第1話 好奇心猫を殺す
「あ〜! ネコちゃんダッ! 可愛いね〜!」
春の終わり。制服に身を包んだ俺は、高校への通学路を歩いていると、銀毛の縞模様がある、可愛い野良猫を見つけた。
街路樹の桜が散り、歩道に生まれた桃色の絨毯の上を歩く猫に、俺は近付いてしゃがみ込んだ。
「愛いですなぁ。元気に生きるんだぞ〜?」
特に何かをするでもなく立ち去ろうとすると、後ろから特徴的な足音が2つ聞こえた。
「お〜い、キューティームーン。何してんだ?」
「その呼び方はやめろ、ガキ大将」
「ぷっ! ガキ大将......ふふふ!」
俺のことをキューティームーンと呼んだのは、小学生の時に仲良くなり、今では親友とも言える『友也』だ。
もう1人の声は『美香』。友也の彼女だ。
そして友也が何故、俺をキューティームーンと呼んだのか、その理由は俺の名前に由来する。
「河合くん、友也がごめんね?」
「いいさ。コイツは昔っから俺の名前が好きだからな」
「好きじゃねぇ! 覚えやすくしただけだ!」
河合 樹。これが俺の名前だ。
苗字と名前を繋げると、『かわいいつき』となる。友也はこれを、『可愛い月』と縮め、更に英語に変えたからキューティームーンなんだ。
意味分からん。
「あ、猫逃げた」
「生きろ猫。そなたは美しい」
可愛い野良猫は、俺達の学校の方へと走り去った。
そんな猫を見送ってから歩き出した俺達は、何気ない会話を楽しみながら通学していた。
そうして6分ほど歩いていると、大きな交差点に出た。
「うへぇ、また事故の情報求めてるよ」
「本当だ。今月でもう3件目でしょ? 危ないなぁ」
「樹、気を付けろよ」
「名指しなのが恐ろしく感じるが、まぁ分かった。気を付ける」
この交差点は昔から事故が耐えない。最近は車の性能が良くなり、死亡事故こそは減ったものの、その他車両単独事故などが増えている。
ホント、最近の車はエンジン音が小さすぎて怖いんだよ。全く......
そんな世の中で、さっき友也が見つけた看板は、死亡事故の報告となっていた。
「あ、さっきの猫ちゃんだ。危ないなぁ」
「......あれ、不味くないか?」
「不安ではあるな。そろそろ信号変わるし、大丈夫だと祈るしかない」
嫌な予感がする。
先程の猫が、こともあろうに道路の真ん中を闊歩している。このままでは猫の命が危ない。
「ほら、こっちゃ来い来い子猫ちゃん」
「我ら3人の元へ帰って来なさい」
「フッ、四天王の中でも奴は最弱。我ら3人と共に在らねば敵も打ち倒せん......」
「アイツ、四天王の1人......いや、1匹だったのかッ!?」
「あぁそうだ! だから帰って来いネコちゃん!」
俺達3人は手を振って猫を呼ぶと、それに気付いたのかどうか、道路の真ん中よりこちらへと歩き始めた。
よし......よし。車が来ないうちに、さっさと来るんだ。
「はい、確保〜! 無事で良かったなぁ、猫」
「可愛いね! こんな所で死んじゃあダメだよ?」
『......ミュー!』
友也の手の中で可愛く鳴いた猫に安堵した俺は、今日の持ち物に忘れ物が無いか、確認を始めた。
「しまった、今日って社会あったよな?」
「2限にあるぞ。しかもお前の嫌いな現代社会」
「アッ......教科書忘れました」
「バカめ。高橋先生、忘れ物だけはめちゃくちゃ怒るからな。諦めろ」
「クッ!......俺は、こんな所で終わるのか......!?」
地面に手を付き、この先に待ち受ける地獄を想像していると、いつ間にか信号が青に変わっていた。
「っておい! 黙って行くな!!!」
「「知らな〜い」」
「クソがぁ! 俺にはもう、怖いモンは無ぇ!!!」
急いで鞄を閉じた俺は、横断歩道を走った。
でもそれは、ちゃんと確認をしてから行うべき行動だった。
そう、社会の教科書を忘れたように、事前に確認をすれば。
「樹、危ねぇ!!!!」
「え?」
ドンッ! と右から鈍い衝撃が走ったかと思うと、一瞬にして俺の意識は闇の中に消えてしまった。
そして暗闇から目が覚めた俺は、顔に何かが着いている感覚がしたので、それをそっと外した。
すると驚く程綺麗な白い髪をした、天使のような女の子が俺の顔を覗き込み、微笑んでくれた。
「人間シミュレーション、お疲れ様でした」