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005 ダンジョンボス

 俺は物陰に隠れ、通路の先をのぞき込む。

 そこには四体の人間大の蟻がいた。

 漆黒の体に鋭い牙を持つやつらの名は、ヘルアント。

 地獄の蟻という名前に恥じない強さを持ち、単体ではBランクの魔物だが、三体以上集まった時点でAランク認定される。

 俺一人では到底勝てない相手だ。


「あの子たちを倒せばいい?」


「ああ。できるか?」


「うん。問題ない」


 エルドラが物陰から出れば、ヘルアントたちは一斉に彼女に視線を送る。

 獲物を見つけた彼らに止まる理由はない。

 迷いなく襲い掛かってくるヘルアントに対し、エルドラは小さく息を吐くとともに地を蹴って跳び上がった。


「一匹――」


 群れの中心にいたヘルアントを、エルドラは着地と同時に踏みつける。

 外骨格が割れる音がして、水気を含んだ嫌な音が響いた。

 そして彼女は踏みつけた足を軸に、体を捻る。


「——あと、全部」


 放たれたのは、綺麗な後ろ回し蹴りだった。

 その一撃が、残った三匹の頭を吹き飛ばす。

 すべてはほんの一瞬のできごとだった。


「はい、終わった」


「あ、ああ……見てたよ」


 彼女が竜であると知っているからこそこの程度のリアクションで済んでいるが、知らなければきっとしばらくの間フリーズしていたことだろう。

 ヘルアントの外骨格は、まともな刃物では傷一つつかないほどに硬い。

 そもそも昆虫型の魔物に効率よくダメージを入れるには、骨格の隙間を狙うことが基本となる。

 しかし、エルドラはその外骨格を砕くどころか吹き飛ばしてしまった。

 足以外でやつらに触れることもないまま――。


「人型でも十分強いんだな」


「力ではやっぱり元の体よりも劣る。でもこっちの体の方が速いし、何より、可愛い」


 エルドラはそう言って、目の前でひらりと舞ってみせる。

 確かに、この世のものとは思えないほどに可愛らしい。

 それと同時にとても目のやり場に困るため、俺は咳ばらいをして少しずつ目をそらした。


「んんっ……そもそも、どうして君は人になれるんだ? 竜が人になれるなんて話は聞いたことがなかったし、竜からすればわざわざ弱い種族に変身する必要もないと思うんだけど」


「人になれる理屈は分からない。生まれたときからできた。でも人型で過ごす理由はある。霊峰はそこまで広くない。みんながみんな竜の体でいたら住む場所がない」


「……なるほど」


「それに、人間は特別だから」


 エルドラは微笑みを浮かべ、自身の体に指を這わせる。


「この世界が生まれたとき、世界を生んだ『ナニカ』は五つの王を創った」


 竜王、霊王、獣王、海王、そして――魔王。

 

 竜王は空の生物を創り、

 霊王は見えない者たちを創り、

 獣王は獣と森の住民を創り、

 海王は海の生物を創り、

 魔王は魔物を創った。

 

 エルドラはそこまで続けて一息いれた後、再び口を開く。


「この世界で唯一王たちによって創られていないのが、人間。だから人間は、『ナニカ』によって直々に生み出された寵愛を受けし種族と言われている」


「それで、特別(・・)か」


「あくまで伝説。確証はない。でも、竜が変身できるのは人間の体だけ。それに、どの王もみんな形だけは人。きっとこれには意味がある」


 今まで考えてもみなかった話だ。

 そもそも俺は五体の王の話すら知らなかったわけで、考えが至らなかったとも言える。

 しかし今の話を聞く限り、確かに人間には特別な何かがあるのかもしれない。

 ありきたりな言葉になるが、無限の可能性とでも言えばいいだろうか。


「……私はもう霊峰には戻れない。だからここを出たら、人里で過ごしたい。人間がどんな存在か興味がある。案内してくれる?」


「人里か……俺の知っている街でよければいくらでも」


「嬉しい。じゃあ、早くこんなところ出よう」


 エルドラの言葉に、俺は頷く。

 奴らに会わないためにも今まで拠点にしていた街からは離れる必要があるが、俺だってそこしか知らないわけじゃない。

 あわよくば、そこで冒険者業を再開できればいいのだが――。

 

「……ともあれ、今はここから出ることが先決か」


「? どうしたの?」


「いや、何でもない。エルドラの言う通りだと思っただけだ」


 俺は再び通路の先にサーチを行い、敵がいないことを確認しながら歩を進めた。

 これからのことは、生き延びてから考えよう。


(——さっきから、気づかないふりをしていたけど)


 俺は額に浮かんだ汗を拭う。

 一歩ずつ進むたびに、体に嫌な重圧がかかっていた。

 ダンジョンボスがかなり近づいてきた証拠だ。

 これまでユキについていくつかのダンジョンを攻略してきたが、ここまでプレッシャーを感じたのは初めてかもしれない。


「大丈夫? 顔色悪い」


「あ、ああ。大丈夫だ」


「強い魔物の匂いが濃くなってきた。きっとディオンの言っていただんじょんぼす。あともうひと踏ん張り」


 エルドラは相変わらずの涼しい顔をしている。

 きっと彼女からすれば大した脅威でもないのだろう。

 その頼もしさに触れるだけで、心なしか気分が楽になった。


「ほら、きっとあそこ」


 エルドラが指差す方向へ視線を向ければ、巨大な扉が壁に埋め込まれていた。

 嫌なプレッシャーは、確かにあの奥から感じる。


「できる限りサポートする。危険と判断したら下がってくれ」


「分かった」


 頷いたエルドラを確認して、俺は巨大な扉に触れる。

 すると扉は見た目にそぐわぬ静寂さを持って開いた。

 奥に広がるのは、吸い込まれそうなほどの暗闇。

 俺は生唾を飲み込み、扉の奥へと足を踏み入れた。


「うっ……」


 暗闇の中を少し進んだところで、突然光が目に飛び込んでくる。

 気づけば、俺たちは歪な聖堂のような空間の中心に立っていた。

 かなり広い空間だ。

 壁際に大きな燭台が設置されており、炎が明かりとなっている。


「見て、ディオン」


 エルドラが指を差す。

 その先には、玉座のような椅子に腰かける巨人がいた。

 巨人は漆黒の鎧をまとっており、顔も鉄仮面に覆われ窺うことはできない。

 ただその仮面の隙間から、明確な殺意だけが確認できた。


『オオオォォォオオオオ!』

 

「っ……!」


 俺は思わず耳を覆った。

 地の底から響くような雄叫びだ。

 あまりの威圧感に、思わず膝をつきそうになる。


「来るよ」


 巨人の手から黒い靄が噴き出し、漆黒の大剣を形作る。

 そもそもの身長が十メートル以上なのに、生み出された大剣は巨人のそれと同等の長さに見えた。

 巨人はその大剣を、豪快に振りかぶる。


「っ! ディオン!」


「え――――」


 気づいたときには、すでに大剣は振り下ろされていた。

 頬に温かい液体が付着する。

 横目で自分の肩から先を確認したならば、本来あるべき腕がそこにはなかった。

 宙を舞ってたった今べちゃりと落ちてきたのが、元々の俺の腕だろう。


「ぐっ――あぁぁあああ⁉」


「ディオン! 下がってて!」


 エルドラは焦った様子で俺に告げると、そのまま飛び出していく。

 全くと言っていいほど反応することができなかった。

 あの巨体で、目でとらえられないほどの速度を持ち、尚且つ間合いの外にいたはずの俺に斬撃を届かせることのできる何かを持ち合わせている。

 想像の数十倍恐ろしい。


 ――ともあれ、俺は気絶してしまいそうなほどの痛みに耐えながら、肩の断面に手を添えた。

 

「ひ、ヒール……!」

 

 傷を癒す光が肩口を包み込むと、出血が徐々に収まっていく。

 ヒールは回復魔術の初歩。

 切断された腕を元に戻すには、もう少し強い魔術でかなりの魔力と時間を消費しなければならない。

 少なくとも、今この場でできることでは――。


「——あ……れ?」


 違和感を覚え、俺はたった今ヒールをかけた肩口を見る。

 そこには、本来あるべきものが戻ってきていた。

 腕が、生えているのだ。


(かけたのはただのヒールだったはずなのに……何で)


 脳裏に、サーチの範囲が広がったときの感覚が思い起こされる。

 魔力が増えているが故に、魔術もすべて強化されているのだとしたら?

 例え死にかけたとしても回復が間に合うのであれば、今の俺でも役立てるかもしれない。

 唯一確かなことは、このまま膝をついている場合ではないということだ。


「戦うんだ……! 俺も!」

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