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006 覚醒

 俺が参加していない巨人とエルドラの戦いは、まさしく壮絶なものだった。

 巨人に向けて跳び上がったエルドラに対し、大剣が振り下ろされる。

 彼女はその剣を蹴って弾くと、一度着地して巨人の懐へと入り込んだ。


「ふッ!」


 巨人の胴に、エルドラの重い前蹴りが命中する。

 しかし巨人は多少よろめいた程度で、すぐに体勢を立て直した。

 当然ながら、ヘルアントとは比べ物にならないほどの頑丈さだ。

 俺はいまだエルドラの手助けには入れていない。

 しかし――。


(やっと……目が慣れてきた)


 戦闘が始まってから、すでに一分程度が経過してしまった。

 その代わりに、初めは目でとらえることすらできなかった巨人の一撃が、今でははっきりと見える。

 集中すれば集中するほど、感覚が研ぎ澄まされていくようだ。

 今なら、俺でも飛び込める。


「エルドラ! 走れ!」


「っ!」


 俺は懐からナイフを取り出し、エルドラの前に出るようにして巨人に近づく。

 突如現れた俺という新たな標的を認識した巨人は、最初と同じように真っ直ぐ剣を振り下ろしてきた。


(魔力強化……!)


 俺はナイフに魔力を流し込む。

 魔力強化は魔術師とはまた別な初歩的な戦闘技術。

 自身の魔力を体の部位や武器に流し込み、威力、耐久力を上げる。

 Cランク以上の冒険者であれば、息をするように扱える技だ。


「ぐっ!」


 振り下ろされた大剣を、強化したナイフで受け流す。

 やはり、明らかに間合いの外まで斬撃が飛んでいる。

 魔法剣の一種か――ともかく、この部屋全体が巨人の間合いであると考えた方がいい。


(くそっ、さすがに無茶だったか……!)


 受け流したはいいものの、体格の差というものは大きかった。

 腕と足に激痛が走る。

 おそらく手首の骨が砕けたのと、足の筋肉が耐えきれなかったようだ。

 試してみてなんだが、もう二度とやりたくない。


「いいタイミング」


 エルドラが巨人に肉薄する。

 どうやら距離を詰めるだけの時間は稼げたらしい。

 確実なチャンスで、エルドラは腕を振りかぶった。


竜の右腕レヒト・アルム・ドラッヘ——」


 エルドラの腕が一回り膨らみ、鱗が走る。

 その姿はさながら人間が竜の一部を投影したかのような、歪な形だった。

 そこから放たれた一撃は、今までの人生で聞いたこともないような轟音を響かせる。

 そうして巨人の体を大きく後ろにのけぞらせ、壁に強く叩きつけた。


『ごぉ……が』


「うん。今のは決まった」


 エルドラが着地すると同時に、巨人が膝をつく。

 かなり効いているようだ。

 俺は自分の体にヒールをかけながら、彼女の側へと寄る。

 

「倒したのか……?」


「いや、まだだと思う」


 その言葉は当たっていたらしい。

 がらりと瓦礫が崩れ、巨人が壁から身を離す。

 そうしてそのまま俺たちに向け剣を振り上げようとするのだが――。


『ごぼっ』


 巨人が膝をつく。

 それと同時に、鉄仮面の中から赤黒い液体が溢れ出してきた。

 よく見ればエルドラの一撃を受けた部分の鎧が大きく陥没している。

 致命傷ではあったようだ。


「よかった。私の勘違いだったみたい」

 

 エルドラが安心した様子で俺の方に顔を向ける。

 俺はとっさに、そんなエルドラを突き飛ばした。

 なぜそんなことをしたかと問われれば、冒険者として培った勘としか言えない。

 しかしその勘は当たってしまった。

 

『オオオォォオオオオォ!』


「え――――」


 脱力した状態からの、全力の一撃。

 死なばもろともという意志の感じられる、決死の攻撃だった。

 迫る巨人の大剣。

 今までで一番の速度で肉薄した圧倒的質量を前にして、俺は――。


「よく……見える」


 ——自分の中で何かが噛み合ったのを感じた。

 

「ディオン⁉」


 エルドラが叫ぶ。

 ただ、俺はもう巨人の剣から逃れていた。

 自分ですら驚くべき速度で、壁際まで移動していたのである。

 

(ここしかない!)


 俺は自分の脳の処理が追いつく前に、壁に足をかけた(・・・・・)


「まさか本当に壁を走れるなんてな……!」


 さっきよりも、人生のどのタイミングよりも、体が軽い。

 俺は壁を駆け上がり、巨人の頭の位置と同じ高さへとたどり着く。


(拳に魔力を……!)


『オォ……オ』


 最後に壁を強く蹴り、巨人の頭に近づく。

 そして今までで一番の渾身の力で、その頭を殴りつけた。

 金属が割れる音がして、巨人の体が真横に倒れる。

 

「さ、さすがに……やったよな」


 着地にまで意識を向けられなかった俺は、べしゃりと情けなく地面へと落ちる。

 巨人は動かない。

 元々、エルドラの一撃で絶命寸前だった。

 やつが万全の状態ならば、今の一撃でもほとんどダメージはなかっただろう。

 すべてはエルドラのおかげというわけだ。


「ありがとう、また助かった」


「いや、全部エルドラのおかげだ。感謝するのはこっちだよ」


 エルドラが差し伸べてくれた手を取り、立ち上がる。

 その瞬間、俺の全身に激痛が走り、思わず膝をついた。

 

「がっ――――」


「ディオン⁉」


 外傷は受けていない。

 それなのに気絶してしまいそうな痛みが襲ってくる。


「こ、これは……」


「……きっと、代償。竜の血にまだ体が追いついていない」


 つまり、竜の血が与える力に体の方が耐えられなかったということか。

 回復魔術師であるが故に理解する。

 足の筋肉は断裂、殴りつけた方の手の骨は折れ、無数の内出血が確認できた。

 あと少し全力で動いていたら、致命的なダメージを負っていたかもしれない。

 

「それでも……命があるだけマシだな」


 俺は自分の肉体に回復魔術を施す。

 一度のヒールでは回復しきらなかったため、二回、三回とかけ直した。

 四肢の欠損すら一度のヒールで治せたのに、この代償はそれよりも重いというのか。


「——ごめんなさい」


「どうしてエルドラが謝るんだ?」


「だって、私の血のせいであなたを殺してしまっていたかもしれない」


 最後の方の言葉は聞こえないほどに尻すぼみとなり、エルドラは顔を伏せる。

 人間など虫けらのように扱えるはずの竜が、俺のことでここまで落ち込んでいる――。

 どう声をかけたものか、言葉は選びたいところだ。


「俺にあるのは……元々死んでいたかもしれない命だ。君が血をくれなければ、確実に死んでいたんだ。だから、その」


 ありがとう――。


「っ!」


 俺がそう伝えれば、エルドラが息を呑んだ気配がした。

 今できることは、彼女にただひたすらに感謝することだけ。

 元々コミュニケーション能力が高い訳じゃなく、言葉選びが上手く行ったためしもない。


「エルドラに助けてもらえて、嬉しかった。一緒に行くって言ってもらえて嬉しかったし、一緒に戦えて……嬉しかった。だからその、すごく感謝してて……できればその、もう少し長く一緒にいられたらって――」


 言葉を並べながら、徐々に頬が熱くなる。

 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。

 何とか綺麗にしようとして、ただただ空回りしている気がする。

 

「——ごめん、何が言いたいか分からないよな」


「……ディオンは、優しい人」


「え?」


 いつの間にかエルドラは顔を上げていて、俺の顔を見て微笑んでいる。

 その妖艶さまで孕んだ表情に、俺はさらに頬が赤くなったのを感じた。

 

「優しくて、勇敢。さっきもまたあなたに助けられた。借りを返したと思ったら、また借りを作ってしまう。とても大変」


「そ、そんな気にしなくても……」


「ディオンが私の命を救ってくれたとき、あなたの命が流れ込んできた気がした。ディオンが、私に命をくれたの。だから本当は、少しじゃなくてもっと長く一緒にいたい。ディオンが許してくれる限り、ディオンの支えになりたい」


 胸の奥が、小さく跳ねる。

 もしかしたら俺は、この人と会うために生まれてきたのかもしれない。

 そんな予感がふわりと浮かんでくる。

 

「私の命は、あなたの命。どうか……側にいさせて?」


「——ああ、分かった」


 ずっと一緒だ――。

 

 互いの手を、改めて強く握り合う。

 エルドラと一緒なら、きっと俺はどこまでもいけるだろう。

 今日という日が、俺と彼女の『始まりの日』だ。

 

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