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029 二度目の口づけ

『オオォ……』


 ディオンの手がゆっくりと開き、全身から煙を上げるセグリットの体が地面へと落ちた。

 もはや彼の体は人としての原型を保っていない。

 

「……チッ、こんなにあっさり終わるとはのう。想像以上につまらん男じゃった」


 セグリットを見下し、アビスはため息を吐く。

 しかしその直後、彼女は大きく後ろへと飛んだ。


「ほう、我にまで牙をむくとはなァ!」

『オォォォオオ!』


 アビスの体を薙ぐようにかぎ爪を振るったディオンは、威嚇するように声を上げた。


「ディオン! 戦いはもう終わった! 貴様が勝ったんだ!」

『ウゥゥゥ……』

「っ……私が分からないのか」


 ディオンの意識は、もうここにはない。

 今はただ、音や動く物に反応するだけの本能で動く獣である。

 そして新たに声を出したユキに向けて、ディオンはかぎ爪を向けて跳びかかった。


「くそっ」


 ユキは剣を抜き、かぎ爪を受け止める。

 二つの力がぶつかり合ったことで、地面がひび割れるほどの衝撃が駆け抜けた。

 

「重い……!」


 人間離れしたSランク冒険者であるユキですら、今の竜の力を暴走させたディオンの腕力を受け止めきれない。

 拮抗していたかに思われた力比べも、徐々に徐々にユキの方が押され始める。

 一瞬でも気を緩めれば一気に押し潰されてしまうと言う状況。

 そんな中で、ディオンが再び口に集め始めた魔力が彼女をさらに窮地へと追いつめる。


(さっきの攻撃か⁉)


 セグリットの体を炭へと変えた"咆哮(ブレス)"。

 あの一撃が、今度はユキに向かって放たれようとしていた。

 

「……すまない、ディオン」

『オォォオオオオオ!』

「ふッ!」

 

 ユキは体の軸をずらしてディオンの腕を受け流すと、そのまま懐へと飛び込む。

 そして真下から彼の顎を手のひらで強くかち上げた。

 口の向きが変わったため、竜ノ咆哮(ドラゴンブレス)は空へと放たれる。

 そのわずかな硬直時間を利用して、ユキは後ろへ大きく距離を取った。


「チッ……馬鹿力にもほどがあるな」


 刃こぼれなどしないはずだったユキの最高品質の剣に、無数のヒビが入っていた。

 それだけディオンの腕力が強いということだ。

 少なくともあと数回でもユキと彼がぶつかれば、彼女らの体よりも先に武器が音を上げるだろう。


「ディオン様……」


 あまりの彼の変わりように、顔を青くしたメリーがぼそりと呟く。

 状況として最悪だったのは、その声にディオンが反応してしまったこと。

 ユキに蹴られたダメージで怒り狂っていたディオンは、その顔をメリーに向けて怒号を発する。

 そのあまりの勢いに、彼女の足はまるで釘付けになったかのように竦んでしまった。

 

『オォォォオオオオオオオオオッ!』

「ひっ――――」


 アンバランスな翼を一度意味なく動かし、ディオンはメリーに向かって跳びかかった。

 ユキは彼女を庇うべく、顔をしかめて地面を蹴る。


 しかし、そんなユキよりも速く動く存在がいた。


「――――ディオン、止まって」

『ゴ……』


 ディオンの前に、エルドラが立ちはだかる。

 彼女の姿を見たからか、それとも突然目の前に想定外の存在が現れたからか、理由は分からない。

 ただディオンは確かに一瞬動きを止めた。

 

『オ……オォォォォォオオオオオオ!』

「っ……!」


 自分に湧き上がった謎の動揺を振り払うかのように、ディオンはかぎ爪を大きく振りかぶり、エルドラに向かって振り下ろす。

 彼女はその攻撃を見上げるようにして視界に捉えつつも、その場から動こうとはしなかった。

 そしてその一撃は、ついにエルドラの肩口を抉る。


「エルドラ⁉」

「……大丈夫」


 ユキの心配する声にただ一言返したエルドラは、一歩、ディオンの懐へと足を踏み入れた。

 何かを感じ取ったのか、正気を失っているはずの彼は分かりやすい動揺を見せる。

 その隙に、エルドラはディオンの体を抱きしめた。


「ディオン、もう大丈夫だから」

『ウゥゥゥウウ……』


 ディオンは自分の体にまとわりついた敵を排除すべく、再び腕を振り上げた。

 しかし、その腕は決して振るわれることなくそのまま下ろされる。

 ディオンは何もせず、ただエルドラへと視線を送った。


「信じて。絶対に私があなたを助けるから」


 そう告げたエルドラは、突然ディオンの顔に自分の顔を近づける。

 そして彼の口に自身の唇を重ねた。

 エルドラとディオンの唇の隙間から、赤い血が一筋垂れる。

 初めて彼らが出会った時と同じように、エルドラは自分の血をディオンへと与えたのだ。

 小さく喉を鳴らし、ディオンは与えられた血を体内へと取り込む。


「……だから、帰ってきて?」


 唇を離し、エルドラは懇願する。

 するとディオンの体が一度大きく跳ね、うめき声を漏らした。


『オォ……オォォォォオオォォォォォオオオオ!』

「ディオン、頑張れ」


 その雄叫びは、もはや痛みに耐えるための苦しげな悲鳴だった。

 暴れ回りそうになってしまうところを、エルドラが押さえつける。

 

「ディオン……頑張れ」

『オオ、オォォ……』


 直後、彼の体を侵食していた黒い鱗がポロポロと剥がれるように消えていき、不自然に変形した腕や足が徐々に元の形へと戻っていく。

 そして完全に元に戻ったディオンは、気を失ったままエルドラの体に体重を預けた。


「……何をしたのじゃ、エルドラ」

「ディオンが暴走してしまうのは、あなたが力を過剰に与えてしまったからだと思った。だから、今度は私の力があなたの力と均衡が保てるように注ぎなおしてみたの」

「そんなことをして、もしそやつの体が耐えられなかったらどうするつもりだったんじゃ」

「ディオンが最後に私を振り払わなかったのは、私を信じてくれたから。だから私は絶対にディオンを裏切れない。失敗のことなんて、一度も考えなかった」


 ディオンを抱きかかえたまま、エルドラはそう言い切った。

 魔臓に満ちていた黒い魔力は新たに流れ込んできた黄金の魔力によって中和され、やがて彼自身の純粋な魔力として全身へと行き渡る。

 

「ここに来て、己の性質(・・)を利用したわけか……エルドラァ」

「性質? どういうこと?」

「それすらも聞かされていないわけか。本当に、お主は恵まれてるのう」


 アビスは眉間に皺を寄せると、口から皮肉をこぼす。

 

「力の性質の話じゃよ。お主の力は"中和"。我の力は"変化"。魔術と言う術が使えない我らに与えられた、唯一の個性と言える部分じゃよ」


 まあ、お主の性質に関しては予想でしかないがな――――。


 アビスは最後にそう言い残し、忌々しそうにエルドラから目を逸らした。


「何でもいい。ディオンを助けられたのなら、何でも」


 ディオンの顔からは悪夢を見ていた時のような苦悶の表情は消え、安らかものへと変わっていく。

 そしてわずかな時間を挟み、ディオンはついに目を開いた。

 

 

 

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