不ハイ伝説
「突然ですが、3年ほど前の話をしていいですか?」
「そりゃまた突然ですね、でも、だめと言っても始めるんでしょ?」
「あれは3年ほど前だった」
「それは聞きましたよ」
「3年前だから堂々とハイタッチできた」
「何の話?」
「プロ野球の日本シリーズを見に行ったんですよ。西の方まで」
「ほう」
「ボクのひいきチームが敵地で3試合を戦ったんです。チケット争奪戦のなか、うまいこと入手できて、3試合とも見れたんです」
「ほう」
「それで、最初の試合で5回が終わりまして」
「グラウンド整備とかあって試合が中断するわけですね」
「そうそう、その中断のときに、ひいきチームのマスコットキャラが相手チームのチアリーダーの人と一緒に踊ってくれたんですよ」
「時間つなぎをしてくれたんですね。相手チームのチアと一緒に踊ったんですか。いいですねえ、和気あいあいで」
「ボクがいた方の応援席も、ちょっと盛り上がったりしたんです。エール交換みたいなものと思って。ところが最後は『もう一頂』というセリフで。マスコットの人がチアの人とハイタッチしたりして」
「『もう一頂』って何ですか?」
「相手チームは前年も日本一になっていたので、ボクは『もう一頂』は『もう一度頂点』ってことと受け止めました」
「それはイコール『あなたのひいきチームが負ける』ということでは?」
「そうですよね」
「それだと、どちらかというとハイタッチはしない方がいいんじゃ? 負けを認めているみたい」
「試合は再開されて」
「ほう」
「ひいきチームは実際負けましたけど」
「負けたんかい」
「そうなんです」
「そういえば相手チームって、日本シリーズでなかなか負けないので有名では?」
「日本シリーズではそのときまで本拠地10連勝とかで、不敗伝説と言われていました」
「で、次の試合はどうでした?」
「次の試合の5回終了中断時は、こっちの応援席は静かだったんですよ。前日のことを見知っていたせいと思われます。でも中に前日の試合を球場で見ていない人がいたみたいで、そのうちの一人がチアとマスコットの踊りを見ながらノリノリになっちゃって」
「ノリノリになったところで、最後に『もう一頂』となったわけですね?」
「終わった後、その人『しゅん』となってました」
「試合の方は?」
「負けました」
「あらあら、そうなんですか。それじゃあ3試合目はどうでした?」
「5回終了後のチアの踊りになって、前2日と同じになるのかなあと考えていて、途中でボクが思わずボソッと『これ、最後はもう一頂だからなあ』ってネタバラししてしまいました」
「そんなことして、相手チームのチアの人にイヤな客と思われませんでした?」
「そうかも。そうしたらですね、最後の『もう一頂』のところで、ひいきチームのマスコットの人が相手チアとのハイタッチを拒否したように見えたんです」
「ええ~? 単なる空振りとか失念とかでは?」
「前2試合はきちんとハイタッチしていたものの、3連戦はこの日が最後。もう明日からハイタッチをやらなくていいというタイミングでの、ハイタッチ拒否のように見えたんです」
「そうなのかな」
「ボクは信じています。マスコットの人は、プロとして決められた通りにチアと踊ることはしても、相手チームの軍門に下って魂まで売り渡してはいなかったのだと」
「考えすぎじゃないですか?」
「その試合も負けましたけど」
「あら」
「不敗伝説ってよく言いますけど、敵地の3連戦を通じてボクが思ったことは、このときの『不はい伝説』は二つあったのではないかということです。一つは、相手チームが本拠地で負けない『不敗伝説』。そしてもう一つは、ハイタッチを拒む気高いマスコットキャラの人の『不ハイタッチ伝説、略して不ハイ伝説』」
「そうですか。二つ目の『不ハイ伝説』は、ちょっと強引な気もしますけど」
「ひいきチームは、その後本拠地に戻った試合に敗れて、日本シリーズを落としました」
「残念でしたね」
「ひいきチームの現状を見るにつけ、再び日本シリーズの舞台に進むには、時間が必要かもしれません。それまでボクは、ハイタッチ拒否に見えたあの光景を心の支えにしていこうと思います」
「大げさだな」
この作品は2020年12月に完成したとき、筆者にとって初の「1000字以内」作でした。その特性を生かし、あらすじと内容が完全に同一としてありました。「なろう」史上初(?)の試みと銘打ちまして。
しかし、それには少々無理もあったようで、累計PVは低迷しました。そこで発表から10か月余りたった2021年10月末、大幅改修に踏み切りました。
字数1000にこだわらずにわかりやすくする、「♂」「♀」でキャラクター表記をしていたのをやめる、などを念頭に進めた改修の結果、内容も1700字程度にボリュームアップしました。
ここに改めて公開いたします。