動く水晶の蛹からは、その圧力に耐えきれなかった欠片が恐ろしい速度で弾け飛んでいる。
「寝起きドッキリと洒落こむか」
「こういう硬い系のモンスターって、内側や関節が弱いのがセオリーだけどコイツはどうなんだろうね」
「さぁな。ただ、中身を見ない限りは始まらん。ゼルキア、お前逝ってこい」
「......漢字が違うように聞こえた気がするけど、まぁいいや。外は任せたよ」
ゼルキアに中身を任せたのは、その戦闘力も理由に挙げられるが、一番は危険度だ。
あの水晶の中に居るのは幼体であり、目覚めたとしても覚醒直後なら弱っているはずだ。その点、外でいつ爆発するかも分からない外の水晶を相手にするより危険度が低い。
ゼルキアの合図で上部の水晶に魔法を放つ。
三日月形の空色の衝撃は、およそ水晶から出てはいけない、ギャリギャリと嫌な音を立てながら破壊する。
しかし、まだ甘い。このままでは魔物の覚醒の方が早いだろう。
「硬いな......そうだ。ゼルキア! これを使え!」
「これ......マジ?」
「マジマジ。それでこじ開けちまえ」
俺は全力で練り上げた魔力で穿牙の剣を強化し、ゼルキアに投げ渡した。
幾らこの魔物と言えど、ドラゴンの最も硬い牙と俺の増幅の魔力を合わせればダメージが通るはずだ。
「おぉ! 気持ち悪いくらい切れるよ!」
「蓋、開けたら返せよ? 下からも切る」
どうやら好評のようだ。嬉しいね。
さて、中身がどうなっていることやら。
虫の蛹なら、開ければ中はドロドロの体液しか入っていないはずだが、この謎の魔物は例外に感じる。
開けられるのを待っている可能性もあるし、何があっても対応出来るように、常に全力の身体強化をかけておくか。
「開いた!」
その言葉が聞こえた瞬間、俺は一瞬でゼルキアの元へ跳躍し、体を抱きかかえながら天井を蹴り、俺達が来た道を突き進んだ。
──バァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
「え?」
「お前が開けた瞬間、僅かだが蛹が収縮した。怖くなって回収したが......間違ってなかったようだ」
足元に大量に突き刺さっている水晶の欠片はどれも均一に尖っている。最後の足掻きとでも言いたかったのか、殺意剥き出しの攻撃だったな。
「ありがとう、ガイア。僕、油断してた」
「気にすんな。逆に俺が慎重になりすぎただけだ」
運が良かった。まさか反撃型の寝相とは思いもしなかったからな。
にしても、アレは何の魔物だったのか、非常に気になる。虫の様な生態だと思うが、案外そうじゃない時も多い。
まっ、それは帰ったらギルドで聞くとして......
「サンプル回収したら目的の金属回収しようぜ。道具を忘れたのは必要が無いからだ。魔法......いや、魔力で掘れるからな!」
「前向きだなぁ。分かったよ。一応、ガイアが前で」
「へいへい。足元に気を付けろよ」
そうして繭だと思っていた空間に再び足を踏み入れると、先程とは打って変わり、更に幻想的な世界へと姿を変えていた。
「まるで全面プラネタリウムだな」
「壁が......水晶でコーティングされてる」
あの爆発で外角の水晶は弾け飛んだが、まさか壁、床、天井を1つの水晶かと思わせる爆発の仕方をするとはな。
キラキラと輝く空間に変わったが、何故か違和感が拭えない。
「飛び散った中身はどうなった?」
「......あそこだ。少し大きい水晶の所」
「行ってみるか」
俺は周囲に散乱する水晶を岩石ごと抉って回収すると、ゼルキアが指を指した方向へと歩く。
ゼルキアの手にあるランプの光を反射する大きな水晶は、見る角度によって色が変わっている。
「おぉ! 水晶の中に犯人が居るぞ!」
「え? どれどれ......?」
極めて透明度の高いそれは、水晶に閉じ込められている者を容易に教えてくれた。
まるでショーケースに飾られた宝石の如く、ドラゴンの幼体が水晶の中で眠っている。
俺がコンコン、と水晶をノックしていると、ゼルキアが目を丸くしながら口を開いた。
「......実在したんだ。クリスタルドラゴン」
「知ってるのか?」
「少しだけね。多分人間は誰も知らない。コイツはドラゴンの中で最も硬いと言われる種類だよ。最強の矛がエメリアなら、最強の盾はクリスタルドラゴン。あの子にだって張り合える程、強度の高い鱗に覆われている」
「なるほど。つまりさっきの塊は、ドラゴンの卵だったワケか。でもどうしてこんな所にあるんだ?」
「多分、火山の噴火で移動したんじゃないかな。クリスタルドラゴンは、繁殖期の周期が遅すぎるせいで絶滅したと思われてる。だからこの個体も、多分だけど何千年か何万年前に産み落とされた卵だと思うよ」
本当に水晶のような歴史を持つ存在なんだな。
「ちなみに、その子はもう死んでる。完全に心臓が止まってるからね。本来ならきっと、この結晶が大きくなって、幼体とは言えもっと大きくなってから世に出たんじゃないかな」
「そうか......なぁ、コイツどうする?」
「どうって?」
「ここで眠らせるか、持って帰るのか。お前は人間社会で生きているんだし、持ち帰って公にすればそれなりの功績になるんじゃないか?」
「え? そんなの要らないよ。この子にはここで眠ってもらおう。せめて僕達が忘れないでいたら、この子も本望だろう。それに、僕達が欲しいのは功績じゃなくて鉱石でしょ?」
「一本取られたな」
クリスタルドラゴン。未知の脅威だった。
魔王領でも拝むどころか、名前すら聞いた事の無い存在だ。卵の段階で恐ろしい破壊力を持つのを見るに、その戦闘力はエメリアに匹敵するかもしれない。
今回は運が良かった。遊び感覚で鉱山に入り、何も出来ずに死ななかっただけマシだ。
帰ったらエメリアに聞いてみよう。きっと、何か知っているはずだ。
「はぁ、少し疲れたな。金属採ったら温泉入るか」
「そうしよう。折角の温泉街だからね! 楽しもう!」
「気楽な奴。あ〜、もう鉱山なんて行きたくね〜」
軽口を叩きながら剣で壁を抉り、鉱石の塊を採掘する。やはりこの剣は、俺の魔力で強化すると計り知れない強さを誇る。
普通、硬い岩石をただの剣がサクサク削れるか?
答えはノー。並以上の剣であっても、俺の強化が先に限界を迎えて刃こぼれする。
全く、ドラゴンってのはどいつもこいつも規格外だ。
国が積極的に触れようとせず、魔王領でも迂闊に近付かない意味を肌で感じた。
「エミィは本当に優しいんだな......」
「君だけには、ね。ミリアもそうだけど、あの二人は君を心酔している。この世界に於ける魔力の強さとは、それ程までに重要な事なんだ」
「それは理解しているつもりだ。ある意味、『魔力が全て』の世界と言えるってな。以前の世界とはまるで違う」
「日本のこと?」
「いいや、それより前。俺は戦帝騎士として、ここよりも遥かに厳しい世界で生きてきた。あそこでは魔力の強さなんてアテにならない。どんな力を持っていても、どんな富を持っていても、自分の前に立ち塞がる敵を倒せなければゴミ以下の存在に成り代わる。そんな世界だ」
その中でもレガリア帝国は、極めて争いごとの耐えない国だった。
他国に売られた喧嘩は全て買い、奪われた物は倍以上にして奪い返す。1年を通して、戦場に出ていない時間の方が短い。
でも、ミリアと出会って俺は変わった。
戦いから逃げることや、隠れて生きる楽しさを知った。
義務は果たすな。責任を果たせ。
出来なくてもいいんだ。次に繋げ、結果を出せば。
俺はずっと、そうやって生きてきた。
長い年月を逃げて隠れて過ごすうちに、戦い方を忘れた。
その瞬間に俺は、守るべきものも守れなくなった。
「幸せなんて手に入らない。自分を殺すだけで精一杯なのに、他人も殺さなければ生きていけない。ミリアに何度助けてもらっても、俺の心は救われなかった。魔王を殺しても次の人生がすぐに始まる恐怖に怯え、逃げたくても戦う運命にあると知り、いつしか何の為に生きているのか分からなくなった」
夢なら覚めてくれと、何度願ったことか。
......きっと、叶っていると思う。だけど、すぐにまた悪夢の世界に足を踏み入れている。
恐ろしいよ。世界に囚われたように生きた自分が。
「でも今は違う。この世界なら、俺は自由だ。力も、ミリアも、静かな場所も貰った。奪われた分には程遠いが、俺には十分な量だ」
「ガイア......」
「俺は今が幸せだ。友達と家族と、共に生きられることが幸せだって気付いたから。ゼルキアにもどうか、幸せになってもらいたい。その為なら俺も力を貸す」
少しでも還元したい。俺を愛してくれる人達に。




