第101話 夢の語らい
多分最終章です。
「ここは......どこだ?」
気が付くと、白い道に独りだけ。
空は黒く、地面が真っ白な異質な空間。
目を凝らしても先が見えず、困惑している思考とは裏腹に、体が勝手に歩みを進めた。
「何も無い。なのに、何だこの感覚は」
見えないし、触れないのに......そこに何かがある。
目の前に掴みたい物があると分かるが、それが何かも、どんな形かも分からない。
でもどうしてだろうか。不思議と全く怖くない。
まるで眠っているように落ち着いているし、意識もハッキリとしている。
次第にもどかしい気持ちが腹立ちに変わろうとするが、瞬時に怒ったとしても何も得ないと判断して気持ちを落ち着けた。
ここは少し......寒い。
そう感じた瞬間、目の前に松明の様な炎が出た。
小さく、まだ火種と言える弱さだが、歴とした炎が。
「誰がくれたんだ?......分からない。でもありがとう」
自己完結してしまったが、仕方ないだろう。
俺が寒いと思ったら炎をくれたんだ。それを齎したのが誰であろうと、感謝するのは当然だからな。
「おかしい。全く熱くない。何だよこれ!」
炎に近付いても温度を感じない。
見掛け倒しにも程がある。こんな裏切り方は無いだろ?
「──大丈夫ですか? 兄様」
「え?」
炎が喋ったかと思ったら、少女の姿に変わった。
白い長髪に、輝くような黄金の瞳。
その整った顔立ちは、どこか俺と似ている。
だがしかし、兄様と呼ばれたのは何故だ?
俺はこの人を知らない。一方的に知っているとしても、どうしてこの場で出て来たんだ?
「えっと......ごめん、誰かな? 初対面じゃないのか?」
「ッ!......そ、そうですよね。すみません」
うわ〜、反応的に絶対初対面じゃねぇよ。
でも俺の記憶にはこんな天使みたいな人と過ごした時間は無いし、近くてもサティスだけど......サティスとは違うしなぁ。
ショックを受けた顔から戻らない少女に、俺は少しだけ演技をすることにした。
「なんてな。忘れる訳無いだろ? 大切な人なんだし」
「え? た、大切な人って......ほ、本当に?」
「勿論。久しぶりにあったんだし、ちょっとしたジョークを交えただけだ。許してくれ」
そう言うと、少女はキラキラと輝く笑顔になった。
対応としては間違っていなかったけど、バレたら終わりだ。大切な人とは言ったが、多分......どっかで俺の妹になったのかも知れない。
俺の記憶の中に妹はサティスしか居ないが、ボロを出さないよう、気を付けねばな。
「嬉しい......嬉しいです、兄様! 結婚しましょう!」
「え? 無理。知らない人と結婚なんてマジで無理」
「し、知らない......人?」
しまったぁぁぁぁぁぁ!!!!!
あぁ、なんて事だ! 予想外すぎる言葉に本音で答えてしまった!!!
何で急に求婚してきたんだ? 受け入れたとして、この空間でどうしろと!?
......もう、な〜んにも上手く行かない。
もしかして俺、世界に嫌われてる? 何か悪い事したかなぁ?
「ごめん。実は思い出せていないんだ。ただ、君が悲しそうな顔をしていたから、せめて今の間は元気づけようと思ったんだけど......申し訳ない」
誠心誠意謝ろう。俺が悪かった。変わらない事実だ。
でもな? 求婚してくるのも悪いからな?
ちょっと勢い余って求婚しちゃった〜、テヘ☆
じゃ済まないんだからな!? 無理があるからな!?
この空間じゃ唯一の話し相手でもあるんだし、機嫌を損ねさせたらさっきより気が沈むだろう。どうにかして、彼女に喜んで貰わないと。
「......ふふっ、実はとても優しいところ、兄様らしくて大好きです。女神になってまで追い掛けた甲斐がありますね!」
う〜ん、ツッコミどころ満載!
兄様とか過去とか女神とか、どれから聞いていくか。
「女神ってどういう事だ? 俺......死んだ、とか?」
「いいえ、兄様はまだ亡くなっておられません。肉体はピンピンしてます。そうですねぇ......女神の話をする前に、まずは兄様の状態を説明しましょうか」
助かる! 今の話にも気になるところがあったが、それも含めて説明してくれると信じようじゃないか。
「今、私を見ている兄様は、兄様の魂です。実は先程まで兄様の魂は死んでいたんですよ」
「ん? ちょっと何言ってるか分かんない。もう少し分かりやすくお願いする」
「兄様が戦っていた男の持つ白剣という剣は、聖剣が勇者以外の手に渡り、拒否反応を示した際に聖剣本来の力を守る為、人々を守る剣から人々を傷つける武器へと変わったのです」
ちょっと待とうか。
ギドさんの使ってたあの白い剣、聖剣だったの?
俺の知ってる聖剣は金色だったはずなんだが、拒否反応であそこまで綺麗な白に変わるんだな。
そんでまぁ効果が反転しちゃって、凄く強い武器に変わったと。
「白剣は魂を破壊します。聖剣は肉体を滅ぼし、魂を輪廻の環に返すのに対し、白剣は魂を滅ぼし、魂を永遠に孤独の世界へ送ります。ここがその世界です」
「......もしかして人生終わった感じ?」
「いえいえ! 奥様が快魂術を使ったので、兄様の意思次第で戻れますよ。ですがもう少し、私とお話させてください」
「ま、まぁ。帰れるなら。俺も聞きたいこともあるし、すぐには戻らないさ」
ま、待て。ちょっと待とうか。
今『奥様』って言ったか? あの場に居た人物で言えば、多分......エメリアだよな? もしかしたら、ミリアという可能性があるのだが......
「エメリア様で合ってますよ」
「思考覗かれるんスね。流石女神。略してサスメガ」
少し皮肉っぽく褒めると、少女は心の底から喜んだ。
「えへへ、ありがとうございます。では話を戻しまして、現在兄様の肉体はエメリア様に運ばれ、宿で眠っています。傷は一つも無いのでご安心を」
「そうなのか。ありがとう」
「まぁ、本来の世界の兄様も──いえ、何でもありません。気にしないでください」
き、気になるぅぅぅ!!!!
世界ってことは、きっとパラレルワールド的なサムスィングだろ? めちゃくちゃ気になるじゃん。
「それでは女神について話しましょう。女神とは、世界の管理者です。一部の世界を除いて、女神が管理しています。兄様が降り立ったフェリクスという世界は、本来女神は不必要なのですが、愛する兄様の為、私が女神になって管理しています」
「女神が管理しなかったらどうなるんだ?」
「中の人間が世界を滅ぼす魔法を作った時、完全にその世界が無くなります。人間は自滅の道を選ぶ者が多いのですよ。ですが兄様は賢く、決してそんな道を選びませんでした」
「は、はぁ」
過去の兄様はちゃんと考えていたんだな。
今の兄様はとってもおバカちゃんなので、エメリアとミリアに関して自滅の道を選んでいるが。
「大丈夫ですよ。運命が出会わせないので」
「......あの二人が?」
「はい。ドッペルゲンガーは半孤独の存在ですから」
ドッペルゲンガーってどういう事だ?
二人が同一人物、或いは分身ということか?
おかしいな。コイツの言っていることが何も分からない。
「ふふっ、たかが200年では、兄様は変わりませんね」
「そう......なのか? 俺としては変わったと思うが」
「いいえ。優しいところも、格好良いところも、何も変わっていません。私の知る最高の兄様です」
それが分からないんだよな。
この女神の知る俺が、一体どんな人物だったのか。
兄と慕われるだけの存在であったのかも分からない。
ただ、とても信頼されていることは分かる。
きっと、かけがえのない存在だったのだろう。
俺にとってのミリアのように。
「ミリアとエメリアは......どういう関係なんだ?」
遂に切り出す。知らなければならないことだ。
これさえ分かれば、きっと、ドッペルゲンガーと言っていた理由も分かるはず。
「ごめんなさい、お伝え出来ません。兄様はまだフェリクスの人間です。私の兄であれば、事細やかに伝えられるのですが、今はまだ」
「......そうか」
なるほど。俺は君のお兄ちゃんだったのか。
女神の兄ってことは、もしかして俺、神なのか?
いやいやいやいや、まさか......ねぇ?
「それじゃあ、俺と君の関係を教えてくれるかな。本当に俺は君の兄なのか?」
少し気になっていたのだ。
兄に対する態度にしては、少し変だということに。
長い髪を掻き上げる仕草や、俺への視線。
小さな行動の一つ一つに、何か別の意図を感じる。
「......兄様は私のことを妹として接してくれました」
「君は? 君は俺をどう思ってたんだ?」
「それは......い、言っても嫌いになりません......よね?」
「嫌いになるも、俺は君と過した時間の記憶が無い。好き放題言ってくれて構わないぞ」
色々と察しがついた。だって、セナと同じ目なんだ。
「その、兄様を男の人として見ています。ですから、兄と言うよりは好みの異性として想っています」
デスヨネー。そんな気がしてたっての。全く。
「さいですか。だから求婚を?」
「......はい」
「受け入れたとして、俺はもう君と会えないだろう?」
「............はい」
悲しそうな目をするな。声を震わせるな。
心の底から傷ついてると分かれば、助けたくてしょうがない。
俺の知らない『兄様』じゃなくてもいいのか?
ダメだろ。女神は、兄である存在が好きなのだから。
「ゆっくり話そうか。まずは君の名前を教えてくれ」
「イリスです」
「すんげぇ聞き覚えのある名前だった」
あのハゲた教皇が信仰する女神か。
というかあの世界で信仰されているの、女神イリスしか聞いたことが無いな。
学園の授業でも、冒険者達の会話でも、他の神に関する話は一切出てこなかった。
......もしや、凄い神様なのでは?
「凄くないですよ? 兄様を追い掛け、天使から女神になりましたが、それもごく自然なことです。私の凄いところは......ふふふ」
「意味深な笑いだな」
「謎が多い女が男性は好むと聞きましたので」
「残念だったな。俺は全てをさらけ出してくれる人の方が好みだ。相手が隠しているのに、俺が本心で語る必要が無いだろう?」
ミリアはいつも本音で語ってくれた。
だから俺も、全て本音で愛を伝えた。
好きという気持ちも、嫌いなものも、全部本音でぶつけてくれたんだ。
他の人には隠したりもするだろうが、俺の前では絶対に嘘をつかなかった。俺はそんなミリアが、ずっとずっと、大好きなんだ。
だから隠されたりしても、俺は魅力を感じない。
そいつは『秘匿する者』として扱う。
「か、隠しません! 私の凄いところは性欲です!」
「わぁ、爆弾発言でたぁ」
「兄様が寝ておられる隣で、一人であんなことやこんなことを致しましたからッ!!」
「うわぁ、反応に困るヤツだぁ」
「最も、兄様は全く気付かないので私も助かりましたけどね! でももう隠れるのもしんどいです! だからもう結婚して楽にしてください!」
「続けられるお前が凄いよ。勇者だよ、本当に」
何かもう、色々と凄い人だな。あ、凄い神だな。
黒歴史になるであろう行為を暴露し、その上で更に思いの丈をぶつけるとは、最早異常だな。
まぁ、俺の物差しで神を測ることは出来ないか。
「はぁ、はぁ.........ど、どうですか?」
「どうって言われても......」
俺からすれば初対面の相手なんだよ。
急に過去の話や想いをぶちまけられても『そうですか』としか言いようが無い。
それに俺は、ミリアを愛している。
イリスという名の妹はそこに居ない。
人生を道に例えるなら、ここは分岐路だ。
でも俺は、地図を持っている。
ミリアの元に辿り着く地図を。
「気持ちは嬉しいが、結婚は出来ない。一方的な愛情は夫婦とは言えないからな。イリスが俺を好きでも、俺がイリスを好きになることは決して無いだろう。君には君に合った、良い相手が居るはずだ。今回はダメでも次がある。だから......俺の事は忘れてくれ」
ごめんなさい。何百年も想っていてくれたのに、断って。兄妹で結婚はしたくないし、例え違っても俺の目には魅力的に映らない。
もう、俺の隣には居るべき人が居るんだ。
「当たり前よ。貴方の隣には私が居て、私の隣には貴方が居るの。これは絶対なの」
俺の隣から、聞き慣れた声が響き渡った。
何も無いこの空間を支配するような透き通った声は、俺がずっとずっと、聞きたかった声だ。
絹の様な白い髪を長く伸ばし、ルビーの如く紅く煌めく瞳。健康的な肌は不純物の欠片も無く美しい。
俺の右手を優しく包む両手は温かく、陽光に当てられたような幸せな気持ちになる。
「ミリア......会いたかった」
「私もよ。ずっとずっと、貴方の声が聞きたかったわ」
視界の端に映るイリスが、空中に何かを描いている。
どうやら円の中に文字を書いていたらしい。
キラリと光ると、まるで窓のように色鮮やかな景色が目に入った。
そして俺の方にその窓を見せてきた。すると──
「134年と12日。私は貴方を待っていたわ」
精霊樹の森に築いた小屋の中で眠る、俺の姿が映っていた。
色々と情報過多になってきましたね。
頭痛、ドッペルゲンガー、謎の世界。
全ての謎は、この章で解き明かします。
最後まで読んでくださると幸いです。




