第1章7 日本人
お互いの視線がぶつかり合う。
「待っていて正解だったぜ。こんな面白そうなもんとヤりあえんだからよぉ。」
「ふーん。俺の力が分かるんだ。」
俺は素直に感心していた。『賢王』の中でも最強と思う能力によって力や魔気を隠していたが。
(ソレを突破する力はあるようだ。魔気だけで測るのは早計かもしれないな。)
少々警戒を上げる。
すると何故かケントは口を曲げ笑みを浮かべ始めた。
「いいねぇ!俺っ娘!燃えるぜ。お前に勝って俺のペットとして一生大事にしてやるよ!」
下品な笑みを浮かべこちらの体を舐めまわすように見る。
正直きもい。顔に浮かびそうになるが、それを何とか抑える。
「俺の妹をどうするつもりだ?」
声を低くして、問う。ケントはそんな俺に何かを感じとったのか、笑みを固くした。
「ふん。さぁな。俺も知らねぇよ。ただ、あの髪、あの目あの容姿からすると、──。監禁とかするんじゃねぇの?後はそう、」
途中の言葉は聞こえなかった。
「人体実験とか。」
その言葉が聞こえた瞬間、奴が話している間に作った空気の弾丸を指で弾き、撃ち込む。その弾丸はケントの視力では到底追いつけない速さでケントの顔のすぐとなりを駆け抜ける。10数メートル先の木が一気に倒れた。
「──ッ!」
ケントは何が起こったか分からず数秒間固まったままだった。その脳内では何が起こったか状況を整理していることだろう。
やがて、ようやく氷が溶けたかのように動き始めた。
「俺が話してる間に攻撃するとは卑怯な!それでも人か!」
「卑怯?何を言っている。これは戦いだ。命を懸けたな。その戦いに卑怯も何もないだろう?戦争ならまだしもこれは個人戦だ。そもそも、前から戦闘準備は完了していた。それを見逃したお前にも非があるのじゃないのか?」
そういった自分に自分で驚く。こんなにも長いセリフをすらすらと言えたことにもだが、戦いが始まるというのに冷静な自分に驚く。
(魔族というのは冷静な種族なのだろうか...。それとも――)
「こ、この俺を愚弄する気か!」
不快な声が思考を中断させた。
「愚弄?ただ事実を述べただけだろう?」
先からケントが騒ぎ立てるが、それを面倒くさそうに受け流す。
「何の魔法を使った!そんな魔法聞いたことがないぞ!」
「魔法?そんな物じゃないよ。なんて言えばいいか分かんないけど簡単に言ったら技術かな?」
「そんな訳ねーだろ!魔法使わなきゃそんなこと出来やしねーんだ!…なら考えれるものとしては能力か?それなら…。」
大人しくなったかと思ったら何やら1人で考え事を始めた。敵の前ですることじゃないだろと思いながらそいつを見逃す。今のは、『創造』と『賢王』のスキルを合わせて使った物だ。その辺の空気から作ったものなので魔気も少量しか使わないエコな能力だ。これに『硬質化』を使えばさらに強化できるのだが、魔気を使うとのことだったので今日はやめといた。
(いざ必要な時に魔気がなかったらどうしようもないからな。)
解説は終わりにして、目の前の相手を見る。どうやら考え事が終わったようだ。
さっきも言ったが敵を前に考え事とはなんとも無防備なやつだ。
「ふっ。そうか。分かったぞ!」
「何が分かったのかな?」
「お前はここの空気を操る能力を使っているんだな!」
自信満々にケントは叫ぶ。そして目を動かし満面の笑みでこちらを見てくる。
(あちゃ…。的外れなこと言ってる…。いや、あながちそうでもないか?…ここは適当に合わせとこう。)
「なっなに?!」
自分でも思う凄い名演技だ!
相手も嘘をついてるとは思ってもいないようだ。
《凄い大根芝居だと思…》
(しー!そーいうのいいから!)
「ふふふ。図星のようだな。種が分かればこちらのものよ。俺の能力との相性が悪かったな。」
そう言うと、こちらに手を向けてきた。
「喰らえ!『空間支配』!」
そうしてケントは叫んだ。しかし、何も起こらない。何だか気まずい空気だけがここの空気を支配した。
(空間支配ってそういうこと?)
などと、有り得ないことを考える。
(まぁ、冗談はいいとして、『賢王』さん。なんで何も起きないんだ?)
《相手の能力であなたの周りの空気を無くしたと推定されます。それに対して、創造で空気を作りました。あとついでに、相手の能力を模写しました。》
ご丁寧に『賢王』が回答する。
その回答を聞き、無視出来ないことがあったのを確認した。
(模写?!あの一瞬で…。えげつねぇ。『賢王』さんやることが凄すぎる。)
俺が『賢王』さんがしたことに驚いていると、ケントが肩を震わせてるのが見えた。顔が真っ青になっており何かを言おうと、数度口を閉じたり、開いたりしている。
「なっ、なぜ死なない!苦しまない!俺はお前の周りの空気を無くしたんだぞ?!無事で済むわけがないだろ!」
焦燥にかられたケントが叫ぶ。
そんなことをしたことで何も変わらないのだが、そうでもしないと恐怖に呑まれる、そういうことだろう。
(空気の知識と言い、格好と言い、姿と言い、こいつは日本人?しかしまだ、高校生ほどか…。俺と同い年くらいか?)
最早、ケントを警戒すべき相手だと思ってない。これまでの行動を見てきて分かった。俺は強い。こいつが調子乗れるほどの世界だとしたら、俺の強さは異常だ。
「悪いな。俺にはそんな小細工は通用しない。それで、聞きたいことがあるんだが、お前日本って知ってるか?」
そう言うと、ケントは目を見開き、こちらを覗いてくる。
その目には、僅かに希望の光を灯していた。
「知ってる!お前ももしかして日本人か?」
「うん、そうだね。日本人だよ。」
俺が答えると、ケントは安堵の息を吐き、額の汗を拭った。その様子を見ていた俺は、なんとも邪悪な笑みに包まれていた。
急に態度が変わったケントを見る。今の今まで威勢の良かったケントが、今では手を揉みへっぴり腰にでもなりそうな姿だ。
(ふっ。滑稽だな。まぁ、無理もないか。こいつからしたら命が助かりそうな場面だしな。希望の光を見つけたとでもいいそうな感じだ。)
俺は依然として冷たい態度でケントを見る。
「あ、そうか。…へへへ。それなら先に言ってくれよ。」
さっきまでの威勢はどうしたんだか…。あんなに俺を殺そうとした奴が今では驚くほど腰の低い話し方をしている。ものすごい手の平返しで、笑っちまうな。
「そうだったな。お前が俺になんも言わなかったからな。言うタイミングも必要もなかったからな。」
「そうだな。俺ら同じ同郷だろ?ここは見逃してくれないか?」
なんと、ここに来て俺に交渉をしてきた。この神経の図太さは褒めるくらいだな。
「ふむ。それで、俺になんのメリットがあるんだ?」
「メリット?」
キョトンとしている。どうやら、そんなことも考えないで俺に交渉をしてきたようだ。
こいつは馬鹿か。いや、馬鹿だ。メリットがないのに見逃すやつがいるか。だが、殺すのはまだ早計だな。問い詰めたら何かメリットがあるのかもしれない。
「そう。メリットだ。お前はただでさえ、俺の地雷を踏んだんだ。お前のしたことは決して許してやることは出来ない。だが、お前が何かメリットをあげてくれるなら検討しないことも無い。」
そう言うとケントは、考え込み始めた。
(まぁ、あんまり期待は出来ないんだけどな。)
「俺を助けてくれたら、お前の妹を返してやるよ!」
…!こいつは馬鹿だな。これはまるで俺に人質を取っていると言っているようなもんじゃないか。
「それはつまり、妹をどうにかされて欲しくなかったらお前を見過ごせと?」
「ふっ。その通りだぜ。お前の愛してやまない妹がどうにかされて欲し──。」
その瞬間凄まじい音が聞こえた。ケントの後ろの木が消失していた。
そしてケントが驚きを隠しながら、前を見てみると、修羅の顔をした俺の顔があった。
「お前死にたいのか?」
「ひいぃ!」
俺の圧に負け、恐怖で顔が覆われている。
なんとも情けない声だ。。
「お前は何か勘違いしている。お前の生殺与奪は俺が手にしているんだ。あんまり調子に乗らないでくれるか?」
そう言うと、ケントは首が取れるんじゃないかと思うほど首を縦に振った。
「よし。ならもう帰っていいぞ。仮にも同郷だからな。そのよしみで、今日は見逃してやるよ。ただ、今度俺のテリトリーに入ったらどうなるか分かってんだろうな?」
自分で言ってて顔が赤くなりそうな気分だが我慢する。ここは強気に出なければダメな場面だ。
「あ、あぁ!分かった、もう手を出さない。それとあんたの妹もここに連れてくるよ!」
その言葉に俺は意外と思い目を丸くする。
「随分と物分かりがいいな。じゃあすぐ取り戻してこい。」
「お、おう。まだあいつらは遠くに行ってないと思うから、30分ほどで戻れると思う。」
「分かった。俺はここで待っておく。変な気を起こすなよ?」
「あぁ、そうするよ。」
微妙にケントの口元が笑ったような気がして、疑問に思った時、俺の腹の部分にとてつもない衝撃が襲った。俺の防御力を上回ったのか、多少の痛みを感じる。
「ははははははは!バカかてめぇは!お前みたいな危険なやつ見逃せるわけないだろ!油断してるからそうなるんだよ!」
「…。」
「痛みで何も言えないか。これで終わりだ。『大地の剣』!!」
ヤマトが叫ぶと同時に俺の下から無数の尖った岩が出て来る。俺はそれに反応出来ずに、肩を貫かれ、腹を貫かれた。
貫かれた場所からは、大量の血が出てき、肉のあった場所をどかして岩がくい込むことで、肉は俺の体からはみ出していた。
俺の意識は闇の中にあった。
何故、こんなことに。何故俺がこんなことにならなければならないのか。
─どうして人間とはこんなに愚かで醜いのか─
《最初の一撃を解析。能力『空間支配』による、規模の小さい水素爆弾を引き起こされたと思われます。次は──。》
(賢王。ちょっと静かにしててくれ。)
《…了解しました。》
激しい怒りが俺を襲う。
俺の意識は深い闇の中へ落ちる。
激しい負の感情に俺の理性が持っていかれそうになる。まるでもう一人の自分が俺の中にいるようだ。
(人間とは醜く下賎な生き物。別に元人間だろうが殺しても構わないだろう?)
まるで悪魔の様な囁きだ。このまま憎悪に身を任せてもいいかもしれない。
(そうだ。そうするんだ。後は俺が何とかするからよ。)
頭の中ではダメだと分かっていても、この衝動には勝てない。そのまま身を任せようとした。
《本当にそれでいいのですか?》
「──ッ!」
気が付くとそこは真っ暗な場所であった。
ガタンッ!
自分の座っているところが、揺れているのが分かる。どうやらここは馬車らしい。俺の手を見てみると、またもや鎖があった。
(またか…。)
更に、ほかの所へ目を配らせると。
「えぇん!えぇん!」
元気よく泣いている赤ちゃん、俺の妹がいた。
「ふっ。元気に泣けるじゃないか。」
妹が元気なことを確認し、俺はここから出る算段を付ける。『賢王』の能力を使おうとしたが、反応がなかった。『賢王』さんどういう事だ?応答がない。考えられるのは鎖に能力を封印する何かがあるのか。
(情報が足りない...。鎖がそうだと断定するのは危ないかもな。)
能力を恐れて封印したのだろう。
それも正解なんだが…。
「俺にトドメを刺さなかったのは不用心だったな。」