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第108話 冒険者なんて辞めちまえ


 結局、ベッドを作ってから一週間が経った。

 ミリアに『街に行こう』と何度も言っていたが、口に出すだけで行動に移せなかったのだ。


 夏も本番になり、外に居ると蒸し暑く感じる今日、遂に俺とミリアは重い腰を上げた。

 

 文字通り、重い腰を。



「......出掛ける前日の夜は休むべきだったわね」


「......全くだ。今からでも休みたい気分だな」


『何を言っておる! 今更引き返しはせんぞ!』



「「は〜い......」」



 エメリアの背に乗せてもらい、精霊樹の森を出る。

 俺が眠っている間にも広がり続けたこの森は、大森林とも言われたりするそうだ。


 そんな森の上空で、俺はミリアを膝に乗せて抱きしめていた。



「そんなに引っ付いて、暑くない? 大丈夫?」


「大丈夫だ。魔法で周囲の温度を下げているからな」


『そのせいか......余の背中、一部分だけ冷たくて気持ち悪いのじゃ』


「それならエミィの全身から温度を下げてやろう。ほいっ、どうだ?」



 風と水の魔法を同時に使い、扇風機に当てられた感覚をエメリアとミリアの周囲にも広げた。



「『涼しい〜』」


「喜んでくれて何よりだ」



 そうして精霊樹の森を抜けた後は、王国の東部に広がる大草原を歩き、三人でダラダラと話しながら街道に出た。


 前方から向かってくる馬車が見えたのでエメリアに聞いてみると、王国から帝国への輸送馬車か、或いは商人だろうと言われた。

 整えられた茶色い毛の馬が、風を切って走っている。


 それは段々と近付いてくるので、よく見える。



「様子がおかしいわね」


「うむ、馬が全く落ち着いておらん」


「考えるに、盗賊に乗っ取られたんだろ。ミリア」


「分かったわ」



 俺が名前を呼ぶと、ミリアはすぐに動いた。

 数多の人間が通ることで固まった地面に、黄金の魔力で魔法陣が描かれる。


 俺の意図を汲んだミリアなら、これは馬を眠らせる魔法を陣に移した物だ。

 魔法は陣に移すことでトラップに......厳密に言えば、遅効性に出来る。


 エメリアが学園でそう習ったと言うと、ミリアが凄まじい速度で習得した新たな技術だ。



「来るわ」



 暴れる馬を強引に手綱で引く御者を見ると、視線を合わせられた。

 そして俺達の横を通り過ぎた瞬間、馬の走る勢いがみるみるうちに遅くなった。これで終わりだな。



「おい! クソっ、お前、何をした!!」



 20メートルほど進んだ辺りで、街道を逸れた馬車から怒鳴り声が聞こえてきた。



「ひぃ! わ、わたくしは何もしておりせん!」


「嘘を言うな! お前が馬を眠らせたんだろ! チッ、余計な真似をしければ生きれたものを......残念だったな」



 その声が聞こえた瞬間、俺は全力の身体強化で馬車へ突撃し、中に居た御者とその仲間であろう同じ格好をした人間の首を掴んだ。


 あまりの速度に暴風が巻き起こるが、馬車だけは魔法で固定した。



「すまない、馬を寝かせたのは俺達なんだ。その人は関係無いよ?」


「......だ、誰だ......お前」


「少しだけ強い、ただの一般人さ。それより君達は盗賊だよね? 商人さん、どうなの?」



 俺の背後で震える小太りなおじさんに聞くと、首が取れんばかりに縦に頷いた。やはり、予想は合っていた。

 行き先が気になるところだが、俺達の目的は王都デートだ。盗賊だけ拾って、おじさんには進んで貰うか。



「取り敢えず二人には寝てもらうよ」



 精霊樹の森に自生する、催眠性の花粉を出す花から採った眠り粉で二人を眠らせると、俺は影に仕舞っていた蔦で拘束した。



「つ、蔦で!? それでは逃げられますよ!」


「大丈夫ですよ。この蔦を切れるの、相当腕の良い剣士ぐらいなので。それより、怪我はありませんか?」



 盗賊が眠るや否や、おじさんは落ち着きを取り戻した。

 流石というか何というか、命の危険がある前で怯えた演技をするとは、この商人、只者ではないな。



「わたくしは大丈夫ですが、馬は......」


「大丈夫よ。疲労回復の効果もあるから、数分もしたら元気な状態で目覚めるわ」


「とのことです。では、俺達は行くんで」



 話は俺が終わらせると踏んで、馬を撫でていたミリアからアシストを貰い、俺は盗賊を引き摺って馬車を出た。

 一人をエメリアに渡すと同時に、おじさんが呼び止めてくる。



「待ってください! 何かお礼を......」


「要りませんよ。あのままでは馬が可哀想なだけだったので、おじさんから何かを受け取れません」


「そうね。私も貴方も、馬がメインだったものね」


「そうなのか? 余には商人を助けることが第一優先に動いていると見えたが......」



 酷いな。俺は別に商人が盗賊に殺されようと、中に積まれている荷物を運び出そうと関係無かった。

 ただ、あの二頭の馬が可哀想だったから助けた。


 それだけなんだ。うん、きっとそう。



「それなら、どうして馬を眠らせたのかを考えな。俺もミリアも、最初から盗賊の無力化は前提として考えていた。もう分かるだろ?」


「つまり......商人との交渉か!」


「バカ」


「バカね」


「な、何を! では真意は何なのじゃ!」



 何故分からない? 人間なんてどうでもいいのに。



「馬だよ馬。あんなに手入れもされて、大切に育てられてきたことが分かるのに、コイツの酷い操作に疲れ果てていたんだぞ? そんなの、助けるしか無いだろ!」


「私もガイアも、街で生活していないのよ? 人間より動物を大切にすることは分かっていたでしょう?」


「えぇ......ほ、本気なのか? 人命より動物を?」



 たじろぐエメリアに、俺は冷めた目で返した。



「俺達は人間に殺されたんだ。それも、大切な家族をな。今更人間同士の争いなんてどうでもいい。俺はただ、ミリアと一緒に穏やかに生きられるのならそれで」


「......そう、か」


「世のため人のためと言うのは、人と共に生きている奴が口に出す言葉だ。俺やミリアのように、人と無縁の場所で生きる者にとっては毛ほども興味が無い」



 人間には興味が無いが、街には興味がある。

 だって、人工物が作る空気が新たな刺激になると思っているから。


 戻り始めているんだ。あの時と同じ感覚に。



「行くぞ。まだまだ先は長いんだからな」


「う、うむ」



 エメリアの頭を優しく撫で、進んだ先に居るミリアと手を繋ぐ。その後ろを歩くエメリアは、ずっと商人を気にしていた。


 それから1時間ほど歩くと、遂に王都の門へ着いた。

 初めて来たはずなのに、どこか懐かしい。

 灰色の壁が、木製の扉が、門番の兵士が、全てが懐かしく感じる。



「ガイア? 来ないの?」


「い、今行く。置いて行かないでくれ」



 王都に入ろうとする者の列に並ぶ。

 俺達のすぐ隣を、王都から出る馬車が走る。

 小さく立ち上がる土煙も、ガタガタと木材が鳴らす音も、精霊樹の森では聞くことが無かった。


 それでも俺は、知っている。


 ここで何かを話そうとすると、きっと違うミリアに話しかけているだろう。今、言葉を発するのは間違いな気がするんだ。



「......ここは」



 あ、盗賊が起きた。流石の精霊樹の森に生える植物と言えど、効果は持って数時間ってところか。



「おい、ガキ!」


「黙れ。奴隷落ちする前に喉を潰されたいのか?」


「くっ......」



 どうして力で黙らせないといけないのか。

 どうして人から奪わないと生きていけないのか。

 どうしてそんな世の中になっているのか。


 人里離れた森で暮らすから分かるが、社会の枠から外れて生きることに、自由を感じるのだ。

 何かを『やらなければならない』という義務が存在しない生活なので、非常に心が穏やかになる。

 

 だが、相応のデメリットもある。


 社会に生きれば、最低限命の保証はされるだろう。しかしその枠から外れると、簡単に死んでしまう。

 『出来ない=死』を突き付けてくるのが、野生に生きる俺達が対面している『自然』というものだ。



「人と生きていられるだけ、幸せ者じゃな。同じ種族であるが故に、同じ感性で物事を考えられる。実に幸せじゃ」


「そうね。罪人と言われど、死んだら誰かに片付けて貰えるものね。私達なら、ただ土の養分になるだけなのに」


「生みの親が居るのも高得点だな。コイツは誰かから産まれた。それだけで尊ばれる価値がある。俺のように、孤独から始まった存在じゃないのは良い事だ」



 哀れみの目で見られる盗賊は、何を思っているのだろうか。

 怒り? 悲しみ? 苦しみ? 後悔? 

 何にせよ、俺が理解出来ない思考なのは明白だ。


 人間に産まれ、人間を奪うこの人間も、また人間を産むのだろう。



「次の者!」



「順番が来たわ。エメリアから行きなさい」


「何故じゃ? ガイアからの方が......」


「身分証が無いから盾になれってミリアは言ってるんだぞ」


「そういうことか」



 盗賊その2を俺に渡したエメリアは、衣服に忍ばせていた学生証らしき物を門番に見せると、俺達を通すように話してくれた。


 一応、夫と第一夫人として紹介してくれたのだが、信じて貰えなかった。

 見た目は全員子どもだが、最年少の俺でも300歳を超えている。


 証明出来ないから何とも言えんが、説明したら問題になりそうだしな。



「......街で騒ぎは起こさないように」


「感謝するのじゃ」


「「ありがとうございま〜す」」



 盗賊を吟味すると、街に入れてくれた。

 騒ぎを起こすなとは言われたが、騒ぎに巻き込まれるなとは言われていない。

 が、受動的に活動し、恨みを買わないようにしよう。



「まずは冒険者登録かの? 余とパーティを組むか?」


「貴方とパーティだなんて、過労死するわ。私は薬草採取だけで十分よ」


「俺もパーティは遠慮しようかな。エミィの評判を傷つけた時が怖いし、俺はそこまで依頼を受けないからさ」


「ちぇっ。ツレないのぉ」



 ツンツンしながらも俺の左腕に抱きついて離れないのを見るに、問題無さそうだ。


 エメリアの案内で冒険者ギルドに来たが、やはり俺の知る建物だった。中に入れば異様に目立つこの感じは嫌いだがな。



「エ、エメリアさん? その方は......」


「余の旦那様のガイアじゃ。そして第一夫人のミリア。二人の冒険者登録を頼む」



 おぉ、何か慣れてるな。

 視線を飛ばされたのもエメリアがそれなりに知られているからであって、やはりパーティを組まないのは正解かもしれない。


 冒険者登録は全てエメリアがやってくれた。

 名前を書くだけでいいからと、代筆してくれたのだ。

 俺もミリアも文字の読み書きは出来るのだが、ここで甘えたのは少々マズかったと思う。


 次からは気を付けよう。



「ガイアさんとミリアさんですね。お二人は戦闘経験はありますか?」


「私は......多分、無いわね」


「それでも並の冒険者より強いぞ。余が保証する」


「俺はあります。弱い魔物なら倒せますよ」


「余を雑談混じりに倒す奴が何を言うか! はぁ......ガイアの戦闘経験は、冒険者は疎か、人間の中で最も強い部類に入るほどじゃ。この大陸の魔物は相手にもならん」


「は、はぁ......」



 やめて差し上げろ。受付嬢が困惑しているぞ。

 別に冒険者として積極的に活動しないのだから、のんびりやらせてくれ。

 強かろうが弱かろうが、そもそも依頼を受けないのだなら関係無いだろう?


 ......それ、冒険者になる意味あるのか?

 あ、ある......よな? うん、ある。


 冒険者はロマンだ。騎士や村人として生きるよりロマンに溢れている。



「では、こちらがカードになります。身分証として使えますので、どうぞご活用ください」



 俺とミリアは一礼して受け取ると、材質からして大体分かるが、ちゃんと名前の横に《原石(ルーキー)》と書かれていた。


 また1から上げ直しだな。上げないけど。



「どうも。それじゃあエミィ、今ある一番難しい依頼を見ようぜ。ワクワク気分を味わいたい」


「それ、良いわね。私もガイアと一緒にワクワクしたいわ」


「お主ら......分かった。少し待っておれ」



 依頼の内容だけ見ても、俺とミリアにはどれが難しいか分からないので、ここは一般常識を持つエメリアに頼もう。


 そうしてエメリアを待つ間、ギルド付属の酒場のカウンターに腰を掛けて座っていると、マスターがリンゴジュースを出してくれた。


 俺達、一文無しなのだが大丈夫か?



「さっきの話を聞いていた。坊主、エメリアちゃんを雑談混じりに倒せるってのは本当か?」


「本当ですよ。真正面から戦っても勝てます」



 事実なので自信を持って答えると、マスターは小さく笑った。



「お〜い、持ってきたぞ〜」


「早かったわね」


「この依頼だけ浮いておるからな。まぁ、達成が困難じゃから仕方ないのじゃが」



 俺の左隣に座ったエメリアは、例の一番難しい依頼を広げてくれた。

 そこに書いてあったのは、『ドラゴンの討伐』だった。依頼主はレガリア国王からだ。



「鉱山に現れた一頭のドラゴンの討伐じゃな」


「あら、これなら私でも出来るわ」


「簡単で報酬も美味しいのに、誰もやらないんだな」


「ドラゴンは最強の魔物と名高いからの。それに、余達で余裕でも、受注可能ランクが《白金級(プラチナ)》以上故、受けられないのじゃ」



 白くて細い指が指す所には、確かに受注制限が設けられていた。



「しょうもねぇ事をしやがる。1個だけ受けて帰ろうと思ったのに、受けられないならいいや」


「この後はデートね。たっぷり時間もあるし、エメリアのお金で楽しみましょ?」


「......掛け合ってみるかの? 余のお財布が心配じゃ。ここで一発大金を稼いでこれば、余も安心じゃ」


「まぁ、最初のランクで稼げる依頼も無いだろうしな。今日は軽く遊んで、明日頼んでみるか」



 遊ぶなら最低限お金が欲しいし、依頼を受けねば。

 でも《原石(ルーキー)》の受けられる依頼で、デート資金を稼ぐのはなぁ......


 あ、そうだ!



「なぁエミィ、ギルドって魔物の素材の買取もやってるんだよな?」


「うむ。依頼外の魔物を討伐して、余分に稼ぐ方法もあるのじゃが............まさか」



 気付いたようだな。



「ちょっと行ってくるわ。久しぶりの魔物退治には丁度いいだろ?」


「坊主、お前!」



 マスター、出てる出てる。今まで黙って聞いていたんだから、気にしなくても良かったのに。

 心配される相手じゃないし、安心して欲しい。



「ガイア、私も行っていい?」


「ミリアはダメだ。万が一の時が怖いからな」


「分かったわ。おかえりのキスで迎えてあげる」


「それは楽しみにしていよう。じゃ、行ってくる」



 席を立つと、エメリアが俺の服装を正してくれた。

 ポケットや諸々に手を突っ込んだりして、最後にバシッと背中を叩くところは母親のようだ。



「転ばないよう気を付けるのじゃぞ? 鉱山は西にある。ガイアなら数分で辿り着けるはずじゃ」


「オッケー。1時間以内に帰ると思うから、席空けといてくれ」


「誰にも座らせないわ。行ってらっしゃい」


「行ってきます」



 ミリアにキスをしてから、俺はギルドを出た。

 そして先程通った門番にギルドカードを見せて街を出ると、身体強化に段階を付けて走る。




「冒険者なんて辞めちまえ! ドラゴンの素材で一生分の金を稼いでやる! ドラゴン、ばんざーーーーい!!!」




 10分後、ドラゴンが居ると言われる鉱山に着いた。

ドラゴン討伐の報酬金は次回かその次で出ます。



それでは次回! 『資金調達のすゝめ』お楽しみに!

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