第99話 開戦、鮮血の薔薇
すみません、心臓が痛くて病院に行っていたら全然更新できませんでした。
「さてと、そろそろ帰るか。思い残すことは無いか?」
「うん! すっごく楽しかった〜」
「それなら良かった。俺も......楽しかったよ」
夕方にはレヴィとの買い物が終わり、帰路に着く。
いつもは『王様〜、王様〜』と着いてくるレヴィが、今日はグイグイと俺の手を引っ張るから新鮮な気持ちで楽しめた。
でも、どこか現実味が無いというか、本当に楽しかったかどうかすら曖昧な感覚がある。
俺は一体、どうなってしまったのだろう。
そして時は進み、武闘大会当日の朝。
暫く頭痛が起きない日常を送れたことに幸せを感じながら、ウォーミングアップと称し、ヒビキと模擬戦をした。
「腕を上げたな。隙がほんの少ししか無いぞ」
「......ほんの少しも無いように動いてるのですが」
「歩幅が大きいんだよ。もう少し力を抜け」
「なるほど。ではそのように」
「改善点はまだあるぞ。今は自分で見つけろ」
よし、観察眼も論理的思考能力も問題無し。
ヒビキの刀は完全に見てから動ける上に、魔法の発動準備も万全。
これで身体強化、魔法発動速度のチェックも終了だ。
「こっちの番だな。受けきれなかったら死ぬぞ」
ヒビキが刀を中段に構えた瞬間、俺は納刀した。
そして瞬時に逆手に柄を握り、全力の身体強化を施しながら抜刀する。
「速ッ!?」
流石にヒビキの反応速度を超えてしまったので刀を影に仕舞い、振り切った拳に重心を置いて左足を後ろから持ち上げる。
が、これには反応出来たヒビキは姿勢を低くし、俺の蹴りを避けた。
「華麗な死を決めた訳だが、どうする? 続けるか?」
「勿論。今の動きも学びになりましたから」
「良い向上心だ。じゃあもう少しやるぞ」
剣術から体術に切り替える戦闘適応能力、体術の基本的な動きや戦術的な組み伏せ方を教えると、ヒビキはメキメキとその実力を上げてきた。
まるで崩れない積み木のように成長する姿は、見ていて楽しいものだ。
「ガイア〜? そろそろ準備をせねば遅刻するぞ〜?」
「は〜い! もう1戦だけやらせて!」
「仕方ないのぅ。1戦だけじゃからな」
ゲーム中の子どもを呼び出す母親のようだ。
その小さな手には俺の服が大事そうに抱えられており、本当に母親かと勘違いする程に『ママ感』が強い。
「最後は剣と魔法、両方使うぞ」
「だ、ダメです! 魔法を使われたら勝てません!」
「知らん。本物の戦場で『待った』は無いぞ」
俺は動き出しと同時に魔力の粒をばら蒔き、目眩しをしながら距離を詰め、ヒビキの懐への峰打ちを狙う。
「ここっ!」
目を完全に閉じていたヒビキは、経験から導き出される直感より俺の刀を察知し、1つ目の刀で弾き上げた。
良い判断だ。その刀を手放さなければ、身体強化による圧倒的なパワーで腕の骨ごと持って行くつもりだったからな。だけど......二振り目が遅い。
「おぉ〜、見事な組み伏せじゃな。蛇の様じゃった」
速度で勝った俺はヒビキの首に足を絡め、フランケンシュタイナーと呼ばれるプロレス技でヒビキを倒した。
「ま......参り、ました......」
「ん。良い反応速度だった。ツバキさん未満の人間なら確実に倒せるだろうな」
試合の感想と一緒に解放すると、正座をしたヒビキが真剣な眼差しで口を開いた。
「では、ツバキ殿以上の相手は......」
「善戦出来たら御の字」
「......まだまだ、ということですね」
「そゆこった。刀を捨てるまでの判断は良いんだが、次手で迷いが見えた。体術と剣術、習ったことを使うのは結構だが、あの場なら逃げるのが最善手だ。体制を立て直す......まぁ、引くことを覚えろカスってヤツだな」
まさかあの名言がこんな所で輝くとは。
「さぁ、行こう。ガイア大先生の戦闘をよく見て、よく学んでくれ。ついでにセナの面倒も見てやってくれ」
「御意に」
「早よせ〜い。本当に間に合わなくなるぞ〜」
「今行くよ。待っててくれてありがとな」
エメリアから服を受け取り、そっと額にキスをした。
途端に赤くなる彼女の顔を見てニヤッと笑った俺は、したり顔で部屋に戻って着替えを始める。
関係を進めたとは言え、可愛い反応をするエメリアが堪らなく愛くるしい。他者から見れば堅牢な城の如く印象を与えるエメリアは、俺の前ではフニャフニャの子猫だ。
自分だけがエメリアを独占していると思うと、背徳的な情が沸き起こる。
「でも、何か違うんだ。これは本当に愛......なのか?」
俺は果たして、本当にエメリアを愛しているのか?
俺の全てを受け入れ、寄り添ってくれる者を愛する俺の基準に、エメリアは入っているのだろうか?
考えなくても分かるが、彼女は俺に尽くしている。
何故なら、尽くすことがエメリアの楽しみでもある上に、生き甲斐のように位置付けられているからだ。
しかし、如何せん自らに興味が無い。
まるで俺が全てであるかのうように振る舞う姿が、時々不安に感じてならない。
俺は彼女を受け入れることを、愛と認識しているんじゃないか?
「......分からん。というか頭が痛てぇ、無心になれ」
俺は逃げた。自分を深く見つめることから。
でも何故だろう。ちゃんと見つめないとダメな気がするのは。直感、だろうか。曖昧な感覚だ。
◇ ◇
『さぁ! 始まりましたァ! 第159回冒険者武闘大会のお時間デスッ!!!! 実況はわたくし、帝都で一番可愛いと噂される受付嬢、エリーナがお送りします!!!』
爆音の歓声がスタジアムの観客席から響く。
エメリア達もあの中から見守ってくれるんだ。
そう思うと、どんな戦いをしたら観客が喜んでくれるか、様々な思考が頭を巡る。
「よぉ坊主。本当に来たんだな」
「え?......あぁ、はい。楽しみましょう」
控え室にある、小さなソファに座って魔力の糸であやとりをしていると、酒場で潰した冒険者が話しかけてくれた。
だがすまんなオッサン。
俺はアンタに対する記憶が一切無い!
「ふぁぁぁあ。眠い......」
「ん〜......私も〜」
誰だよ。
知らない女の人が俺の隣に座ってきた。
スタイルはかなり良いし、溢れ出るオーラが上質な宝石の様だ。貴族......いや、皇族か?
「ねぇ、君。君みたいな男の子が武闘大会に出るのって、初めてなんだけど」
煌びやかな金髪を揺らし、柔らかい笑顔で聞いてきた。
この時点で確定だ。コイツ、確実に貴族だな。
何て言ってやったら面白くなるかなぁ。
少し美貌にあてられた演技をしつつ、考えよう。
「あ、あの! その......えっと......」
「うふふ、可愛いわね! ほら、もう少し近くにおいで。お姉さんとお話しをしましょう」
下手な腹探りだな。興味を引かせるまでは十分なのに、手元に手繰る話術のレベルが圧倒的に低い。
多分、男なら簡単に口を割る世界に居たんだろうな。
「ご、ごご、ごめんなさい!......なんてね」
「ッ!? な、何を......?」
頭を下げると同時に糸を延ばし、首に掛ける。
もっと近くでやっても良かったが、帰った時にエメリアが『他の女の匂いがするのじゃ!』とか言いそうなので、この距離で。
「イレギュラーには首を突っ込まない方が良いよ? どこかの貴族さん。世界はあなたが知らないことで溢れている。その中で敢えて異常な存在に飛び込むとすれば......あなたもまた、異常な存在になる覚悟が要る」
忠告をしてから糸を消すと、貴族さんは疲れ果てたようにソファにもたれかかった。
一連の流れを見ていた冒険者が俺を凝視してくるので、俺は何とも無かったようにあやとりを再開した。
そして始まるのは、1回戦目となる試合だ。
本武闘大会はトーナメント形式で進められる、自身の強さを競う大会。腕に自信がある者しか出場しないので、その競技のレベルは段々と上がってきているようだ。
1戦目はシェリコなる冒険者と、俺の戦いだ。
「死なない戦場に花は咲かない、か......」
戦帝騎士時代に、俺が言った台詞だ。
当時もこのスタジアムのように、何とかして命を奪わない戦闘環境を作ろうと躍起になる者が多かった。
「失礼します。ガイアさんはいらっしゃいますか?」
「はい。行きますよ」
大会運営の人に呼ばれると、皆が道を開けてくれた。
そんなに恐れなくてもいいじゃないか。
優しく接してくれたら俺も優しく対応するのだから、変に距離を置くような反応は双方にとって生きづらいだろう?
まぁいい。結果は変わらないのだから。
定められた運命があるのなら、俺はそのレールの上を歩くだけだ。
......あの精霊だけは、レールをぶち壊してくるが。
◇ ◆ ◇
「始まりますね。初戦から拝めるとは幸運です」
「瞬殺じゃろうなぁ。これセナ。暴れるでない」
「ご主人様は!? どこ〜!?」
「あちらの入口からいらっしゃいますよ。落ち着いてください」
「うるさいわねぇ。ガイアさん、病まないのかしら」
たった5人。それだけの人数なのに、観客の冒険者......それも戦闘経験が豊富な者ほど、あの5人が異常であることを悟った。
その者達の視線の先には一人の少年。
刀を提げ、鞘に収まった直剣を曲芸の如く振り回す姿は、剣の扱いが至高の領域であることを目で見て感じる。
入場を終え、開始の合図を待つ少年は、至って普通。爽やかな印章を与える空色の瞳に整った外見は、異性を惹き付ける魅力がある。
背筋を伸ばしたまま微動だにせず立つ彼は、その幼き美貌も相まって彫刻のようにも思える。
「......来ますよ」
「相手の男は何も気付かずに目覚めるじゃろうな」
エメリアの言葉は大歓声の中であっても、周囲の人間に聞き取れた。
5人の周囲に居る冒険者はガイアを凝視し、開始の合図である、審判の右手が振り下ろされるその時を今か今かと待つ。
『始めっ!!!』
◆ ◆ ◆
帝国を本拠地に活動する《白金級》冒険者のシェリコは、かつてないほどに恐怖を感じていた。
目の前の少年が自分を前にして一切怖気付くこと無く、寧ろ飄々とした態度すら感じさせる口角の上がり方に、不気味な恐怖で支配されかけていた。
「先手、どうぞ」
そう言われた瞬間、言葉の裏に『最初の一手しか出番が無いぞ』と察したシェリコは、震える足を拳で殴り、気合いを入れた。
シェリコのレイピア裁きは冒険者界隈では有名だ。
針の様に細い剣で、ワイバーンの討伐をも可能にした、言わばレイピア使いのパイオニアだからだ。
そんな彼が、先手を譲られたとなれば......
「......行きますよ!」
右手に持ったレイピアの剣先が、音を切ってガイアの首元へと伸びる。目で捉えることすら困難な速度の刺突は、完全にガイアを貫いた。
と、シェリコは思った。だが実際は──
「わぁお、細いねぇ。そんでもって......脆いねぇ」
ガイアの右手の人差し指と親指の間に、レイピアの先端部分だけが取り残されていた。
「......は?」
「刺突ってね、対人戦ではギャンブルなんだよ。当たれば大ダメージを与えられるが、外せば大きな隙を生む。ちゃんと理解してる人は、初手で刺突はしないんだ」
授業でもするかのように言い放ったガイアは、直剣を鞘から抜いた。
刃の維持しか手入れのされていない剣は、明らかにシェリコの持つレイピアの方が業物だと窺える。
しかしガイアが持った瞬間には、なまくらであろうと職人に造られた業物へと昇華される。
「初手の刺突はこうやるんだ」
ガイアは瞬く間にシェリコの背後を取ると、足を引っ掛けて倒し、まだ完全に地面に着く前にシェリコの胸に剣を刺す。
そして貫通した剣は地面に刺さり、シェリコは地面に磔の状態となった。
「......何、が......起き............」
「あ、心臓は避けたのに、動いたから逝っちゃったか」
アーティファクトのスタジアムが死亡判定とみなし、シェリコは光の粒になって消えて行った。
『勝者、ガイア!』
「一手進めたど〜」
湧き上がる歓声の中、ガイアはエメリア達に向けて手を振った。
まるで運動会で頑張ったことを親に主張する子どものように、純粋な笑顔で。
こうして第1回戦は、過去最速で決着が着いた。




