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009 手加減

 ギルド内に、ブランダルの笑い声が響き渡る。

 騒がしかったギルド内が静まり、皆が俺たちに注目しだした。

 嫌な空気だ。


「面白れぇこと言うじゃねぇか、女ァ。許さないだぁ?」


 ブランダルの顔から笑みが消え、鋭い眼光がエルドラを射抜く。

 

「ってことはアレか? もしかしてオレ様に勝つつもりなのか?」


「そうだけど」


「はっ、そこまで行くと笑えねぇな。冒険者として無謀なことに挑むっていう点においては合格なのかもしれねぇけどよ」


 エルドラは目をそらさない。

 それがまたブランダルの怒りを買ったようで、彼の眉間に皺が寄っていく。

 今にも襲い掛かってきそうだ。


「ブランダルさん! ギルド内で揉め事を起こされては困ります……!」


 そんな彼を、受付嬢が止める。

 おそらくはこれが最終忠告。

 これ以上ここで暴れるようなら、ギルド側から何かしら制限を与えるつもりなのだろう。


「チッ、うるせぇな……分かってるよ。んで、今訓練場は空いてんのか? この女はオレとヤることを所望しているらしんだけどよ」


「ほ、本当にいいんですか⁉」


 受付嬢の確認は、ブランダル相手ではなくエルドラに向けられたものだった。

 新人対ベテラン――――受付嬢として新人を心配せずにいられないのだろう。

 しかし、俺目線ではそれは杞憂だ。

 

「大丈夫。今すぐにでも戦いたい」


「……っ、分かりました。今は第二訓練場が空いてるので、お使いになられてください。ただ、危険と判断したらすぐにでも止めさせていただきますので」


 受付嬢が指した先には、第二訓練場と書かれた看板があった。

 訓練場はパーティを募集した際に希望者の実力を確認したり、それこそ冒険者同士の喧嘩などに使われる。

 ブランダルは近くに立てかけてあった大きな斧を肩に担ぐと、第二訓練場の方へと足を進めた。


「来いよ、可愛がってやるから」


「それはこっちのセリフ」


 ブランダルへそう返したエルドラは、振り返って俺と目を合わせた。


「ディオン、待ってて。すぐに片づけてくるから」


「あ、ああ……けど――」


「大丈夫。全力は出さない」


 一つ頷き、エルドラはブランダルについて第二訓練場へと向かう。

 

「——色々と心配すぎる」

 

 こうしてはいられない。

 エルドラの動向を見守るため、俺も第二訓練場へと足を踏み入れた。


 訓練場は外にあり、周囲を塀で囲む形で隔離されている。

 周囲の壁には訓練用の武器などが立てかけられており、普段はそれを使って実戦形式の訓練を行う。


「おい、ブランダルさんが新人を見るらしいぜ。しかも相手は見たことねぇ美人の女らしい」


「マジかよ⁉ まーたあの人の毒牙にかかるやつが出たか」


 いつの間にか、訓練場の中にはちらほら人影が見れるようになった。

 あのブランダルという男はかなりの有名人らしい。

 噂として聞こえてくる範囲だが、すでに何人もの新人を食いつぶしているようだ。

 男は徹底的に潰し、女は逆らえないようにする。

 中には徹底的に落とされて、奴隷に売られた女もいるらしい。


「あの、エルドラ様は本当に大丈夫なのでしょうか?」


「あなたは……」


「受付のシドリーと申します。先ほどは止められず申し訳ありませんでした」


 休憩をもらったのだろうか、シドリーは俺の隣まで来ると、頭を下げた。

 

「ああ、彼女が望んだことなので、あなたが気に病むことじゃないと思います」


「ですが冒険者の方々を管理する立場としては、危険な行為をみすみすさせるわけには……」


「危険……そうですね、確かに」


 傍から見れば、ブランダルからエルドラに向けた圧倒的な弱い者いじめだ。

 俺からすればまるっきり反対なのだが――。


「大丈夫ですよ。すぐに分かりますから」


「は、はぁ……」

 

 シドリーさんは困惑顔を浮かべているが、今はそれも仕方のないことだろう。

 俺は改めて中央に立つ二人へと視線を戻した。


「おうおう! ギャラリーもだいぶ集まってきたなぁ。みんなテメェの公開処刑を見てぇってよ」


「……」


「んだぁ? 黙り込んでよォ。今さらになって後悔してるとか言うんじゃねぇだろうな?」


 ブランダルは挑発するように斧を突き付ける。

 対するエルドラは一つとしてその場から動かない。

 

「今ならまだ許してやる。オレに舐めた態度を取ったことを誠心誠意謝って、オレの女になるって言うならな」


「言いたいこと、それだけ?」


「……その態度が舐めってるっつーんだよ。いいか⁉ 俺はAランク冒険者! この街でAランクっつったら五パーセントにも満たねぇ存在なんだよ! 本来ならテメェのような新人が口を利いていい相手じゃねぇんだ!」


 ……性根の性根から腐っている。

 体の底から、ブランダルという男に対しての嫌悪感が湧いてきた。

 姿かたち、言動も性格もまるで違うのに、他人を道具としか見ていないような部分がセグリットと重なる。


「力があるってのは素晴らしいぜ! この街じゃ誰もオレに逆らわねぇ。だからテメェも素直になれ。あんな糞弱ぇBランクの雑魚にくっついてねぇで、早いところオレに――」


「っ!」


 エルドラの右足がブレる(・・・)

 同時に、自分に向けられたわけではないのに背筋に寒気が走るほどの殺気を感じた。


「エルドラ!」


「——っ」


 思わず、俺は叫んでいた。

 刹那、訓練場内に突風が吹き荒れる。

 それはエルドラの蹴りの風圧だった。

 彼女の足はブランダルの頭に触れる寸前でぴたりと静止している。

 誰もが呆然と、その光景を見ていた。


「——ごめん、殺しちゃうところだった」


 平然と言ってのけるエルドラは、足を下す。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 あのまま蹴りが当たっていれば、頭を吹き飛ばしていただろう。

 竜である彼女には法律など関係ないことだろうけど、ここでブランダルを殺してしまえば少なくとも冒険者にはなれない。

 

「仕切り直す?」


「っ! うるせぇ!」


「わっ」


 ブランダルが強引に斧を振るが、エルドラは上半身をそらしてそれをかわす。

 その隙にブランダルは距離を取り、斧を構えなおした。


「はぁ……はぁ……何だってんだよ、今のは……」


「今不意打ちしちゃったし、次はそっちからでいいよ」


「な、何だと……?」


 エルドラは両腕を広げ、一歩彼に近づいた。

 それだけで、ブランダルは一歩後退する。

 ブランダルの表情には見覚えがあった。

 あれは、恐怖心を抱いてしまった人の顔だ。


「じょ、上等だ! 後悔するんじゃねぇぞ!」


 斧を振りかぶり、ブランダルは跳びかかる。

 力任せに見えて、技術を伴った動きだ。

 ブランダルは空中で身をそらし、勢いをつけてエルドラへと振り下ろす。

 彼女はその場から動こうとはしない。


「アックスインパクトッ!」

 

 ブランダルの一撃で、砂埃が上がる。

 エルドラの姿はその中に消えて見えなくなってしまった。


「エルドラさん⁉」


「大丈夫ですよ、ちゃんと避けてます」


「え⁉」


 心配するシドリーさんをよそに、エルドラは砂埃の中から平然と現れる。

 彼女は体を半身だけずらし、斧をかわしていた。

 ブランダルは地面にめり込んだ自分の斧を見て、息を呑む。


「まさか……避けやがったのか……?」


「そう」


「ふ――――ふざけんじゃねぇ!」


 ブランダルが横なぎに斧を振るう。

 しかしエルドラは、自分の体に斧が当たる前に刃の部分を蹴り上げた。

 衝撃に耐えられなかった持ち手の部分が悲鳴を上げ、中心の辺りでへし折れる。

 そして宙を舞った刃が、離れた位置に突き刺さった。


「まだ、やる?」


「あ……ぁあっ……何がどうなって」


「今頭を下げて謝るなら、許してもいい」


「うっ、おぉぉぉぉお!」


 武器を失くしても、ブランダルはエルドラへと襲い掛かった。

 ただそれは勇敢とは違い、ただの自棄だ。

 跳びかかればかわされ、殴りかかれば受け流される。

 まるで大人が赤子と遊んでいるようだった。


「ふざけんじゃねぇぞ! オレは! オレはッ! Aランク冒険者の――」


「もう、いいよね」


 掴みかかろうと姿勢を下げたブランダルの脳天に、エルドラのかかと落としが突き刺さる。

 轟音とともに砂埃が舞い、ブランダルは頭から地面に叩きつけられた。

 彼はしばしの痙攣のあと、動かなくなる。

 死んではいないようだが、当分はベッドの上から動けないだろう。

 その程度で済んでいるのは、一重にエルドラが加減したおかげだ。


「終わったよ、ディオン」


「ああ……スカッとしたよ」


「ならよかった」


 先ほどまで戦っていた姿はどこへやら、エルドラは満足げに微笑んでいる。

 さて、本題はエルドラがどのランク帯になるか、という話なのだが――――審査員であるブランダルがアレでは、期待はできないかもしれないな。

6月19日夜の日間ランキングにて、25位に入っておりました。

これからも精進していきますので、ぜひ応援していただけると嬉しいです。


もし面白い、続きが気になると思ってくださった方がいましたら、ぜひブックマークや、下の評価欄から星をいただければと思います。

これからの活動への糧となりますので、そういった形でも支えていただけるととても嬉しいです。

ぜひよろしくお願いいたします。


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[気になる点] ブランダルが「力があるってのは素晴らしいぜ! この街じゃ誰もオレに逆らわねぇ」とか言ってますが、ギルドマスターのほうが強いですよね。しかもなぜギルドマスターはこいつを取り締まらないのか…
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