俺と開演と
「私そろそろ行くから……来るなよ」
お化け屋敷を出てすぐ夏海は俺の事を思いっきり睨むとササッとその場を離れる。
スマホを確認するともう1日目終わりに差し掛かっていた。
適当にぶらぶら練り歩く。
そんなプランの欠けらも無いようなぶらり旅だったが案外充実していた。
「ゆーっき!」
背中にドッカンと何かがぶつかり目を覆われる。
「なんだよ楓。恥ずかしいからやめてくれ」
「こんなかわいい女の子に目覆われるなんて裕貴には一生ないんだよ?」
「こんなに恥ずかしい思いをするのも一生ないけどな」
「むーっ。つまらないなぁ」
「それあざとい」
むーっと膨らませた楓の頬を人差し指で突っつく。
「ほぇ?」
楓は間抜けな声を出しこちらをジッと見つめてくる。
「んで。なに? なんか用があったんだろ?」
さっきの服のまま楓はこちらへやってきていた。
「行かない?」
「ん?」
「だから、夏海のところ。劇見に行っちゃお!」
「来るなって釘刺されたからなぁ。殺されたくはない」
あの殺気は実際笑えない。
本当にグツグツ煮て、ジューっと焼かれて、刻みに刻まれる可能性もあるぐらいの殺気であった。
恐ろしい……
「でも、夏海主演らしいよ」
「マジ? うん。行こう」
殺される価値があるな。
そう判断した俺はもう考えることを完全に放棄して劇をやる体育館へと向かった。
暗い体育館。
写真を撮ろうとしたが暗くて目立ってしまうので諦める。
外の勧誘看板で写真撮っておいたので無理して撮る必要もない。
「思ったより人居るね」
楓は俺の裾をギュッと掴み引き寄せながら耳元で囁く。
誰も見てないようなところであざとさ引き出す必要ないだろと思いつつもコクリと軽く頷く。
何か声を発したかったのだが声が出てこない。
きっとこの状況に緊張してしまっているのだろう。
最近明らかに女性への抵抗が無くなってきている。
彼女らが魅力的になってきているのか単純に美咲という彼女が居なくなったことで異性を異性として無意識のうちに意識してしまうようになったのかもしれない。
「裕貴?」
どうしたと言いたげな様子で楓は声をかける。
「あぁ……いや。なんでもない」
調子を崩されながらも適当な返事をする。
頬が火照り、頭もまるで何者かに潰されているかのような痛みがある。
女性耐性が無くなった弊害かもしれない。
眉間を抓るようにつまみ痛みを誤魔化す。
体育館が暗くなり、大きな機械音と共に幕がゆっくりと上がる。
そして体育館の2階席からパッとライトが舞台へ照らされる。
開演だ。