出発前の談笑
しばらく経ち、よくやく落ち着いてきた。いつのまにか居なくなっていたクロも帰ってきて、名前がないと不便だという話になった。本人に聞いても、群れの中にいた時でも名前を呼び合う習慣はなかったらしく名前はないとのこと。
「ティアってのはどうだ?昔話に出てくる英雄の名前を呼びやすいように端折ったんだけど。」
「これ」と部屋に備え付けの机の上にある絵本を開き、天に向かって吠える英雄を指差す。
とある小さな国に大量の魔物が押し寄せてくる。そんな危機を救った狼の話だ。白く輝く美しい毛並みと何でも見透かしてしまうような透き通った青い瞳、凛とした立ち姿からルクラティアと呼ばれている。
昔の言葉だからか作り話だからか由来は分からないが、なんかカッコいい響きだと思う。
(ティア!ティア、嬉シイ!英雄ナル!)
嬉しそうに尻尾を振ってクロに飛びつくティア。気に入ったようだ。
微笑ましい光景から目を窓の外に向ける。ティアと出会った時はまだ朝だったのに、もう日が傾いていた。用事を思い出し、ベッドから立ち上がる。
「クロ、服を受け取りに行ってくる。クロのも受け取ってくるから、ティアと待っててくれるか?」
外套を羽織り、足を影の中に沈めながら伝える。スキルを使ってすぐに取ってくるというのが伝わったようで、クロから「いってらっしゃい」の言葉を受け取り、影遊を使う。
服飾店の隣の路地で影から出る。なんとなく影から出るところを人に見られたくなかった。通りに人がいない事を確認し、路地から出る。あっという間についたから、本当に便利なスキルになったものだ。
「こんはんは、依頼した服を受け取りに来ました。」
店の中に入り、奥にあるであろう店主に声をかける。遠くで返事が聞こえたから作業でもしていたのだろう。
「はいはい、おまたせ!レイさんだね?」
「はい。後クロウディアの服も受け取りたいのですが。」
「はいよー、ちょっと待っててねー!」
カウンターから出てきて、番号がついているハンガーラックから4着、パパッと取り出し持ってきた。
「お代は最初にもらってるから大丈夫だよ。またのお越しをー!」
店主に礼を言って通りに出る。人がいないところまで歩き、路地に入ってから影遊を使う。影の中で受け取った服が間違いないか確認する。私のは間違っていないが、色とサイズが違う若干似た服が2着あった。前着ていた服とだいぶ違うがあっているのだろうか…?
「ただいま。クロの服、これで合ってたか?」
部屋に戻り影から出て、クロに聞く。ティアと遊んでいたのか、ティアの下から「どれ?」と顔を出してきた。服を広げて見せるとサムズアップが返ってきた。どうやら合っているらしい。
「さて。昼飯忘れてたし、晩飯と合わせて下に食いに行こうぜ?」
ティアを持ち上げ起き上がったクロ。
一応言うが、ティアの頭の位置は私の肩あたり。2足で立ち上がったらクロと同じくらいの高さになる。つまり巨体だ。その巨体を軽々持ち上げるクロの腕力はどうなっているんだろう。
「そうだな。流石にお腹すいた。」
(ゴ飯!)
服を備え付けのクローゼットにしまい、ティアを影の中に入れる。影の中ではあるが、同じ場所でご飯が食べれるならそれがいいと本人からの希望だ。
食堂で出してもらったお肉をこっそりティアに渡しながら皆で談笑をする。明日、例の鉱山街へ向かおうという話になり、順番に風呂に入った後、早めにベッドに潜る。
ウルティの街から鉱山街までは、馬車で半日かかる。歩きでは1日半から2日ほど歩かなければならない。私たちはダンジョンの中で走り回っていたから体力は問題ない。私のスキルを使えばもっと早めに着く事も可能だ。だが、せっかくなのだからのんびり歩いてみるのもいいだろうとなり、体力を温存する為に早めに眠りにつく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まだ日が昇りきらないうちに目が覚める。前の世界にいた癖が未だに抜けきらない。
ベッドから降りて、音を立てずに顔を洗う。パジャマ代わりの服を脱ぎ、新しいシャツに腕を通す。傷だらけの腕に布が引っかかる事なくスルリと入っていく。なかなかにいい肌触りだ。器具に布を挟まないようにズボンを履き、ベルトを締めタイを軽く締める。グローブをはめて、顔と首の上部以外の肌を完全に隠す。顔にもクロの元パーティメンバーの女魔術師からやられた火傷痕があるが、体についている痕よりも軽いものだからそのままにしてある。
「…契約してもSランクの薬草でも、傷痕は治らないか。」
後ろから声がして振り向くと、反対のベッドの中から腕を枕にしたクロが眉間に皺を寄せていた。
「起きていたのか。」
「あぁ。」
問いかけに軽い返事をしたクロは、まだ眠っているティアの頭を軽く撫でる。撫でている間も表情は険しいままだった。
「あんまり気にするな。これからだってダンジョンとかに潜っていけば怪我は負う。」
「そっちは分かってる。違うんだよ、そっちじゃねぇ。背中にあった小さな火傷痕、異常に広い火傷痕、魔物の爪でも牙でもねぇ刺し傷。いくらダンジョンに潜って新しい傷が増えたって、上書きされるだけで書き換えられるわけじゃねぇ。」
なるほど。クロが気になっていたのはアレからつけられた傷痕の方か。
「…私にも思う事はある。けど、過去はどうやったって変えられない。もうアレとも縁は切れてる。それに」
ベッドに座り直していたクロに近づき、しゃがんで目線を下に向け、両の手を取り笑顔で放つ。
「もう気にしてない。」
これがどう言う意味か、クロなら分かるだろう。
「……はぁ…分かったよ。」
理解したようだ。私は頷き、自分のベッドの上に座りバングルの中身の整理を始める。出発までに整えておきたかった。
クロも身支度を始める。…そういえば、まだ時間は日が昇り切らない時間。部屋を移動した時日当たりが微妙な部屋にしか空いていなかったからここに移動した。つまり、まだ部屋に光が差していない。真っ暗だ。なんで体の傷が見えたんだ…?
「クロ、お前って夜目が効く方だったか?」
「影遊のお陰だよ。前は鳥目だったんだけど、今はよく見える。」
「そっか。」
知らないところで自分のスキルが役に立っていたようでなんだか嬉しくなる。
身支度を済ませたクロと共に部屋を出て、食堂で朝食を食べる。昨日と同じようにパンと肉を影の中にあるティアに渡す。
「ここを出る前に一度ギルドに顔を出しておきたいんだが、いいか?」
お世話になった人にお礼を言ってから街を出たかった。鉱山街に行った後また戻ってくるかもしれないし、二度と戻ってこないかもしれない。言える時に言いたい事言うべき事を言っておきたいのだ。
「お世話になったしな。」と返してくるから、返事はOKだ。
「そういえばレイって胸小さめだよな。」
ギルドに顔を出す時に何か持って行った方がいいかと考えていたら、クロがボソッとつぶやいた。多分何も考えていなかったんだろう。
はっきり言うと私の胸はまな板だ。小さめと言うよりもはや壁だ。大きさは気にしたことがないが、大きいと動きにくいだろうなぁとは思う。
「なんだ、大きめの方が好みか?」
「いや。レイはどうなんだよ。大きい方がいいなとか思ったりするの?」
「私のは小さくていい。大きいとその分動きにくいだろうなって思うし。前に服屋で見たけど、大きい人って面積の少ない服着なきゃいけないんだろ?急所を晒すようなもの着なきゃいけないんだったら、小さくていい。」
「そういう決まりはないと思うけどな。」
そんな雑談を朝食をとりながらしていた。
隣の席に超面積の少ない鎧を着た、何がとは言わないがボインな女性がこちらを凝視していた。
評価、感想等頂けたら泣いて喜びますので、是非お願いします!(設定で「いいねを受け付けない」になってました…。受け付けるに変更したのでぜひお願いします…。)




