隠し階層のフロアボス
いくら探しても下の階層への階段しか見つからない。迷路のような現在の階層をくまなく探しても上への階段が見つからない。おそらくここはダンジョンの隠し階層だ。
隠し階層とは、ダンジョンに稀に出現する裏ボスへと続く道だ。隠し階層にいる魔物は、通常の階層にいる魔物よりも強い上に、裏ボスは通常のボスよりも何倍も強い。
自分よりも強い魔物はレベリングには最適だが、死ぬ確率がぐんと上がる。私たちが落ちる前にいた階層の魔物は、私が1人でギリギリ勝てるくらいの強さ。ここの階層はそこよりも何階も深い上に隠し階層。つまりここの魔物と出会ってしまったら勝てる見込みは0だ。確定で死ぬと言ってもいいだろう。
「ここの階層魔物いないみたいだし、先に進む階段しかない。とりあえず先に進まないか?持ってきた食べ物も底をつきそうだし、このまま餓死なんて1番嫌だ。」
クロの言う通りだ。せっかく助けてもらった命を餓死なんかで失いたくない。
私は頷いて返事をし、階段を降りた。
下の階層は青い鉱石やら青白く光る植物が群生している階層でそこそこに明るく幻想的だ。
辺りに大量に生えている植物を、鑑定で見てみたらシルフィウムという植物でレア度はSS、S、A、B、C、D、E、Fある内のSランクと高く、すりつぶして患部に塗れば回復薬以上の効果をもたらすらしい。
周りを見ても大量に生えている為、少しくらい摘んでも問題はないだろう。4、5本摘み取りバングルにしまう。
シルフィウムを摘み取り終わり、この階層の探索を開始する。強敵に鉢合わせしないよう、クロを私の影にしまい移動する。まだレベルが低いからこれくらいしかできないが、便利だ。
しばらく進んだら前方に魔物が2体いることに気づいた。1体は足よりも腕がやけに発達した幼い顔のうさぎだ。絶妙に気持ち悪い。もう1体は羽よりも足がやけに発達した鳩だ。ここのダンジョンでは羽は用済みだったのか退化したようで、すごく小さい。2体の魔物は鉢合わせしたばかりのようで、お互いの姿を見てびっくりしているようだ。
クロに様子を見ることを目で伝え、少しだけ離れる。あの2体が戦い始めたら流れ弾が来るかもしれない。それに、どっちかが残ったとしてもそこそこにダメージを負って動けないところを叩けば、経験値がもらえるかもしれない。
足鳩が羽を少し動かしたと同時に腕うさぎが殴りかかる。腕ほど発達していないにしてもはやりうさぎだからか、相当早い。足鳩は殴られながらも発達した足で腕ウサギを蹴りつける。骨が折れる鈍い音が通路に響く。
若干足鳩の方がダメージが大きかったようで一瞬怯んだ。その隙にと腕ウサギが追撃を加える。両の手を握り高く振り上げ足鳩を殴りつけた。もろに食らった足鳩の頭が水風船のように弾ける。
自分の考えが甘すぎた。何が動けないところを叩けば、だ。あり得ないほどはやく決着がついた上に、腕ウサギは足鳩の蹴りを食らってもピンピンしている。上の階層の魔物と比べてここの魔物は強さが異次元すぎる。
影に入ったままこっそりと腕ウサギから距離を取る。多分だが居場所はバレている。クロの元パーティメンバーのあの魔導士でさえ、影の中の私の居場所が分かったのだ。格上の腕ウサギにバレていないはずがない。まだやられたことは無いが、もし影から引きずり出された場合即死だろう。そうなった時のため少しでも距離を取っておきたい。
腕ウサギが腕を振り上げ高く飛んだ。ウサギだから高く飛べるのは当たり前だが、それにしてもだ。振り上げた腕を着地と同時に、私とクロが入っている影の場所に振り下ろした。
怖い。ビリビリくる殺気と呼吸が止まりそうになるくらい強い威圧感に足がすくむ。影に入っているからダメージは少ないものの、威力が高すぎるから完璧には防げなかった。全身が殴られたような痛みに襲われる。
私は貯めたSPで習得した隠密スキルを最大まで引き上げ影の中を全力で移動し逃げた。あんなのと戦ったら確実に殺される。
逃げて逃げて腕ウサギがギリギリ入れなさそうな小さな通路に入り込んだ。腕が届かない奥まで進み、影から出る。クロを影の中に入れ隠密も使い移動していたため、普段よりもMP消費が激しくMPが切れた。
「ギャルルルルル……」
腕ウサギが悔しそうに唸る。小さな隙間から腕ウサギの姿が見えなくなる。やっと脅威がさったと思い胸を撫で下ろした。
「行ったか?」
「ぽいな…もうあいつとは会いたく無いな」
深呼吸を繰り返し、クロの問いに応える。
さて、ここからどうしたものか。持ってきた食料も底をつきそうだし、ここには腕ウサギがいる限り安心して休める場所もない。まず食料確保をしたいがここにはまともな食料があるとは思えない。本には書いてなかったが、魔物は食べられるのだろうか…。
「……なぁ、なんとかしてあいつをここにおびきだせないか?」
「何か策でもあるのか?」
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大鎌を手に腕ウサギを探す。先に私が見つからないよう、少し休み回復した少ないMPをフルに使って、隠密で気配を消す。と言っても隠密は影遊で影の中を移動する時よりも消費は少ない。
クロの作戦がうまくいけば、腕ウサギは確実に殺せる。
見つけた。
腕ウサギは耳が4つ付いた熊の魔物を食べていた。辺りに血が飛び散り、骨が散乱しているから1体だけじゃなかったことがわかる。腕ウサギの体には至る所に傷がついていた。きっとこの熊たちがつけた傷だろう。熊に勝つウサギってなんなんだ。
背後から慎重に近寄り、最大の攻撃を叩き込む。
鎌闘士のレベルが上がったことで貰ったSPを使い覚えた、炎を鎌に纏わせ攻撃する『火焔の鎌』とクロとの契約で使えるようになった纏雷を同時に使い、今出せる最大威力で切りつける。
クロの固有スキルを半分もらった形で使えるようになった纒雷は、固有スキルの為通常のスキルよりもMP消費は極端に少ない。ほとんどない状態でも放てるから、とても便利だ。
私は鎌を振り下ろした瞬間に、自分に移動速度上昇の魔法をかけ来た道を全力疾走で戻る。
後ろを振り返る暇はないが、感じたことの無い殺気で腕ウサギが追ってきていることがわかる。追いつかれる前に走りながら回復したMPを使い、1番消費が少ない魔法『ウィンド』を腕ウサギに向けて放つ。
ウィンドは放ちたい方向に強風を吹かせるという簡単な魔法で特にダメージはない。しかし発動位置から近いほど風は強い。つまり、腕ウサギが近ければ近いほど、体制を崩しやすくなる。
全力で逃げ、距離が縮まり捕まりそうになったらウィンドを放ち、また逃げる。これを繰り返し先程の狭い通路に入り込む。
私がさっき与えたダメージが余程効いたのか、腕ウサギは怒りで自分の体の大きさを忘れ、体を捻じ込んでくる。身体中に熊がつけた傷、背中には私がつけた大きな傷。そこから魔物特有の魔力が混じった血が流れ、地面に大きな水溜まりを作っていく。
「今だ!クロ!!」
かつかつのMPで少しでもブレス耐性を上げた私がクロに合図を出す。私と反対側の影の中で待機していたクロが外に出て『竜化』を使う。挟み撃ちだ。
クロの口に感じたことのない熱気が集まり、一気に放出。『フレイムブレス』と同時に私は腕ウサギが流した血に纏雷を放つ。腕ウサギがフレイムブレスを全身に受けている為、私のダメージは少ない。
さっき私が与えたダメージと、MPが丸々残ってるクロのフレイムブレス、腕ウサギの魔力を含んだ血で威力が上がった纒雷。これが今私たちにできる最大威力の攻撃だ。これで死ななければ私たちに命はない。
腕ウサギが攻撃から逃れようと腕を動かしたところを、鎌で斬り裂き力を弱まらせる。逃すものか。
「ギギュアアアアアア!!」
腕ウサギが苦しそうに叫ぶが、逃す気はない。纒雷を放つのを手から足に変え、鎌を振りかぶり力一杯首に突き刺した。
「ギュ…」
腕ウサギの全身から力が抜け、倒れた。