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第103話 おはよう



「ん......お、重い......」


「誰が重いって?」



 目が覚めると、お腹の上の重みで体が潰れかけた。

 背中に感じるチクチクとした感覚は、草で作った寝床のせいか。柔らかくクッションの役割を果たすが、ただでさえ軽いミリアを重く感じる。


 ふと両手を見ると、一般人レベルにまで筋肉が落ちていた。森での生活で鍛えられたあのムキムキボディが、100年の眠りでここまで落ちるとは。


 いや、寧ろガリガリになっていないだけ喜ぶべきか?

 まぁいい。長い夢を見ていた俺にとって、こうしてミリアの傍で目を覚ませたのだから、他に何も望むまい。



「ごめんごめん。それより......おはよう、ミリア」


「おはよう。寝坊し過ぎよ、ガイア」



 俺の上から退くことなく、口付けを交わした。

 優しく触れるだけの行為だったが、全身が温かくなるような幸福感に包まれた。



「私からキスをするなんてね......少し恥ずかしいわ」


「夢の中じゃ結構してたんだがな。まだ認識が戻らん」



 懐かしむように学園生だった頃を思い出していると、頬を優しく撫でられた。かと思ったら、ムニムニと引っ張り出した。



「や〜め〜て〜」


「ふふっ、妄想の時間はもう終わり。現実を見なさい」


「その言い方やめてくれるな? 心が痛くなってきた」


「じゃあ癒してあげる。泉で魚釣りでもする?」



 俺の上から退いたミリアは、小屋の隅に置かれている蔦で編んだ籠に入っている、2本の長い釣竿を持ってきた。

 ミリアの身長と、そう大差ない長さの釣竿だ。



「泉? そんなのも出来たのか」


「私が魔法で水源から引っ張り出したのよ。いつか、貴方と一緒に幸せな生活を送れるように、って」



 凄いなミリア。いつ目覚めるかも分からないのに、絶対に起きると信じて準備をしてくれていたなんて......



「ありがとう。感謝してもしきれない」


「どういたしまして。それじゃあ、行く?」


「あぁ。まだそんなに動けないだろうし、釣りぐらいが丁度いい」



 のそのそと体を起こした俺は、ミリアが用意してくれた道具を持ち、精霊樹の森を歩く。

 鳥の囀る歌を聴きながら鮮やかな緑の景色を見る。

 こんな生活を俺は、夢の中で待ち続けていた。


 隣で歩く最愛の人と一緒に過ごす、この時間を。



『おうさま〜! おきた〜!! おはよう!!!』



 近くの木に止まっていた明るい緑色の羽をした小鳥が俺の肩に乗ると、子どもらしい口調で人語を話した。



「おはよう、小鳥ちゃん。やっぱり喋れるんだね」


『おうさまのちから〜! しあわせ〜!』


「そっか。幸せなら俺も嬉しいよ。皆に伝えておいで」



 釣竿をミリアに預け、そっと頭を撫でると小鳥は飛んで行った。美しい黄緑の羽根が一枚落ちると、ヒラヒラとミリアの頭に乗った。



「可愛いな。羽根飾りにするか?」


「そうしましょう。ガイアに作って欲しいわ」


「任せてくれ。ミリアに似合う、最高のアクセサリーにしてあげよう」



 俺はそっと羽根を取ると、影に仕舞った。



「......今、どこに羽根を入れたの?」


「どこって、影に......あれ? なんで影食みが使えるんだ?」



 ナチュラルに影に入れたが、どうして現実で使えてしまったんだ? アレは俺の夢の世界のはずだ。現実で使えるはずが......


 ──夢の世界もまた現実。兄様の力は使えます。



「うわぁ、イリスの声が頭に響いた。気持ち悪い」



 ──私は女神ですよ? 兄様。食らえ、天罰☆



 再びイリスの声に耳を傾けていると、足元に張っていた木の根に躓き、転んだ。



「痛てぇ......ごめん、イリス」



 ──分かればいいのです。むふん!


 絶妙に腹が立つ。が、俺が悪いので罪を認めよう。

 罰も食らったし、償ったことにしてくれるだろう。



「大丈夫? 怪我、無い?」


「大丈夫だよ。イリスらしい、優しい天罰だった」



 ミリアに支えられながら立ち上がった。

 全く、躓いても受け身が取れないなんて剣士として恥ずかしい限りだな。あの記憶は現実で見た物だから、狂いは無いはずなんだが。


 はぁ、身体強化を常に使うのも面倒だしなぁ。



「あぁそうそう、影食みは使えるとのこと。これは影を魔力で拡張して、自分だけの空間を作る魔術だ」


「それ、高位の魔族が使う転移の魔術じゃなかったかしら? 精霊魔法といい魔術といい、ガイアはおかしいわね」


「おかしい俺は嫌いか?」


「いいえ、愛してるわ。私だっておかしいもの。貴方と対等に在れて幸せよ」



 森の中、静かな空間で感じる温もり。

 近くに誰も居ないお陰で、リラックス出来る。

 左手で握るミリアの小さな手は、強く、温かく、優しい力を与えてくれた。


 それから数分ほど歩くと、小さな泉に出た。

 俺の魔力で出来た湖より遥かに小さいが、純水だ。

 生き物が棲み、命の環を回している。



「綺麗だな」


「私が?」


「あぁ。ミリアも綺麗だ」


「ふふっ、冗談よ。でも即答してくれてありがとう」



 トラップを仕掛けるとは、俺が釣られる側なのか?

 あのイタズラっ子の如く憎めない顔には勝てないが、次は俺が仕掛けてやろう。


 さて、釣り餌を持ってきて無いし、探さないとな。

 泉の周辺には幾つか朽木が倒れているから、少しだけ割って中の幼虫を使おうか。



「イメージ、イメージ......斧!」



 10メートルほど遠くに向けて魔法を放つと、ザクッと良い音が森に響いた。

 砕いた朽木の中には、予想通り幼虫が居たのだが──



「デッカ! 気持ち悪っ!」



 大き過ぎる。一匹のブヨブヨとした幼虫が、片手を覆い尽くす程の大きさをしている。見ただけで鳥肌が立つ。



「そう? 丸っこくて可愛いじゃない」



 平気な顔をして幼虫を手に取るミリアに、俺は底知れぬ恐怖を抱いた。その心の強さは正に化け物。人知を超えている。


 はぁ......この幼虫、どうしたものか。

 釣り餌にしては大き過ぎるし、木に返すか?



 少し悩んでいると、悪魔の提案が下った。



「ねぇ、お昼ご飯はこの子にしない?」


「......ちょっと待ってくれ。少し考える」



 俺は悪魔から距離を取り、青々とした木に手を突いて思考を張り巡らせた。



「栄養素的にも今の俺に必要な物が多い。だがしかし、俺はその提案を受け入れるかどうか、たっぷり100年は考えたいところだ」



 はは、この木と同じくらい俺の顔も青い気がするー。



「虫、苦手なのね。可愛い」


「うるさーい! 苦手というか、大きいのが悪いんだよ! 普通に考えておかしいだろ! なんでソイツは15センチ級大型幼虫に進化してるワケ!?」


「それは貴方の魔力が原因でしょう? どうせ成虫になる時は本来のサイズで大量の魔力を保持する魔物になるのだから、今のうちに頂くのが良いと私は思うのだけれど」


「それはそうだけどさぁ......分かった。但しミリアの手料理として振舞ってくれ。そうじゃないと食べられない」


「えぇ、任せて。この134年で磨き上げた主婦力、見せ付けてあげるわ!」


「そんなサバイバル主婦が居て堪るか!」



 悪魔じゃ......あやつは悪魔じゃ......!

 でも天使のように可愛いから相殺されるんだよな。


 くっ! 可愛い顔をしたサバイバル主婦悪魔なんて、そんなの、そんなの......!




「勝てねぇよぉぉぉぉぉぉ!!!!」




 魂の叫びは森に吸い込まれ、轟くことは無かった。


 けっ! ここが人里近い森だったら、近くの狩人とかがやって来そうなものなのに! けっ!!




◇ ◇




「はい、完成よ。幼虫ステーキ、果実のソース付き」


「......美味しそう」



 岩に腰かけ、釣りをしながら調理を待っていると、ものの20分くらいで完成させてくれた。

 竹の器に入った果実のソースが甘酸っぱい香りを放ち、大きな広葉樹の葉に乗せられた幼虫のステーキは、見た目はグロテスクだがどこか美味しそうに見える。


 ミリアが魔法で幼虫を切ると、中からトロっとクリーミーな体液が流れ出てきた。

 まるでチーズの入ったハンバーグの様な演出に、思わず唾を飲んだ。



「い、いただきます」



 まずは素材の味をそのまま楽しむべく、分かたれた幼虫の断面の方からかぶりつく。


 すると、濃厚な旨味が口内で爆発し、その味を理解する前に脳が勝手に『美味しい』と判決を下した。



「美味しい......美味しいぞこの幼虫!」


「喜んでくれて良かったわ。私もいただきます」



 俺と違い、頭の方を取ったミリアは、幼虫の頑強な顎を落としてから小さく齧り付いた。

 そしてその美味しさに頬を緩ませる光景を目にした俺は、同じように笑みが零れた。



「次はソースを付けて......うん、料亭クラス。これで店開けるわ。一食金貨100枚だな」


「盛りすぎよ。流石に銀貨3枚が限度じゃないかしら」


「いいや、ダメだ。確かに美味しさは銀貨3枚かもしれないが、ミリアの手で作られた料理なんだぞ? それこそ値段を付けることすら烏滸がましい物を相手に、金貨100枚でもかなり譲歩した方だ」



 この味は一生忘れることは無いだろう。いや、一生どころではない。二生も三生も、この先永遠に忘れない、幸せに満ちた食事だ。



「もう......調子良いんだから」


「ありがとうミリア。楽し......ウボァ」


「ガ、ガイア!? 大丈夫!?」



 口から食べた物が全部出てきた。

 それに舌が異様にピリピリする......これ、毒だな。



「......ソース、何を......」


「ソース!? えっと、ガイアの好きな果物を3種類と、あと、初めて見た真っ黒のベリーを......まさか」


「多分......いや、確定で......毒......」



 徐々に体が怠く重い感覚に襲われ始めると、ミリアは必死に謝りながら水を飲ませてくれた。



「ごめんなさい、ごめんなさい!」


「......大丈夫。これくらいで、死ぬ俺じゃない」


「でも!」



 涙を溢れさせるミリアの頬を撫で、俺は体を起こした。



「誰にだって、ミスはある......今回は、運が無かった」




 でも、得られた物は大きい。

 この森に毒を持つ植物が誕生していることを知れたのは最高の収穫だ。

 俺が初めて木の実を食べた時のように、パッチテストをする重要性が出てきたからな。



「ちょっと......寝ます。おやすみ」


「ガイア? ねぇガイア!? 起きて! 死んじゃ嫌ぁぁぁ!!!!」



 体の中がグチャグチャに掻き回される感覚に耐えられなくなった俺は、最終手段であり、最も効果的な『休眠』に入った。



 さらば現実。俺は再び、眠りにつくぜ!!

ここでパッチテストォ!

森での食事は、知識が無いと本当に危険です。気をつけませう。


次回ッ! 『白くて大きなモッフモフ』お楽しみに!

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