第10話 森の王
「なぁミリア。“ 精霊樹の森”って何だ?」
「多分、この森の名前でしょ。ゼルキア側が勝手に名付けたんじゃない?」
「やっぱりそうか」
ゼルキアの遺言を聞いた翌日。俺は転生する為の魔法を使う為、ジャブジャブと湖に魔力を流し込んでいる。
両手の間から栓を全開にした水道水の様な勢いで流れ出る魔力を、隣に居る安部くんがペロペロと横取りをし始めた。
美味しいのかな? 俺の魔力って。
「美味しいか?」
『ガルゥ♪』
「それは良かった。飲みすぎんなよ」
嬉しそうに喉を鳴らす安部くんを見て、俺の魔力を飲料水として使うゼルキアのことを思い出した。
どうしてゼルキアは、俺の魔力を飲んでいるんだろう。何か理由があるのかもしれない。
「まぁ、アイツのことだ。『美味しいから☆』とか適当なことだろ」
『ガル?』
「安部くんは違うか?」
『ガルル?』
「ごめん分かんない」
熊語は未習得なんだ。ガルガル言うだけなら俺も出来るが、それに明確な意味を持たせることが出来ない。
あ〜あ、俺もゼルキアみたいに、転生特典で言語が分かればな〜。狭い世界に囚われず、広い観点から物事を見れるのに。
生まれ変わったら勉強しよ。賢い来世にしよう。
「さて、この森の動物達を守る為にも頑張りますかな」
湖の水位を10センチほど上げた俺は、上空へ向かって魔力を放水した。
まるでスプリンクラーの様に撒き散らされた魔力は、森の木々や草花に、大量の養分を与える。
──森よ、この魔力を以て壁を建てなさい。
俺が静かに呟くと、森の外周に生えている木が隣の木に枝を伸ばし、お互いの幹を支柱にして、大量の枝の壁を築き上げた。
──森よ、俺が死んだら壁を解きなさい。
これは魔法ではない。単なるお願いだ。
俺を生かしてくれた森を、今度は俺が生かす番だ。
勇者に傷をつけられないよう、硬く、強く、柔らかい木へと変貌させて、生き延びて欲しい。
そんな意図を含めて、お願いした。
「よし、これでオッケー! あとは転生のイメージだ」
「ねぇガイア。私は何をすればいいの?」
「俺1人ではイメージしきれないから、その補助だ」
「補助? でも私、イメージ出来ないわよ?」
「大丈夫。大きすぎる魔力を抑えて欲しいだけだ。流石にこの魔法は、1人でやるモンじゃないからな」
魔法は何でも出来る。但し、代価として魔力と技術が必要不可欠。
きっと、勇者召喚とやらも1人では出来ないだろう。
複数人で集まり、やっとの思いで成功さているはず。
「1人では出来なくても、2人なら出来る」
「......そうね。それに、初めて一緒に魔法を使うのね」
「確かにそうだな。しかも失敗すれば永遠にお別れなんて、酷いタイミングで来ちゃったもんだ」
どこか他人事のような感覚で笑い合う俺達に、安部くんは心配そうに喉を鳴らしながら、その可愛い鼻を俺に擦り付けてきた。
「心配すんな。俺は死んでも、お前らが生き残る。もし俺が本当に死んだとしても、2人は幸せに生きるんだぞ?」
『ガルルゥ!? ガウ! ガルゥ!!!』
「そうよ! 縁起でもないこと言わないで!!!」
俺の本心からの想いを口に出すと、2人に怒られてしまった。
「ごめん。知らないうちにネガティブになってた。頭冷やすわ」
「あっ............うん」
このままでは勇者が来た時に魔法を発動出来ない。
それだけは避けなくてはいけない、超BADENDへのフラグだから、俺は拠点の壁塗りに集中することにした。
そして3時間が経つと、森が騒がしくなってきた。
「ふぅ〜。あともう少しで完成だな」
『ガルゥ〜!』
「このまま何事もなく、平和に暮らせればいいのだが」
出来れば、ゼルキアが嘘をついていたと信じたい。
この時ばかりは魔王らしく、人間を脅かす為に嘘をついていたと、そんなシナリオもアリだと思う。
......頼む、ゼルキア。勇者を撃退してくれ。
殺さなくていい。骨折ぐらいの怪我で、どうにか勇者を人間の国に返してやって欲しい。
そうすれば俺達は、今まで通り友達として、幸せに暮らしていけるんだ。だから......頼む。
『ごめん......ガイア』
幻聴か現実か。ゼルキアの声が聞こえたと思った瞬間、空が明るい黄色へと姿を変えた。
幻想的なこの空は、どうして生まれたのだろう。
誰かが幸せになる魔法でも使ったのかもしれない。
『綺麗』『カッコイイ』『可愛い』
そんな言葉を発させる為に、誰かが魔法を使ったのかもしれない。
「*%、☆$÷○\<!!!!」
俺は壁塗りの作業を再開させようと思い、俺に覆い被さるようにして泥を一緒に塗ってくれていた安部くんから離れようとすると、ビチャっと何かが頭に落ちてきた。
安部くん、泥でも落としたのかな。
そう思って頭に落ちた液体を手に取ると、それは真っ赤な血だった。
「え......?」
俺は何も分からず上を見上げると、安部くんが縦に斬られていた。
「え......? 安部......く......ん......」
『いき......て......がい、あ......』
「ああ、ああああああ、あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は今までに出したことがない声量で叫ぶと、その声には空色の魔力が乗り、森全体へと凄まじい轟音となって響き渡った。
「ガイア!? え......嘘......」
「逃げろ、ミリアァァァ!!!!!!」
俺は安部くんを真っ二つにした、黒い髪に黒い目をした、如何にも日本人らしい見た目の青年を睨みつけ、ミリアに逃げるように言った。
安部くんを殺した先に居る人物は4人。
1人は金色の剣を持つ、優しい雰囲気の青年男子。
1人は青い髪の、大きな杖を持った女の人。
1人は大きな剣を握る、灰色の髪でガタイのいい男。
1人は弓を背負う、金髪で耳の尖った女の人。
あぁ、コイツらがゼルキアの言う、勇者パーティか。
バランスの取れた良いパーティじゃないか。前衛2人に後衛2人。良くも悪くも隙がない構成だ。
「%〆、%$→○♪☆×%?」
「訳分かんねぇ言葉で喋るんじゃねぇぇぇぇ!!!!!!!」
初めてだ。こんなにも優しい目をした人に、全力で殺意を抱いたのは。
「%!? #○$、☆*%〆*○!!!」
「ガイア、逃げて!」
ゼルキアが言っていた、エルフと呼ばれる耳の尖った女の人が、俺に指を差しながら敵意を向けてきた。
すると家の裏に隠れていたミリアは叫びながら飛び出し、勇者達から俺の注意を逸らした。
「帰れ! 人間ッ!! この森に近付くなぁぁ!!!」
ミリアは自身の持つ、金色の魔力を使い、膨大な数の光の矢を勇者達に向けて放った。
「%☆! ○¥%○*!!!」
──%*$*
灰色の髪の男が前に出て何かを唱えると、地面に刺した巨大な剣から、勇者達を守る光の壁が作られた。
──痛い、痛いよ。
やめろよ。草が泣いている。その剣を早く抜け。
「ガイア! 早く逃げて!!!」
「......ミリア。魔法を使う。来てくれ」
「っ!!」
俺はミリアの手を引いて魔力湖の前に立つと、目を閉じてイメージを固めることに集中した。
俺の後ろに湖の魔力は俺の意思に反応し、湖が丸ごと中に浮き、グングンと小さくなっていく。
凄まじいエネルギーの移動により、森が揺れている。
「ミリア」
「うん」
ミリアは俺の手を強く握ると、空色だった湖の魔力が、美しい金色の魔力と混ざり合っていく。
そして手のひらサイズのボールぐらいまで圧縮した湖の魔力に、空から何かが飛んで来た。
これは......黒い魔力。ゼルキアか!?!?
ダメだ、イメージに集中しろ。魔法を発動させるんだ。
輪廻転生。それは生きとし生けるもの、いずれは死ぬ。その死んだ先にあるものこそ、新たな生となる。
「○☆%......*€<」
青い髪の女が、圧倒されたように尻もちを着き、感嘆の言葉であろう言語を発した。
だがそんな女に目もくれず、勇者であろう金色の剣を握る男は、こちらへ走ってきた。
それは、明確な敵意を持って。
俺の心臓を貫かんとして放たれた剣の一撃は、ミリアが身を呈して庇い、俺には届かなかった。
...... 俺には。
勇者の剣はミリアの心臓を穿ち、ミリアの胸からは金色の光が溢れ出した。
「ミリ......ア?」
──生まれ変わっても、貴方が好き
そう言って俺の唇にキスをしたミリアは、パチッと弾けて消えてしまった。
──転生、100年の時を超えて生まれ落ちろ。ガイア
空色、金色、黒色。3色の色が混じりながらも、決して汚く見えず、個々の色が生きている魔力の塊を胸に当てると、俺の体は淡く光った。
すると俺は意識を失い、地面に倒れた。
それは一瞬か、永劫か。
少なくとも勇者達は1歩を動いていないので、きっと一瞬なのだろう。
目を覚ました俺は、約31万回の死を経験した。
「......死ね、勇者」




