032 真の決別
自分の心が、どんどん澄んでいくのを感じる。
視野が広くなり、すべての感覚がどこまでも鋭くなっていく。
今までの俺とは全く違う力が、体の底から湧き上がって来ていた。
「……行くぞ」
『ッ⁉』
俺は瞬時にセグリットの真横に移動すると、先ほどと同じように頭部に拳を叩き込む。
空気が弾けるような音がして、奴の体は勢いよく殴り飛ばされた方向へと吹き飛んだ。
(この感覚……やはりそうか)
俺は自分の拳を見下ろす。
今まで魔力を溜めることで技として成立させていた竜ノ右腕、竜ノ左腕が、恐ろしいほどスムーズに繰り出すことができた。
一撃一撃が、どれも竜魔力強化三十秒分程度の魔力がこもった威力になっている。
『――――ふざけるな……っ! 何度も何度も僕をコケにしやがってッ!』
体勢を立て直したセグリットが、俺に睨みを利かせる。
「人を陥れて、利用して、裏切って、その上でコケにされる気分はどうだ? セグリット」
『何を被害者面で語ってやがる! 僕は選ばれし者! 周りを利用して使い捨てるのは当たり前のことなんだよッ!』
「……そうか」
セグリットは翼を動かし、俺との距離を一気に詰める。
そして振るわれようとしたかぎ爪を片手で受け止めた俺は、そのまま空いた手でセグリットの腹を殴りつけた。
『ごほっ……⁉』
「逃がさないぞ」
受け止めたセグリットの腕を無理やり掴み返し、鱗が砕けるほど強く握りしめる。
「竜ノ片腕連撃」
片腕だけで何度も何度もセグリットの腹を殴りつける。
鱗が砕けて生身になっても、その部分を執拗に攻めた。
『が……あっ……』
「……竜ノ剛腕」
そして握り直した拳を、同じ部分に叩き込む。
衝撃がセグリットの背中まで貫き、その肉体から意識を奪った。
掴んでいた腕を離せば、奴の体はゆっくりと地面へと落ちて行く。
『――――っ!』
しかし、セグリットは空中で意識を取り戻し、体勢を再び立て直した。
俺が与えた傷が、すべて急速に治っていく。
アビスの与えた再生能力はいまだ健在のようだ。
『何故だ……! 何故僕とお前はこんなにも違う!』
「……」
『お前なんてちっぽけな存在だったじゃないか! ユキさんの後ろにくっついて歩くだけの金魚の糞! 目障りだったよ! 僕と同じ選ばれた存在であるユキさんが、お前のために時間を使うことが! お前が独占していることが! 何故だ⁉ 僕の方が優れているのに! 何故お前なんだ!』
結局は、奴の俺への憎悪はそこへと帰結するらしい。
セグリットはユキのことを愛していた。
そしてパーティ内でもっとも弱かった俺が彼女の側にいることが、ただただ許せなかったのだろう。
「例え俺と言う存在がこの世にいなくとも、お前のような男にユキはついて行かないぞ。これ以上あいつを侮辱するな」
『うるさい! うるさいうるさいうるさいッ!』
セグリットは鱗が剥げてしまうほど頭を掻きむしり、絶叫を上げる。
『もういい……もういいんだよ。お前をここで殺し、街を破壊し、ユキさんを連れて誰もいない場所に行く。そうすればユキさんは僕を認めてくれる……! みんな僕を羨ましがる! ミンナボクヲミトメテクレル!』
再び意識を混濁させつつ、セグリットはそう喚き散らした。
そして両腕を広げ、自身の口に魔力を溜め始める。
『黒イ閃光ッ!』
それは竜ノ咆哮と同等の威力を持ちつつ、速度だけならそれを遥かにしのぐ一直線の砲撃。
少し前の俺なら、正面から受けてしまっていただろう。
しかし今の俺ならそうはならない。
右の腕にエルドラと同じ黄金の鱗を生やし、正面からセグリットの一撃を受け止める。
受け止めた腕を中心に放射状に黒い光線が拡散し、俺の後ろへと散っていった。
『な……に……?』
「セグリット……お前にこの先はない」
『ふ、ふざけるな……! まだだ! 僕はまだ終わっていない!』
再びセグリットの体に魔力が溜まっていく。
今さっきの技と違うのは、溜まる場所が口ではなく胸の中心ということ。
膨大な魔力を溜め切ったセグリットは両腕をさらに大きく広げ、叫んだ。
『――――黒イ拡閃光ッ!』
セグリットの胸を中心に全方位へと拡散する黒い光線。
それが放たれた時、俺に向いている物とは別に、街にも無数の破壊が降り注ぐ。
「……よかった、あいつに来てもらって」
俺は翼で体を包んで身を守りつつ、真下に向かって声を荒げた。
「ユキっ!」
「……ああ、分かっている」
こうなった時のことを予想して、俺はユキに来てもらったのだ。
空から降り注ぐ無数の光線の下に立ったユキは、己の剣をギルドの屋根へと突き立てる。
「――――氷の庭園」
彼女を中心に、街を覆うような分厚い氷が広がっていく。
そしてセグリットの攻撃範囲全体にまで広がった氷は、すべての光線を防ぎ切った。
『何だよこの魔力……! ユキさんってこんなに――――』
「お前は最後まで勘違いしていたな」
『なに……?』
「ユキ・スノードロップという人間の隣が相応しい奴なんて、今のところ一人として存在しないんだよ」
街を覆うほどの氷を生み出せる存在なんて、俺はユキ以外に心当たりがない。
これだけの魔力を持ちつつ、さらに剣術だけでもSランク冒険者になれる。
全力を出したユキと渡り合える存在など、それこそエルドラのような人ではない者たちしか思い浮かばない。
「お前が羨ましいという俺だって、あいつの側にいたくてずっと必死だったんだ」
『黙れ……! 黙れッ!』
再び口に魔力を溜めたセグリットは、それを俺に向かって放つ。
しかしその威力は大した物ではなく、俺はさっきよりも簡単に片手で弾いてしまえた。
渾身の全体攻撃のせいで、溢れるほど持っていたはずの魔力はずいぶんと弱まってしまったらしい。
「いい加減、終わりにしよう」
俺は翼を動かし、セグリットへと肉薄する。
驚異的な再生能力がある以上、細かい攻撃は意味がない。
一撃必殺の大技。それを至近距離で喰らわせる。
『フザケルナァァァアアアアッ!』
俺の接近を許さないために、セグリットは渾身のかぎ爪を振るう。
それを潜り抜け、俺は奴の懐へとさらに密着した。
狙うはセグリットの魔臓。
その辺り一帯をまとめて吹き飛ばすため、自身の手に魔力を溜める。
「竜魔力強化……千秒」
『駄目だ……! 僕はまだ――――』
握りしめた拳を、引き絞るように振りかぶる。
……そして。
「――――竜ノ千剛腕」
黄金色の魔力と漆黒の魔力が爆発し、セグリットの体を貫く。
世界から音が消えた直後、奴の上半身が爆ぜるようにして吹き飛んだ。
肉片すら散ることなく、残った下半身が地面へと落ちて行く。
「不思議だよ、セグリット。少しだけ……本当に少しだけ、悲しく思う俺がいる」
セグリットを殺してしまうことに抵抗はなかった。
それだけのことをされたと思うし、そうしなければならなかったとも思う。
だが、俺がパーティにいた頃に守ってもらったことは事実だったし、少なからず頼りにしていた部分はあった。
あの時までは確かに、仲間だと思っていたのだ。




