俺と蓄積疲労と
特筆することの無い普通の劇……
嘘です。見てません。寝てました。
「裕貴疲れてる? コクコクしてたけど」
「そりゃ普段仕事しない人間がここまで頑張ったら疲れもするだろ」
「保健室行く?」
「マジでヤバくなったら教室で寝るから大丈夫。そんな俺の身体ヤワじゃない」
「……そっか」
「それに今日ももう終わりだしな。一晩寝ればだいぶ良くなるだろ」
実際どうなるかなんてこれっぽっちも分からないが悲観はしない。
やばいと思ったらやばくなるし、イけると思えば余裕で何でもこなせる。
暗示をかければどうにかなっちゃう簡単な身体なのだ。
バカは風邪ひかないとかいうけれどそれに近い感じだろう。
次の日も当たり前のように朝早く来て広報としての仕事を1人で担う。
目がシュバシュバするがこれは昨日ブルーライトを浴びまくっていた影響で疲労とは関係ない。
「ふぁーーー。眠い……」
大きな欠伸を手で隠しながら絵になりそうな風景を探しに歩く。
感性に響いた場面を写真に収め、歩いてはまた写真を撮る。
文化祭2日目が始まる段階で1度教室に戻り出欠席だけ取って自由になったらまた歩く。
そんな風に淡々と仕事をこなし、時間が過ぎるのを淡々と待った。
「いやぁ……流石に疲れたな」
瞼が重くなり目を覚ますために独り言を呟く。
それでも眠いものは眠いし、疲れたものは疲れた。
暗示をかけても気持ちはこれっぽっちも変化しない。
むしろ心の中では疲れたという気持ちが大きくなりすぎていて暗示が心に響かない。
「あっ……これヤバいかも」
カメラを抱えて瞼を閉じてからは何も覚えていなかった。
「あったか……天井……」
体を起こすと周りはカーテンがある。
保健室か病院だろうと簡単に推測できた。
そして後者であると色々めんどくさいので前者であって欲しいという希望も含めて保健室だと決め打つ。
ベッドから降りると床に上履きが置いてあるのでここは保健室でほぼ確定だろう。
カーテンを開けるとそこには美咲がキャラじゃない厚い本を読んでソファーに座っていた。
「倒れたって聞いたから来ちゃった」
美咲は本を閉じ、見つめる。
「倒れるように外で寝ただけだろ」
「心配した」
「すまん」
「ゆーくんが居ないと百合の花コンテスト進まないから」
「は? 俺関係ないだろ」
「え? あ……うーん。ほら。一緒に踊るんでしょ?」
美咲は目を泳がしに泳がしながら思いついたように楓と踊ることを出してくる。
「あぁそうだな。俺が絶対必要ってわけでもないだろうけど」
「居ないと悲しむってのは分かってるんでしょ?」
悲しそうな笑顔を美咲は見せる。
意味の無い嘘をつき続けるのは良くないと思い黙って頷く。
「そっか……まぁ。そうだよね……っと。時計見てみ?」
「ん? あ。もう始まってね?」
「始まってるよ。さぁ。ぐっすり寝たんだからいっておいで」
美咲に促され俺は手で寝癖を治しながら走って体育館へ向かった。
体育館にはかなりの人が集まっていた。
「すっごいなぁ。こんな人集まるのか……」
夏海が舞台上でなにかしているが絶妙に見えない。
ただ周りの男たちがフンフン興奮しているので男ウケ良い何かをしているのだろう。
そんな中俺は舞台裏へ向かう。
理由はただ1つ。楓と踊るためである。
「裕貴!」
楓は俺を見つけるなり満面の笑みで駆け寄ってくる。
普段では絶対に着ることの無いような派手なドレスに派手な化粧。
気合いが入っているのが目に見える。
夏海の番が終わり、楓が舞台に出て押し出されるように俺も舞台に向かう。
「はぁーー!? 裕貴お前ずりぃーーぞぉぉぉ!」
俺が出てきて静まった空気の中悟が割って叫ぶ。
ありがたいなと思う反面あれは空気を読んだとかじゃなく本気で思って出てきた言葉なのが分かってしまう。
腐っても親友だ。これぐらい分かってしまうものである。
音楽が流れ練習通りに踊る。
ぶっつけ本番では無いので俺にも楓にも踊りと周りの空気を楽しむ余裕がある。
「こうやって前で踊ったりするのも楽しいかも」
「お? じゃあアイドルでもやっちゃうか?」
「はぁ? アイドルなんて無理に決まってるじゃん」
「そうかな。楓可愛いし売れるだろ」
「可愛い……えへへ。可愛い……」
楓は頬を赤らめる。
しばらく目を逸らしたのち覚悟を決めたように俺の目を見つめる。
「あの……裕貴って今彼女居ないじゃん?」
俺は何も言わない。
それでも楓は暴走機関車のように突っ走る。
「だから私が彼女になってあげようかな……って」
繋いでいる手が震えている。
瞳もうるっとしている。
「こんなに可愛い幼馴染と付き合えるんだから裕貴は私と付き合うでしょ?」
強ばった顔でいつものような冗談を口にする。
ただ表情のせいで全く頭に入ってこない。
自信に満ち溢れる言葉と表情が対極だ。
中学生の頃なら、美咲に振られたばかりだったらきっと俺はここで即答してハッピーエンドを迎えていただろう。
しかし、この時に彼女のことが頭に浮かんでしまったのだ。
そう。俺は……俺には好きな人が出来てしまったらしい。
「ごめん……俺に彼女は居ないけど好きな人は居るんだ」
「……」
楓はこくりと頷き舞台端を見つめる。
そこには俺の思い浮かんだ彼女がニコニコしながらこちらを見つめており、それと同時に楓は声を殺して大粒の涙を流し始めた。
「好きなんでしょ。知ってたよ。知ってたけどワンチャンあるんじゃって思った……。あれ。なんでだろう。なんか涙止まらない……泣かないって決めてたのに……」
楓は音楽が止まり動きを止めても俯いて舞台下にいる生徒たちには見えないよう顔を隠しながら泣いていた。
舞台裏に下がり死角に入ったところで楓は座り込む。
「何したの? 泣かせたの? うわぁ最低」
心の籠らない「最低」を俺に押付けた美咲は出番のようで舞台に上がる。
「ばか」
楓は小さく俺を罵倒する。
普段だったら聞き取れない声なのかもしれないが今だけはどうやら都合の良い耳になっているらしい。
「悪かったなばかで」
「なんで私好きになっちゃったんだろ……なんで裕貴は私のことを好きにさせたの? ずっと裕貴は私の事なんか見てなかったのに……なんでだろう。ほんと」
乾いた笑いともに涙の量は多くなっていく。
色んな思いが入り交じっているのだろう。
「私なんか最初から勝ち目無かったのにね」
「それは違うぞ……数ヶ月前に告白されてたら付き合ってただろうからな」
「ほんと?」
「ここで嘘ついてどうすんだよ」
「そっか……照れ隠しなんてしないで素直にぶつけてれば違う未来もあったのかな」
楓はどこか遠くを見るように俺の胸あたりに視線をぶつける。
「それではっ! ラストっ! シークレット出演者っ!!!」
一方舞台でマイクを握っていた美咲は場を盛り上げに盛り上げシークレット出演者と題し謎のイベントを始めた。
何がどうなってるんだと戸惑っていると「行くよっ!」と彼女に手を引かれ俺はもう一度舞台に立った。
何も理解できないまま……
次でラストです。