竜人との契約
意識が沈んでいく。暗い水の中に沈んでいくような、そんな感じだ。だが恐怖よりも心地良さの方が勝っている。体の力を抜き、このまま身を任せて沈んでいく。
あまりの心地良さにウトウトしていると急に体が引っ張られた。強制的に意識が戻されると同時に息ができていない事に気づいた。
「ガハッ、ゲホッゴホッ」
口の中にあった水を吐き出し、咳き込む。やっと呼吸ができるようになったと同時に腹に激痛を覚える。さっきの戦闘で骨が折れているんだろう。
「気がついたか!よかった。回復薬は飲めそうか?」
なんとか目を開き、声がする方へ目を向ける。
毛先に向かって赤くなっている黒髪に、蜂蜜色の綺麗な瞳に縦型の瞳孔。軍服のような服装をした竜人の男だった。何故か体がびしょびしょに濡れているが、服に傷がついている様子も怪我もなさそうだ。よかった。
私は問いかけに答えるため声を出そうとしたが、出てきたのは声ではなく血だった。骨が内臓に刺さっているんだろう。喉に残る血を出すために咳き込み、その度に激痛が走る。
回復薬は飲めばゆっくり体の怪我を修復してくれるが、回復薬の効果が切れ次の回復薬をすぐに飲んでも効果が発揮されない。所謂クールタイムがあるのだ。回復薬の効果が強ければ強いほどクールタイムも長い。
持っている回復薬を飲んだとしてもこの怪我では全回復にはならない。修復を待っているうちに出血多量で死ぬ。強い回復薬は値段が張る為買えなかった。
体が結構やばい状況だが、頭が追いついていない。なんだか他人事に感じる。さて、どうしたものか。
「………怪我を治せる策はあるが……。もう少しだけ、強い痛みに耐えられるか?」
回復薬を飲んでも痛みで吐いてしまうだろうと考えていたら、隣にいた竜人が顔を青くして、しかし真剣そうに聞いてきた。
もうかなりの痛みが襲ってきている。これ以上強い痛みは意識を保っていられないだろう。何を考えているんだ。しかし竜人の顔はふざけているわけでもないんだろう。
………こんな所で恥を晒して死にたくはない。竜人の策に賭けてみよう。声を出すと血が出る為、頷いて返答する。
「わかった。…片目、もらうぞ。」
竜人が彼と私の左目に手をかざした。
「ぐっ!?」
目を抉られるような痛みが襲ってくる。めちゃくちゃ痛い。竜人の手をどかそうと両手で掴むが、身体中の痛みで力が入らない。背中には壁がある為後ろに逃げるわけにもいかない。痛みが強すぎて気絶することさえ許されない。
徐々に痛みが引いてきた。多分そんなに長くはなかっただろうが、数十分くらいたったように感じた。もうこの痛みは味わいたくない。
目の痛みが引き、体の怪我も塞がっていくのを感じる。彼が何をしたのかさっぱり分からないが、怪我を治してくれた事に変わりはないからお礼を言っておこう。
「はぁ…はぁ……ありがとう、死ぬところだった。何をしたのか聞いてもいいか?」
「……契約だ。」
「契約?」
竜人が顔を伏せながらそう呟いた。
竜人の契約。本で読んだ事がある。竜人同士、竜人と人間、亜人で交わすものだ。大体は結婚する時に交わすものだったはずだ。
契約を交わすには、お互いの体の一部分を交換すること。相手の血、体液を飲む等でも交わせたはずだが、どうして目を…?
「俺は他の竜人と違ってドラゴンの血が濃い。それに周りに同じ種類がいないタラニス種ってドラゴンだ。血を交わすだけじゃ治せるかわからなかった。だから本契約って形を取らせてもらった。」
疑問が顔に出ていたのか、考えていた事にも答えてくれた。
「本契約?普通の契約とどう違うんだ?」
「普通の契約は何度も交わし直す事ができるんだ。結婚とかと一緒だ。結婚は合わないと思ったら離婚ができるだろ?それと同じだ。だけど、本契約はそれができない。そのかわり、普通の契約とは違って相手の固有スキルの半分の力を使う事ができる。」
メリットしかないような気がするが、どうしてこんなに申し訳なさそうなんだ…?
結び直す事ができないにしても、私にはそんな相手などいないし、こんな奴を好きになる物好きはいないと思うから問題はない。
いや、違うか。私なんかに本契約を交わしてしまって彼はショックなのか。もしかしたら好きな人がいたのかもしれない。その人と交わしたかったが、目の前で人が死なれたら目覚めが悪いと本契約を交わさざるを得なかった。そっちの方が納得できるな。
「私なんかに本契約を交わさせてしまって申し訳ない。ごめんなさい。」
「は?………え、何言ってるの?むしろ俺の方がごめんなさいなんだけど。君の未来の相手を強制的に潰して俺にしちゃったんだよ?…本当、ごめん。」
まさかの前者が正解だった。
この後も謝り合戦が続き、何度も気にしていないことと感謝を伝えた。彼は腑に落ちないようだが、感謝の気持ちは受け取ってくれた。
そういえば、さっき本契約を交わした際に彼の固有スキルが使えるようになったらしい。早速使ってみよう。
なんとなくだがスキルの発動方法は分かる。右腕を突き出し、腕に力を込める。すると緋色の雷が腕を纏い始めた。纒雷だ。今は相手がいないからやらないが、多分放電もできる。どういう系統のスキルか分かったところで、纒雷を解除する。
見惚れてしまうほど綺麗な色だった。
「そういえば君の固有スキルって何?」
「俺のは雷を扱うスキルだ。最大威力で使ったことは無いけど、雷を落としたり放電したり。さっき君が使ったみたいに纏うことも出来る。」
「便利だね。」
「君のは影のスキル?俺は影に入ることだけ出来るみたいだ。」
まだ私の固有スキルのレベルが低いから、影に入れることと移動できることしか分からないが、レベルが上がったらもっと便利になるんだろう。これからは頻繁に使ってレベリングをしていこう。
「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺はクロウディア。タラニス種の竜人だ。よろしく。」
「私にはまだ名前がない。ギルドの人からとりあえずリヤって呼ばれてる。アーレウス族だ。よろしく。」
自分に関して分かっている情報を彼に伝え、握手をする。
しばらくして怪我が治り、休憩もしたところで出口へ向かって出発することにした。ここが地下何階か分からないがクロウディア、クロが言うには相当落ちてきたらしい。どうせなら下の階へ向かいボスを討伐するのもありだが、体力を消耗しすぎた。クロと話し合い一度地上に戻り、体制を立て直してから潜り直すことにした為、上への階段を探す。
「話しにくいことだと思うけど、1つ質問してもいいか?」
「何?」
「名前がないってどうして?」
歩き出してからしばらくしてクロが口を開いた。自己紹介の時のことが気になっていたみたいだ。私は特に気にしていなかったから父親の事、この世界に来た理由など事の経緯をさらっと話した。
「人間もクズばっかりか。」
「あながち間違いじゃないかもな。」
怒りの篭った一言に冗談混じりでそう返した。が、私も人間クズばかりだと思っている。たしかにいい人は沢山いるが、関わってきた人は大体クズだった。偏見を持つのも仕方ないのではないかと少し思っている。
2人で小さい頃の話、街に来た経緯、今まで出会った人達の話をしながら上の階へ続く階段を探していたが、おかしい。
「なんで下の階への階段しかないんだ?」