俺と幼馴染と本物と
楓は落ち着きを取り戻す。
泣きじゃくっていた頃に比べれば目の赤みも取れ、震えも収まっている。
だがそれはあくまでも表面上の話であり心の傷までは分からない。
「落ち着いたか」
「うん……その。ごめん」
楓は遠慮気味に俺の体からすっと離れる。
自ら離れるという判断をしたのであれば拒否はしない。そっと力を緩め解放した。
「少し思い出してた」
「ん?」
楓は可愛らしい小動物のようにちょこんと首を傾げる。
「昔の楓をね。ボクっ娘だったころの楓をね」
「んー。あれは黒歴史だからなー。楓は昔の楓好きじゃないんだよね」
「そうなのか」
「うん。お母さんに『女の子らしく』って言われた時はなんの事だって思ったけれど成長するにつれてどういう意味だったのか理解出来たの」
さっきまで泣き崩れていた人とは思えない笑顔と少し垣間見える恥じらいが絶妙にマッチして可愛さを増強させる。
「どういう意味だったんだ?」
「えー。それ裕貴に言うわけないでしょ」
おでこにバチンと思いっきりデコピンをされる。でも痛くはない。
勢いだけはあるが優しさのこもったデコピンだ。
「……あのさ」
楓は頬を赤らめ上目遣いでボソッと呟く。
まるで告白のシチュエーション。そう思えてしまうぐらい甘酸っぱい空気が周りには漂う。
「おう」
ただそう返事をするだけだったのに物凄い緊張をしてしまう。
心臓は張り裂けてしまいそうなぐらいバクバク音を鳴らし、手には病気じゃないかと心配されるぐらいの手汗が溜まっている。
「裕貴……」
喉に溜まった唾を飲み込む。
「楓って今の性格から変わった方が良いのかな……」
告白でもなんでもない。
ただの相談だった。だが、楓は茹で上がったタコのように頬を真っ赤に染めている。
楓が俺の事を好きなんじゃないかと勘違いしそうになったが良く考えたらそんなこと有り得なかった。危ないね。
今の楓がこのような疑問を抱くのは自然な流れだとも思う。
自分の作り上げた性格とはいえあれだけ罵倒されれば本当にこれが正解なのかと疑いたくなるのも無理はない。
少なくとも俺が楓の立場であれば確実に疑いそして自分に問い、誰にも相談せず勝手に答えを出してキャラを変えていたと思う。
「俺は昔の楓も好きだし今の楓も好きだよ。結局楓は楓だからね」
「……好き?」
楓は目を見開き目のやり場に困ったのか目を泳がせそーっと俯く。
俺も少し間を置いてとんでもないことを口にしたことに気付く。
「それは……そのー。言葉の綾で好きってのは幼馴染としてで、別に異性としてじゃなくて……」
「そっか……えへへ。分かってたけれどね」
楓は俯いたまま頬を人差し指でぽりぽりかきながら少し笑いつつ答える。
「……とりあえず、楓は楓のままで居るよ!」
顔を上げた楓は何か吹っ切れたようにそう高らかに宣言する。
「そうか」
「うん。皆に嫌われることは出来るけど皆に好かれるのは出来ないからね。楓のことを好きって言ってくれる人がいるうちはこのままでも良いかなって。好きって言ってくれる人がいるなら」
大切なことなのでと言わんばかりに『好き』という言葉を強調しニヤつきながらこちらを見つめる。
やかましいと思いつつそんな冗談を言える余裕があるのなら大丈夫だろうとホッとした自分もどこかにいた。




