第1章6 実験
「よし、それじゃあ高速移動を使ってみよう。」
俺は、自分の体を動かしたり、スキルを試しに使ってみたりしていた。そこで驚くことに気がついた。このコート。動きにくそうに見えて実は、とんでもなく動きやすかった。まず、軽いし、それに物理、魔法の攻撃を軽減してくれるらしい。これは強い。
と、考え事はここまでにして、さっそく使ってみよう。
「『高速移動』」
足を踏み出し、走ろうとした時、とんでもないスピードが出た。
「ふぇっ?」
変な声が出たと同時に、俺の目の前には、木が映っていた。どんっと鈍い音が辺りに響く。
「いった……くない?そうか、ステータスが上がったからこんなことじゃ、痛くもかゆくもないか。」
しかし、実験には失敗してしまった。
(うーん。上手く活用する方法はないだろうか。あっ!『思考速度上昇』を使えばいいのか。100倍は、遅すぎて精神がいっちまいそうだから、10倍くらいでいいか。)
そして、10倍に体感時間を引き伸ばし、『高速移動』を使う。すると、さっきまでは、何が何だか分からなかったが、今では周りの景色がよく見える。10倍にして、普通に走ってるくらいのスピードだ。『高速移動』がどれだけ速いかが分かる。
「これは周りから見るとどんなふうに見えているのかな。」
これで、スキルや、体の使い方は大丈夫だ。
「寝床はいいのか」と思うやつもいるだろうが、スキル『創造』でどこにでも、バリアを張れるというチートがある。これは魔気量を大量に消費するから、強度を強くすることは無理だ。
ただ、狼王くらいの攻撃なら防げるだろう。
もう、暗くなってきた。妹を待たせる訳には行かない。戻って休憩するとしよう。
そして、妹が待つ所へ帰ろうと思った時。
「なっ…」
俺のバリアが壊れたと『賢王』から連絡が入った。
――――数分前――――
4人の若者がティストス森林に向かっていた。
「ちっ。なんで副将である俺が、ティストス森林なんかに行かなきゃ行けねーんだ。雑用の仕事だろう?」
「まぁまぁ。今回は、ものすごい魔気量が検知されたらしいからね。将軍達にも匹敵するらしい。そう考えたら僕たちの実力を認められてるってことじゃないかな?」
と、若者達は話す。
「そうそう。短期になりすぎなんだよ賢人は。前の世界でもそうだったしぃ〜。」
と、その内の1人である女は言う。
「でもよぉ俺は、賢人に賛成だぜ。強いかもしれないけど、俺達には楽勝だと思うんだよな。」
「大和もそう思うよな?あの将軍達、地位が上だからって雑用擦り付けやがって。ムカつく。絶対俺らの方が強いのによ。」
「まぁ、それについては、私も賛成〜。私達のスキルなら勝てると思うしー。」
4人は愚痴を言いながら、話し続ける。
「僕も、僕達の中で─。」
「あぁん?」
何かを言いかけていたのを遮る。
「ごめんごめん。僕達じゃなくて、ラリア王国の中で、だったね。」
そう言うと、賢人は頷く。
「個として最強の賢人、力を合わせて最強の僕達。この2つが協力することで将軍をも凌駕する力になると思う。」
「そうだぜ。」
「そうだな。」
「そうだよ。」
今回の任務も一瞬で片付けよう。そう一致団結して、歩みを進めていた時。
「結界?バリア?」
1人が、歩みを止め、独り言を呟く。
「どうしたんだよ勇人?」
「いや、ここに結界みたいなものがあって。」
「私達には見えないわよ?」
勇人の能力で見えたものだ。
「ふぅん。結界ね。これがすごい魔気量を検知したやつのものか?」
賢人は邪悪な笑みを浮かべる。
「また、賢人の悪い癖が出てきたわね。」
3人は呆れて苦笑いする。
「これは楽しめそうだなぁ。」
暗く、邪悪な声で呟くのだった。
◇◇◇◇◇◇
(すごく嫌な予感がする…)
俺は、『高速移動』を使いながら妹の待つ家まで戻る。俺のバリアが壊された。だが、妹は特殊な結界を施し、並の相手じゃ存在を感知できない。が…。
(なんだ、この嫌な感じは…。)
何事もないことを願いながら、俺は戻る──。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい。誰だてめぇは。」
妹の待つ場所に帰ったが、そこには妹はいなかった。代わりにいたのは、謎の少年だった。
「すごい魔気を感じたからと聞いたから、どんな化け物が現れるかと思ったが、とんでもねぇ美人な姉ちゃんじゃねぇか。ひひひ。」
俺の問いには答えず、下品な目線を向け、舐めまわすように体を見られる。
(前世の女性達は視線に敏感って言ってたが、ありゃホントだったのか。これは確かに過剰反応になるのも分かるかもしれねーな。)
と、どうでもいいことを考える。もう既に警戒は数段階落としている。俺の結界を壊したというのでどんな相手か警戒していたが…。
(んー。見た感じ強くなさそうだ。魔気を感じたと言っていたな。俺も魔気を視れるように出来ないのか?)
そう期待して『賢王』に問いかける。どんな返答が帰ってくるのか。
《魔気を感じることは出来ます。目を閉じ、大気に流れる風のようなものを感じ取ってみてください。》
そう言ってくる。勝手に取ってくれないのかよ!まぁ、たまには自分で取得するのもいいかもしれない。そう思い、『思考速度上昇』を100%にして使う。目を閉じる。真っ暗だ、これで何を感じろというのだ。
《雑念ははらって、集中してください。》
怒られちゃった。
気を取り直し、集中する。すると、何か風が吹き通るような、感触がある。
(これが魔気の流れか?お、おぉ。だんだん視えてきた。)
世界が色を取り、周り一体の感知を出来るようになった。
《希少能力『魔気感知』を取得しました。》
と、無機質な声が聞こえてきた。おぉ!これで俺も確認できる!そして、相手に目を向けると、魔気を感じとれた。
(んーと、なんだ。これってどのくらい?強いの?よく分からないが、すごい魔気は感じない。)
《魔気を抑えることが出来るような相手もいますが、相手からはそのようなことは、なさそうな様子。狼王の魔気はこのくらいでした。》
そう『賢王』が言うと、目の前の相手の魔気が格段に増えた事が分かった。
(そういうことならこいつは確かに弱そうだな。これでこの能力の使い方も分かったしチュートリアルは終わりかな。)
『思考速度上昇』を解除し、相手と向き合う。
(俺がこんなにも無防備のままだったのに攻撃をしてこなかったしな。)
「さて、考え事は終わりにして、もう一度問う。てめぇは誰だ?俺の妹は?」
「はぁ。俺はラリア王国の“銀”の副将を担当しているヤマツ・ケントだ。てめぇの妹ってのは白髪、左右の目の色が黒と白のやつか?あいつなら俺の仲間が国へ連れ帰ったぜ?」
と、ケントはだるそうにしながらも、律儀に答えた。
(ラリア王国?なぜ国が俺を…って俺の魔気量を感知したって言ってたな。俺達は人気者っぽいな。この後どっかの街で情報を探した方が良さそうだな。それに日本人みたいな名前だな。それに姿もよくよく見ると日本人そっくりだ。)
「なぜ俺達を狙った。妹に何する気だ?」
「いやなぁ、さっきも言ったが、この辺から凄い魔気量が検知されたからって来て見りゃ、バリアが張ってあるし、その中には赤ん坊しかいなかったからな。あいつを渡して、ここで暇をもてあまそうと思ってたんだけどよぉ。」
(そもそもなんでバレた?……まさかあれか?)
《一瞬抑えきれなかったものを検知されたとみて間違いありません。》
少々、申し訳なさそうにしている。
(気にしなくていいぞ。それより、こいつをどーするかだ。)
そう言い、目の前の奴を睨む。
この日の出来事は、後にラリア王国、人類をも巻き込む戦の幕開けとなる。