静かな夜に現れたモノ
夕方まで歩き、川沿いでキャンプをし1日を終える。キャンプといっても、焚き火を囲んで野宿だが。
ティアから順に見張りをし、私の番になった満月が空の頂上に来た頃、かなり遠くの方で山が動いた。山が動くわけ無いのだが、確かに動いたのだ。
小さく揺れる焚き火を消し、影の中に入り探索と鑑定のスキルを使いながら警戒しながらゆっくり近づく。
少し近づくと影遊のお陰で山のようなものがはっきりと見えるようになる。鑑定でもしっかり情報を捉えた。シュピネベルクという名の巨大な蜘蛛だ。色んな人間の顔を敷き詰めたような顔面に、体を覆う長い毛、巨体に似合わない細い蜘蛛の手が12本、体から伸びていて異臭を辺りに撒き散らしている。吐き気がするくらいに気持ち悪い。
急いでキャンプ地まで戻り、2人を影に突っ込みシュピネベルクから遠ざかる。倒れ埋まったビルの陰に入り、2人を取り出して起こす。寝ぼけ眼のクロと顔を洗うティアにジェスチャーで巨大蜘蛛の方へ指を指す。
(なんだよアレ、完全なバケモンじゃねぇか。)
(変ナ臭イスル。気持チ悪イ…。)
風もないのにだいぶ離れたここまで異臭が漂ってくる。私でも分かるのだから、ティアにとっては相当な激臭だろう。影の中の方がマシかと思い、念話で入るか聞いてみたら即答だった。
さっきまで鳴り響いていた足音が急に無くなり、やつがどこにいるのか確認するためビルから少し顔を出す。大量の顔がじっとこちらを見ていた。全ての口が開き攻撃を放とうとエネルギーの塊を貯め始める。
咄嗟にクロへ飛びつき影の中へ入る。入り遅れたコートの裾が蜘蛛が吐いた熱光線で焼かれ、炭になって宙を舞う。一瞬でも遅かったら、と考えると冷や汗が止まらなくなる。
影の中にいる間なら蜘蛛の攻撃は喰らわない。地面の全てが影になっている夜の間にできるだけ離れようと、全速力で隠密を使って気配を殺しながら蜘蛛から離れる。
体が大きい分小回りが効かない様で、体の下をくぐり抜けて離れると奴から放たれる殺気が薄まった。ゆっくりと体を回転させ、私達とは別の方向へ歩き出す。見逃されたようだ。
「……行こう。」
乱れた呼吸を整えて、影の中を進む。久しぶりに感じた圧倒的な差に、体がまだ震えている。ティアはいつもより多くの瘴気を出しながら当たりを警戒しているし、クロは瞳孔が完全に開いて手足が竜化している。2人とも逃げる準備は万端だった。
震える腕を擦りながらフィラジエールに向けて進む。もしまだ蜘蛛がこちらを見ていたら攻撃を喰らってしまう為、影のから出ずに進む。
「レイ、水飲んで落ち着け。飛ばしすぎだ。」
クロに声をかけられ、ハッと意識を戻す。いつの間にか景色は地面にビルやら鉄塔やらが埋まる平原ではなく、陽の光に照らされキラキラと輝く水滴が浮かぶ森に変わっていた。渡された水を飲み、辺りが安全なことを確認してから影から出る。
2人は既に落ち着きを取り戻し、食事の支度を始めていた。いつまでも怯えていた自分が情けなくなる。
「落ち着いたか?」
「あぁ、取り乱して悪かったな。」
クロから差し出されたこんがりと焼きあがった肉を受け取りながら返事をする。
香ばしい匂いに食欲を刺激され、肉に齧りつく。溢れ出す肉汁と、魔物の肉特有のピリピリと舌を刺激する魔力がスパイスのように加わりとても美味い。
「最下層の巨人の時も前にアレと会った時もパニックにならなかったのに、珍しいな。なんか変なものでも見えたのか?」
普段は私よりもクロの方が視力がいいが、夜目は私の方が利く。変なものが見えたという訳では無い。自分でも何故あそこまで取り乱したのか分からないが、ただ、背中から這い上がってくる恐怖に思考が支配され、無意識のうちに逃げていた。
「ふーん。何かがトラウマを刺激したのかもしれないな。」
「…自分じゃよく分からないけどな。」
(ティア、タマニアルヨ。周リニ人ガ多イ時、仲間ガ沢山死ンダ時思イ出ス。デモ、アレガ無カッタラ、クロトレイニ会エテ無カッタ。ソレニ気ヅイタラ、思イ出ス事減ッタ。)
ティアは骨をバリバリと噛み砕きながらそう話す。怖い事を思い出しても嬉しかった事の方が多いから、いつの間にか忘れているのだと。
父親に捨てられこの世界に来てからは、ダンジョンに潜って隠し階層に落っこちたり魔物に殺されかけたり、片足を爆破したりと色々あったが、ダンジョンに潜らなければティアとはそもそも会えていないし、隠し階層に落ちなければクロとここまで仲良くはなっていないだろう。
思い返してみれば以前は身長の高い男を見るだけで思い出したりしていたが、クロとティアに出会ってから父親の事を思い出す回数が明らかに減っていた。
その事を伝えてみれば、クロに毛布を頭に被せられ撫で回されるし、ティアからは体当たりを喰らう羽目になった。なんなんだ。
「もう夕方だ。今日は早めに休んで早朝に出発しよう。明日にはフィラジエールに着かなきゃいけないんだからな。」
食事が終わり、少し談笑した後クロが手を腰にあてながら言う。
辺りを見てみれば、宙に浮かぶ水滴が夕日の金色の光を反射して一層強く輝いている。
「見張りは私とティアで交互にやろう。」
「なんで2人なんだ?俺も見張るけど。」
(明日クロノ背中乗セテモラウカラ!)
「ねー」と2人で顔を見合わせて微笑む。その様子を見ていたクロは「分かった」と眉を下げて笑った。
「はい、毛布。」
「さんきゅ。それじゃ、おやすみ。」
「おやすみ。」
(オヤスミ!)
クロが眠ったのを確認し、焚き火で暖かいお茶を作りティアに渡す。骨の体のどこに食べ物や飲み物がいくのか分からないが、しっかり飲んだり食べたりできているようで、見てみて面白い。
そして、ティアはアンデッドだからか、昼よりも夜の方が活発だ。索敵に引っかかった魔物の位置を伝えると真っ先に排除しにいく。昼間は豪快に魔法を使ったりスキルを使ったりして魔物を殺していたが、夜はクロが眠っているからと静かに魔物を殺している。全く音がしない動きをするティアに尊敬の念を抱く。
(全然音がしないな。どうやってるんだ?)
(分カンナイ!起コサナイヨウニシテタラ、デキタ!)
教えて貰えるのだったらやってみようと思ったが、本人は感覚でやっているみたいだ。諦めよう。
周りにいた魔物をあらかた片付けて帰ってきたティアの頭を撫でながら、フィラジエールでの用事が終わった後の事を考える。明確な目標もなくギルドの依頼をこなす為にブラブラと歩き回ってきた。2人はそれでいいと、後から見つければいいと言ってくれたが、そろそろ目標、目的地を定めた方がいい気がしてきた。
焚き火に当たりながら、どんな場所に行きたいかを地面に書く。行きたい場所など考えたこともなかったから、満月が昇り真上に来るくらいの時間を使ってしまったが、まだ夜が明けていないため良しとする。
ティアとも話し合い、具体的な地名は分からないため見たい景色を列挙していく。私は海や滝などなるべく静かで水があるところを、ティアは洞窟や地底湖など暗い場所を上げていった。
「時間は沢山あるからな。全部行きたいな。」
(ウン!全部行ク!)
すっかり冷えたお茶を飲みながら、再び話に花を咲かせる。
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