第107話 狐の剣士
0グレート4ミスは許されないと思います。
──レガリア王国、冒険者ギルド王都支部にて──
ある夏の日、一人の剣士がギルドに訪れた。
その剣士は足音を一切立てず、忍の様に影が薄いという。
そして剣士は、依頼がビッシリと貼り出されるボードを無視して一直線に受付嬢の元へと進む。その顔はどこか、人を捜しているような表情だったとか。
「ツバキさん、本日の依頼はもう終了していますよ?」
「......? そう。呼ばれた気がして来たのに」
剣士は女性だった。それも、整った顔立ちに白銀の髪を伸ばし、深海の如き瞳を持つ、狐の耳と尾が生えた人間だ。
彼女はツバキ。王国が世界に誇る、最強の冒険者。
「噂話程度だと思いますが......そうだ! 休暇を取るのは如何ですか? 連日仕事続きですし、温泉にでも行ってみては? 帝国の温泉が私のオススメです!」
「温泉......う〜ん。ちょっと、地図貸して。大きいの」
「地図ですか? 少々お待ちください」
受付嬢が地図を取りに行っている間、他の冒険者がツバキに向けて視線を飛ばす。
畏怖、尊敬、嫉妬。様々な感情の篭った視線に、ツバキは飽き飽きとしていた。
そんな中、一人の厳つい顔付きの冒険者がツバキの隣に立った。
「ようツバキ。これから仕事か?」
声を出すのも億劫なので、首を横に振って応える。
「じゃあこれから飲みに行かねぇか? 折角の休みなら、昼からパーッとしようぜ」
「はぁ......ナンパなら他を当たって。それ以上近付いたら斬る」
「じょ、冗談だよ! 悪かったって!」
ツバキは剣士としては珍しく、刀を使っている。
彼女の生まれ故郷である、狐獣人の里は、かつて勇者が伝えたとされる日本文化が浸透しており、何千年も前から刀の製造が盛んだ。
愛刀の銘は、『神斬』。
職人が10年かけて打った、真の名刀だ。
そんな刀に手を掛けられては、幾ら屈強な男といえど怯む。
ツバキに話しかけた冒険者は、ゲッソリとした顔でその場を後にした。
「すみません! お待たせしましたー!」
「ん、ありがとう」
「ツバキさんが地図を使うなんて、珍しいですね」
「......場所の再確認だから」
あまりに大きな地図の為、巻かれた状態で渡された。
二人がかりで壁に広げると、中央大陸の全体像が事細かに描かれている。
ツバキは指でレガリア王国の王都を指すと、スーッと北東へ向けて指でなぞった。
「精霊樹の......森」
「だ、ダメですよ!? 特定危険区域ですから、国王の許可が必要です!」
「じゃあ今から取ってくる」
「どうしてですか! 急に赴く理由が分かりません!」
精霊樹の森は、ガイア達以外にとっては死の森だ。
森の外周に生えている木は全て、エルダートレントと呼ばれる《白金級》に分類される魔物で、例えツバキであっても苦戦するだろう。
それは、一対一の森で戦えばの話だ。
だが精霊樹の森は、外周全体に渡ってエルダートレントが守護している。もしその聖域に入ろうものなら、ものの数秒で土に還ることになるだろう。
「......呼ばれてる。大切な、何かに」
「呼ばれてる? ダメです、絶対に行かせません! それに今のツバキさん、疲れているんですよ! 今日から一週間は依頼を受け付けませんので、ゆっくり休んでください」
「ん。今日は大人しくてる」
「明日も、ですよ?」
「......フッ、それはどうかな?」
「どうして悪役顔で言うんですか......とにかく、絶対に行っちゃダメですからね! いいですか!?」
「大丈夫。先っぽだけだから」
「それ最後までするヤツじゃないですか! もう!!」
終始テンションの高い受付嬢に地図を返し、ツバキは冒険者ギルドを後にした。
次に向かう場所は、エデリア王立学園。
目的は理事長である、リリィと話すことだ。
スルッと門を抜けて校舎に入ると、聞こえてくる授業に耳を傾けながら真っ直ぐに理事長室に向かった。
「誰じゃ?」
「ツバキ」
「......入れ」
軽いノックの後に入ると、リリィは執務に追われていた。
「で? 要件は何じゃ?」
「精霊樹の森に行く。遺書書かせて」
「それならそっちの紙に......待て、今何と言ったか?」
「精霊樹の森に行く。遺書書かせて」
「一言一句同じことを言わんでええわ! 何故あの森に行くのか、理由を言わんか!」
ノリツッコミの激しいリリィに、ツバキは慣れた様子でソファに腰を掛けた。
「呼ばれてる。あの森に居る、誰かに」
「呼ばれてる? 幻聴でも聞こえてるんじゃろ。寝ろ」
「声じゃない。言葉にするなら......う〜んと」
リリィは作業を中断すると、うんうん唸るツバキの為に紅茶を淹れた。
優しい茶葉の香りが部屋全体を包み込むと、リラックスしたツバキが言うべき言葉を見付けた。
「目の前で手を振られてる。そんな感覚がする」
「では幻覚じゃな。これを飲んで落ち着け、バカ弟子」
「ありがとう。アホ師匠」
静かにカウンターを入れると、先に切れたのはリリィだった。
「ふん! お前なんてもう知らん! 勝手に逝け!」
「じゃあそうする。国王のサイン、貰ってきて」
「......本気、なのか?」
「ん」
リリィの手に渡された一枚の紙には、『特定危険区域侵入許可証』と書かれていた。
この書類に国王のサインが貰えれば、ツバキはすぐにでも精霊樹の森へ向かうだろう。
「理由を聞こう」
「さっき言った」
「もっと深い理由を、じゃ。言ってみろ」
流石に教え子ともあれば、リリィの威厳が発揮する。
「行かなかったら後悔する......例え死んでも、絶対に何かを得られる自信がある。私の言葉......なのか分からない。けれど、私の心にはこう聞こえる」
「ふむ」
「『死んでも行け。血反吐をまき散らそうと、あの場所にある何かは決して汚れない』と。お願いします、先生」
ツバキは頭を下げた。冒険者として未熟だった頃、ただ魔物を殺すだけでは生きていけないと教えてくれた恩師に向けて。
「はぁぁぁぁ......一週間待て。今から届けてくる」
「本当に?」
粘ると思っていたツバキは、あまりにアッサリと了承したリリィに疑いの目を向けた。
そして次の言葉で、疑った己を反省することになる。
「但し遺書は書くな。必ず生きて帰れ。よいな?」
「......はい。約束します」
ツバキが他人に敬語を使う姿を見たことがある人物は、そう居ない。何故なら彼女は、基本的に王族以外は敬語を使わないからだ。
日常から自己を強く保つ為に、敬う人物を極限にまで減らした結果、超人的な武術と引き換えに印象を失った。
そんなツバキの二つ名は、『刀血』。
刀が血に塗れた時、その美しい髪をも紅く染める姿から、畏怖と共に付けられた。
「うむ、それでこそ愛弟子じゃ。ほれ、どうせ今日は暇なんじゃろ? 生徒とのんびりしていけ。あと......妹と遊んでやれ」
「うん! ありがとう、師匠!」
顔をパッと明るくして立ち去るツバキ。
その後ろ姿を見ていたリリィは、冷めた紅茶を口に含み、小さく笑った。
「全く......その顔をしていれば、もう冒険者をやらなくていいだろうに。誰か、あの少女を拾ってやってはくれんかの?」
◇ ◆ ◇
「ブェックショイ!!!」
ミリアと一緒に蔦を編んでいる途中、思い切りくしゃみをした。
久しぶりに大量の鼻水を出して、一瞬ではあるが戸惑ってしまったぞ。
「噂でもされたのかしら。大丈夫?」
「もしくは風邪を引いたのかもな。誰かさんが夜に寝かせてくれないから......」
「あら、それじゃあ昼間にシてから夜に寝る?」
「誰かこの人のリミッターを修理してくれ!!!」
ここ数日、ミリアに命を削られている。
100年以上も待たせたせいか、これまで守ってきた壁は砂の様に崩れ落ち、毎晩毎晩本能全開パーティだ。
今朝、エメリアにも『眠れない』と怒られたのに、全く懲りていない様子だ。
「だって、貴方が魅力的なんだもん」
「もんだと!? グフッ! そうやって人の心を......!」
「ふふっ、ガイアを魅了する私も罪な女ね。あ、そろそろこっちの蔦と繋げましょう。私が支えるから、結んでちょうだい」
「分かった。ちょっと待っててな〜」
二人で作っていたのは、蔦で編んだ大きな籠......ではなく、ベッドだ。
流石に植物を敷いただけの寝床では将来的に心配なので、今出来る最高の寝床を作ろうと今日は共に作業をしている。
エメリアは街で、枕や布団などを買いに行ってくれている。『余にもいつか......!』と言っていたし、きっと良い物を仕入れてくれるだろう。
すまん、エミィ。いつかが来るといいな。
そうしてミリアの編んだ蔦と俺の編んだ蔦を繋げると、長方形の大きな敷布団が出来た。
「後はガイアの魔力で強化した泥で足を作れば、絶対に壊れない柔らかいベッドの完成ね」
「壊れない......壊すことがあるのかどうか」
「途中でエメリアが妨害する可能性があるもの。頑丈に作っておかないと、愛の時間を邪魔されるのは嫌だわ」
「そうだな。そろそろエメリアも、何らかのアクションを仕掛けてきそうだし、対策を講じないとな」
もういっその事、もう一件小屋を建てるか?
ミリアに魔法で防音空間にしてもらえば、俺達もエメリアも問題なく暮らせるだろう。
気になる点を挙げるとすれば、エメリアの望みは『そうじゃない』ことだけどな。
「ねぇ、ガイア。もし子どもが産まれたら、名前はどうする?」
「子どもの名前か......まだ決まってないな。出来ればミリアのように、冷静で優しい子に育って欲しいから、ミリアから名前を取りたいな」
「そう? 私は、ガイアのように強く優しく育って欲しいから、ガイアから名前を取りたいと思ったのだけど」
お互い、考えてる事は同じだった。
「じゃあ二人から名前を取ろう。これでどうだ?」
「賛成ね。きっとハイエルフが産まれるから、沢山愛情を注げるわ」
「楽しみだな。新しい家族......産まれるといいな」
しみじみと思っていると、するりと細い手で俺の背中から抱きしめられた。
「その為にも、二人で頑張るのよ」
「あぁ。でも、無理はするなよ? 俺達には時間があるんだから、焦らなくていい」
「......エメリアが可哀想だもの。でも......いえ、そうね。無理はしないと約束するわ。たまにはゆっくりしましょうか」
「そうしよう。のんびり日向ぼっこでもしようぜ」
少しづつ、着実にだが、近付いている。
俺の願う幸せと、ミリアの願う幸せに。
さて、ベッドが完成したら、明日はミリアを街デートに誘ってみるか。本当の冒険者にもなりたいし、エメリアにも協力を仰ごう。
リアルツバキさんだぁぁぁぁあ!!!
っと、ここで★プチ色★
現実世界でもツバキさん含む本来の住人は生きています。もし、夢の世界からやって来たとしても、現実の存在と出会うことはありません。
何故なら、ドッペルゲンガーは幻です。
女神イリスは理として、重なる二つの存在が交わることを許しません。特例中の特例として、エメリアが居ますが。
次回! 『冒険者なんて辞めちまえ』お楽しみに!




