022 コワセ
「……何だと?」
「ユキさん、あなたは最高の冒険者だ。だけどその男が率いるパーティにいたんじゃ、あなたはどんどんくすぶっていくことになるでしょう」
「ほう、それで?」
「僕ならあなたのパフォーマンスを最大限活かせます。ユキさんの活躍する場所は僕が作る。だからまた共にダンジョンを攻略しましょう」
――――こいつ、前は「あなたでも手が届かないような最強の冒険者になる」って息巻いてなかったか?
どうやらもうその意気込みはどこかへ消えてしまったらしい。
安いプライドに振り回され、周りが見えていないその愚かな態度に怒りを通り越して呆れてしまう。
「何かずっと勘違いしているようだが……すでに貴様がディオンより優れている点が思いつかないのだが」
「な、何を言ってるんですか……? 僕が……僕がこの役立たずよりも劣っていると……?」
「白の迷宮での一件をもう忘れたのか? ブラックナイトを倒したのはディオンだ。私たちにできなかったことを、ディオンは一人で成し遂げたんだぞ」
「っ……! そんなのでたらめだ! 僕らが弱らせたところを横取りしただけですよ!」
こいつはもはや何かに取り憑かれているんじゃないだろうか。
あまりにも意固地になり過ぎて、見ているこちらが痛々しくていたたまれなくなってくる。
「貴様……どこまで私を苛立たせれば気が済むんだ」
「僕はこんな田舎者の回復魔術師とは格が違うんだ! どうして分かってくれない……ユキさん!」
――――話が噛み合っていない。
「ああ……そうか、この役立たずを一人にするのが不安というのなら、この際役立たず付きでいいですよ。僕が欲しいのはユキさんとそこの金髪の方だけですが、二人が仲間になってくれるのであればお荷物がいても何とかなるでしょう。これでどうですか? だいぶ譲歩したつもりですが」
どこまで上から目線で話せば気が済むのだろう。
それにいつの間にかエルドラが巻き込まれており、加えて俺が参加することを譲歩などと言い放った。
ふつふつと、心の底から怒りが湧き上がってくる。
怒りを通り越して呆れ、そして呆れを通り越してどす黒い怒りの感情が満ちていく。
「ユキさん、あなたは僕と共にいるべきだ。あなたならいずれ僕の伴侶になることだって————」
「ちょ、ちょっと⁉ 何言ってるのよセグリット! 将来は私のことを妻にしてくれるって言ってたじゃない!」
「うるさいなぁ! 君のことも愛してあげるよ。それでいいだろ?」
奴とシンディが何やら話しているが、俺の耳にはもう入ってこなかった。
自分でも恐ろしくなるほど怒りが俺を動かす。
――――コワセ。
(壊す……?)
そうか、この怒りを治めるには、目の前にいるこの男を壊してしまえばいいんだ。
「……ディオン?」
エルドラが俺を呼ぶのを無視して、俺はセグリットの顔に拳を叩き込む。
鈍い音がして、奴の体は大きく後ろへ吹き飛んだ。
通行人たちがざわつき始め、俺たちを避けるように道が開ける。
「あがっ……な……何を」
「うるさい」
「お、お前っ⁉」
俺は倒れ込んだセグリットの胸倉を掴み上げ、その顔に再び拳を叩き込む。
口の中が切れたのか、奴の血が俺の拳についた。
俺はそんなことは意に介さず、そのまま拳を何度も叩きつける。
「がっ、ぶっ、ぐっ」
「……」
何度も、何度も、何度も。
セグリットの顔の形が変わってしまっても、俺の手が止まることはなかった。
「ちょ……ちょっとあんた、やめてよ……っ! やめなさいよ!」
「だからうるさいッて!」
「ひっ――――」
返り血を浴びた俺の顔を見て、シンディの表情が引きつる。
まだ俺のどす黒い気持ちは治まらない。
すでに意識のないセグリットを地面に落とすと、俺は拳を振り上げる。
「竜ノ右腕」
腕をエメラルド色の光が包み込む。
しかしその鮮やかな光は徐々に内側から黒く染まり、最終的に漆黒へと変わった。
そんな腕を、俺はセグリットの顔に目掛けて振り下ろし――――。
「ディオン!」
拳が当たる寸前、飛び込んできたエルドラによって、俺は腕ごと抑え込まれる。
その瞬間、俺の頭は何事もなかったかのように冷静になった。
目の前には形が歪み、血にまみれたセグリットの顔がある。
「お、俺は……何を……?」
血に濡れた拳に、呆然と視線を落とす。
言い訳などできない。
俺の拳には、セグリットの顔を殴った感触がしっかりと残っていた。
そして、その際に感じた快感も。
「っ……回復魔術をかけます!」
セグリットに駆け寄って、クリオラは手をかざす。
緑色の光が奴を癒している中、俺はシンディから杖を向けられていた。
「あんた……! どういうつもり⁉」
「い、いや! 俺は――――」
その時、俺とシンディの間にユキが割り込む。
「先に挑発してきたのは貴様らだ。お互い様だろう」
「はぁ⁉ どう考えてもやりすぎでしょ⁉ 死んでたかもしれないのよ⁉」
「……そもそも、貴様らはディオンを崖から突き落として殺そうとしたはずだ。今更自分が殺されそうになったからって文句を言うのはお門違いだと思わないか?」
「うるさいわね……! 一々過去のこと掘り出さないでよ! 大体生きてたんだから別にいいでしょ⁉」
「本当に……どこまで腐れば気が済むのだ、貴様は」
ヒステリックな表情で喚くシンディと、その目の前で静かに怒りを燃やすユキ。
まさに一触即発の空気の中、先に変化したのは周囲の空気だった。
『何あれ……喧嘩?』
『また冒険者か。ったく、街中でほんと迷惑だよな』
俺たちを取り囲むようにして、ざわざわと通行人たちが集まり始める。
騒ぎが大きくなってしまったようだ。
「おいおい、一体何の騒ぎだ? これは……」
しばらくして冒険者同士の喧嘩を聞きつけたのか、何人かのギルド職員を引き連れたレーナさんが現れる。
治療が終わったもののいまだ意識を失ったままのセグリットは職員たちによって担がれ、シンディとクリオラと共に去っていった。
レーナさんは残った俺たちに歩み寄り、どこか困った顔を浮かべる。
「……とりあえずお前らも移動すっぞ。事情はギルドで聞かせてもらうから」
「っ、レーナ。私たちは何も悪くないぞ」
「お前らの事情は理解してるが、拳を血に染めた明らかな加害者がそこにいるんだ。一旦事情を聞かねぇことにはどうしようもねぇんだよ。今は黙ってついてこい」
「……くっ」
正直なところ、俺はまだ現状をはっきりと理解できていなかった。
どこか頭の中が放心した状態のまま、俺はエルドラに支えてもらいながらレーナさんについていく。
そのまま彼女によって案内された場所は、何度か訪れたことのあるギルドマスターの部屋だった。




