犯罪者呼ばわりの悪魔
ここには二つの世界がある。みんなが憧れるモンスターと戦う魔世界と、現実世界の二つ。誰もがこの二つの世界を自由に行き来できる。
ただ、魔世界には誰も行こうとしない。死が当たり前の世界だからだ。現実世界にいれば、死にそうになることなど滅多にない。安全が保証されている(自殺は別である)。そんな世界にいたら、いつ死ぬか分からない。行きたがる人は少ないだろう。
よほどの死の恐怖が薄い人や、現実世界が嫌で嫌でたまらないという人じゃなければ。
そんな現実世界が嫌で嫌でたまらない私は、魔世界によくいるのだが、今死にかけている。
前方には超大型モンスター、後方には傷を負った仲間と壁。逃げようにも逃げられない。
最初に、二つの世界を自由に行き来できると言っていたではないか。現実世界に逃げればいいじゃないか。と思うだろう。だが、どこでも自由に行き来できる訳では無い。世界を移動するための扉に行く必要がある。つまり、その場所にいない今は不可能という事だ。
無抵抗のまま死ぬか、足掻いて死ぬか。1人でいたら私は迷わず無抵抗を選ぶ。めんどくさい事はしたくないし、無様に足掻いて死にたくないのだ。死ぬなら潔く。しかし今は1人ではない。怪我をした仲間がいる。出来損ないの私についてきてくれた、大切な仲間が。ここで無抵抗を選んだら、呆れられて捨てられてしまう。そんなの絶対に嫌だ。
「来いよ。最後まで無様に足掻いてやろうじゃねぇか!!」
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今日も目が覚めてしまった。カーテンの隙間から陽の光が差し込んできている。外はどんよりとした私の気持ちを嘲笑うかのような、憎たらしい晴天らしい。
身体中が痛みを感じ悲鳴をあげるが、無視をして起き上がる。とりあえず、喉が乾いたから水でも飲もうと立ち上がりキッチンに向かう。
「んだよ、もう起きてきたのか。」
最悪だ。1番会いたくない人間に、朝一で会ってしまった。
この男は、私の父親だ。日々パチンコと女遊びで私の魔世界で稼いできた金を散財し、私と目が合うと暴力を振るってくる。不幸中の幸いか、私を金を持ってくる道具としてしか見ていなかったからか、そういった事はされていない。
母もいたのだが、女遊びを辞めない父に呆れ幼い私を残して出ていった。母は人並みに優しかったのをなんとなくだが覚えている。
父は無言で私に近づき、私の腹を殴る。痛みで顔が少し歪んでしまう。顔をあげようと思い前を向いた瞬間腹にもう1発、顔に1発。私は衝撃に耐えきれず、壁に体をうちつけそのまま倒れた。
「今日の分はこんだけか。チッ、すくねぇな。そうだ、今日から新しい子が来るんだよ。あの子には俺には子供が居ないと言ってある。纏める荷物なんてねぇだろ?さっさと出ていけ。」
父は昨日私が魔世界で必死になって稼いできた金を拾い上げ、私の頭を踏みつけながら言った。
て言うか、え?私まだ17歳なのに、もうホームレスなの?
言われたことを受け入れられずに、呆然としていると部屋の扉が勝手に開いた。
「テルくーん♡驚かせたくて来ちゃった♡」
「アリサ!来るのは午後からじゃなかったのか?驚いたぞ!」
「てか、この女誰ー?まさかテルくん浮気?アリサ悲しぃー!」
キモイ女が入ってきた。話から察するに、こいつが父の次の女なんだろう。
早く家から出なければ、このキモイ女に何をされるか分かったもんじゃない。体を必死に動かそうとするがさっき腹に貰った2発目が結構重かったらしい。思うように動けない。
「浮気なんかするもんか!俺はアリサ一筋だよ!この女空き巣らしいんだ。俺が家に帰ってきた時キッチンを荒らしていやがった!」
「えー!じゃあ、犯罪者じゃん!テルくんがやっつけたの?すごーい♡てか、このゴミまじきもいんですけどー!」
女に踏みつけられる。何度も、勢いよく踏みつけられる。
実の娘を犯罪者呼ばわりとは。人をゴミ扱いとは。なんて奴らだ。
「とっとと失せろ!」
首を捕まれ近くにあった窓から、投げ捨てられた。こいつマジでか。
頭を守るように腕でガードした瞬間、地面に叩きつけられた。右腕が酷く痛む。見た感じ曲がってはいないから骨にヒビでも入ったんだろう。
未だに朝からの怒涛の出来事に理解が追いつかず、倒れたまま頭の中で整理する。
朝起きて水を飲みにキッチンに向かったら父がいて、殴られて女が来て踏みつけられて、犯罪者呼ばわりされて、窓から捨てられた。ダメだ。理解はできたが心が追いつかない。
しかし、ここでボケっと倒れていても現実は変わらない。いつものように世界を移動するために扉に向かおうと立ち上がった。
扉に向かう途中、公園で獣人の子が人間に虐められているのを見かけた。放っておくのもなんだと思い、いじめの現場へと足を向けた。
現実世界にも獣人や人魚、鬼等数多くの亜人がいる。
魔物に身内が殺されトラウマを植え付けられた者や、戦いが苦手という者、様々な理由でこちらの世界で暮らしている。
亜人が現実世界でも暮らすようになって何百年と経ったが、未だに差別が横行している。
虐めている彼らも、亜人を差別しているのだろう。
現実世界の方では、魔世界よりも科学の方が発達している。魔世界でも大きな建物はあるが、現実世界ほどでは無い。高層ビルやマンション、ショッピングモール、デパート等は現実世界にしかない。
現実世界の方でも魔法は使えるが、魔法を苦手とする人がこちらに住んでいるため、魔法を使おうとする人は少ない。魔世界の方では逆に、魔法やスキル等を扱うのが得意とする人が住んでいるため、現実世界よりも大変賑やかだ。
「うわ、悪魔だ!」
「やべぇ、食い殺される!」
「逃げろ!石にされるぞ!」
私のことに気づいた子供達が、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
悪魔。昔からそう呼ばれていたせいで、もうその言葉に抵抗は感じていなかったが、やはり顔を青くして全力で逃げられる少しと傷つく。つか、石になんか出来ないし。
私の髪と目は、魔世界人だった祖母譲りで、髪は水色がかった白髪、目は真っ赤だった。他の人とは違う異質な姿だからか、悪魔呼ばわりされていた。
祖母の種族は今は途絶えたらしいが、結構名高い種族だったらしい。小さい頃母から何度も聞かされたが、種族名は教えて貰えなかった。
私は、未だに蹲って震えている獣人の子の隣にしゃがんだ。
顔を上げてすぐ私の姿が見えるよりは、マシだろう。
「辛かったね。あの子達はもう行っちゃったから、君も家に帰りな。」
獣人の子を怖がらせないよう、なるべく優しい声を出して言った。
「うん、ありが」
「メディ、大丈夫!?」
獣人の子の親だろうか。走って駆け寄ってきた。少しまずい位置にこられてしまった。親の角度からだと私の顔が直で見える位置になってしまった。
急いで顔を隠そうとフードを深く被ろうとした。
「あ、悪魔!!」
悲鳴に近い声が住宅街に響いた。終わった。
「悪魔だと!?おい、子供は無事か?早く連れて逃げろ!」
「違うよ!おじちゃん、お姉さんは僕を助けてくれたんだよ!!」
「もう洗脳されてしまったのか!おい!早く連れて逃げろ!」
言いたい放題だ。いじめられていた獣人の子、メディくんは、誤解だと弁解してくれようとしていたが、大人共は聞く耳をもっていない。それどころか、各々武器を持ってきていた。(現実世界の方は魔物は出ないから、殺傷能力が高いものはあまりない。)
このままだと助けた子にトラウマを植え付けてしまうかもしれない。早く逃げよう。
私はフードを深く被り直し、全力で地面を蹴った。
「早くこの街から出ていけ、この悪魔!」
「お前がいると子供達が安心して遊べないだろうが!」
「さっさと消えちまえ!!」
子供をいじめから守ったら、この言われようだ。悲しくて、悔しくて、面白くて、笑いが込み上げてくる。声を上げて笑いそうになるのを抑えながら、私は魔世界に向かうため扉に向かった。