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004 思惑、そして挑戦

 疎ましい存在であったディオンを置き去りにしてきた三人は、踵を返してダンジョンの外へと向かっていた。

 殺すつもりでディオンを突き落とした以上、いくらあの穴がダンジョンの下層(・・・・・・・・)へ続いていた(・・・・・・)としても下りるわけにはいかない。

 故に引き返しているというわけだ。


「歴戦の冒険者であるユキさんなら、もうすでにダンジョンから脱出しているはず。後はあらかじめ決めた通りに口裏を合わせればいいだけだ」


「そうね。でも、まさかこんなに上手く行くなんて思わなかったわ」


 愉快そうにシンディが笑う。

 それにつられるようにして、セグリットも口角を吊り上げた。

 

「本当にな。まさか、ユキさんとはぐれるところまですべて僕たちの計画だなんて思わないだろう」


 セグリットたちがディオンを力づくで追い出せなかったのは、ユキというパーティリーダーがいたからである。

 ユキはリーダーでありながら、ディオンに対して妙に甘い部分があった。

 だからこそ、危険を承知で前もってセグリットはダンジョントラップの位置を確認し、わざと分断されたのだ。

 ディオンという男を排除するためだけに――。

 

 ――ここまで苦労するならば、セグリットたちがパーティを抜ければもっと早く済む話だと思うことだろう。

 それをしなかったことにも、理由がある。


「っ――お待ちください、お二人とも」


 クリオラは腕を突き出し、二人の歩みを制す。

 次の瞬間、三人の目の前の壁が爆ぜ、ゆっくりと人影が姿を現した。


「……やっと見つけたぞ」


 現れたのは、白い女だった。

 彼女は服や鎧に付いた埃を払うと、その透き通った黄色がかった眼で三人を見る。


「こ、こちらも探していたところです。ユキさん」


 セグリットは自分が冷や汗を流していることに気づく。

 それもこれも、目の前の女に対して慄いているからだ。

 ダンジョン、または迷宮などと呼ばれる超自然建造物であるこの場所を、彼女は己の力だけで構造を変えてしまった。

 それがどれだけ規格外なのか、彼女――ユキ・スノードロップ自身は分かっていない。

 だからこそ、セグリットたちは彼女から離れたくないのだ。

 ユキ・スノードロップのパーティにいれば、栄光が約束されたようなものなのだから。


「——ディオンは?」

 

 ユキのその問いかけによって、三人に緊張が走った。

 しかし狼狽えはしない。

 あらかじめどう答えるかまで、すべて準備が済んでいるのだから。


「……申し訳ありません。この先に同じような転移トラップが仕掛けられていて、ディオンだけが今度は飛ばされてしまいました」


「どこに?」


 続けざまに放たれた問いかけに対し、セグリットは首を横に振る。

 彼の意を酌んだユキは、悔しげに表情を歪めた。

 セグリットは内心でほくそ笑む。

 自分自身が転移で飛ばされた経験がある以上、ユキはこの嘘を疑いづらいのだ。

 ディオンがはぐれたのは、自分がいなかったからだ――と、責任を感じるが故の心理である。


「三人は戻れ。あとは私一人で探す」


「む、無茶よ! ここはSランクダンジョンなのよ⁉ いくらユキさんでも一人じゃ――」


「問題ない。私は一人でも生き残れた。むしろ三人がまた別々に転移してしまう方が危険だ。……ディオンを見つけ次第、すぐに戻る」


 シンディの静止を願う声もむなしく、ユキは三人が歩いてきた道を戻るように駆け出してしまう。

 その速度は実力者の三人であってもとらえられるものではなかった。

 

「ちょっと! ユキさんが戻っちゃったらあいつの死体見つけちゃうんじゃないの⁉」


「ふんっ、慌てるな。問題ないよ」


 セグリットはシンディを軽くあしらうと、出口に向かって歩き出す。

 その後ろに、同じく涼しい顔をしたクリオラが続いた。


「シンディさん、あの崖下にはいくつも禍々しい気配がありました。おそらく魔物の巣でしょう。……少なくとも、あの程度の男が落ちて助かるとは思えません」


「そうさ。今頃魔物の腹の中だろう。証拠は何一つ残ってやしない」


 二人がそう言い切ったことで、シンディの焦りも少しずつ収まっていく。

 セグリットは嘆息すると、そんなシンディへと歩み寄った。


「すべて僕に任せろ、シンディ。あのユキさんさえ、僕はコントロールしてみせる。君は安心してついてくるんだ」


「う、うん! セグリットが間違っていたことなんてないもの! ごめんなさい、取り乱して……」


「いいさ。ほら、行くよ」


 彼が差し出した手を、シンディが取る。

 そうして再び歩き出した二人を、静かに睨む者がいた。


 クリオラ――彼女はまるで怒りを堪えるかのように拳を握ると、彼らの後に続いて歩き出す。

 その様子に気づく者は、誰もいない。


「——サーチ」


 俺は体から魔力を放ち、進行方向へと送り込む。

 魔力とは、体内にある魔臓と呼ばれる臓器から生まれる力。

 魔術を扱う者からすれば、この力は血液と同じくらい重要な物。

 これを上手く扱えなければ、魔術師は名乗れない。


「それ、なに?」


「索敵だよ。魔力を飛ばして、魔物の位置とか、数を把握するんだ」


 盲目の人間の中には、一つの音で周囲の物の位置を把握できる存在がいるらしい。

 このサーチという技は、そこからヒントを得たものだ。

 人間相手では逆探知されてしまう可能性もあるが、理性のない魔物相手であればあまり関係はない。

 故にダンジョンに潜る冒険者にとっては、必須技能とも言える。


「この道の先に数体魔物がいる……進むなら接敵することになるけど――ん?」


 魔物の位置が分かったところまではいい。

 しかし、俺の中に一つの違和感が生まれた。

 サーチの範囲が、普段よりも明らかに広い。

 以前の俺であれば、直線で百メートル。

 円のように広げるならば、三十から四十メートルが限界だった。

 今行ったサーチは、その限界を遥かに超えている。

 直線状で最低でも二百メートル、いや、三百は固い。

 普段通りの魔力を使用したはずなのに、明らかな変化が起こっていた。


「どうしたの?」


「……なあ、竜の血って、人間の魔力量も増やすのか?」


「多分。私は実際に人に血を分けたことがなかったから、正直すべての変化を把握しているわけじゃない」


「そうか……」


「不都合?」


「いや、むしろありがたい」


 俺がそう伝えれば、エルドラは安心した様子で笑顔を浮かべる。

 エルドラも、一人の人間の構造を変えてしまったことに責任を感じているのかもしれない。 

 できる限り不安を感じさせないようにしたいところだ。


「それよりも……改めてこのダンジョンの広さには驚かされたな」


「ここはそんなに広い?」


「ああ。今まで見つかったダンジョンの中では、五本の指に入ると思う」


 世界中に存在する謎の建造物、ダンジョン。

 内部には常に魔物が発生し、常人には過酷すぎるほどの環境が広がっている。

 最深部まで攻略するためには、並ではない努力と知識を携えていなければならない。

 しかし、それに応じて得られる恩恵も絶大だ。

 所々にある財宝や、人の手では決して生み出せない武器、装飾品。

 ましてや最深部にいるダンジョンボスを倒すことができれば、一生遊んで暮らせるだけの金になるアイテムが手に入る。

 そんな命がけの現場に果敢に攻め入るのが、俺たち冒険者だ。

 ダンジョン攻略のために強くなり、アイテムを手に入れてさらに実力を伸ばす。

 そういったシステムができあがっていることから、とある学者はこう仮説を立てた。


『ダンジョンは、いつか来る恐ろしい災厄に立ち向かうため、神がこの世にもたらした試練であり、恵みである――』


 ——と。

 

「ダンジョンには難易度が定められていて、ここは最高ランクのSがつけられている。本来ならSランクの冒険者が率いるSランクパーティが攻略に当たるべき場所だ」


「そうなんだ。じゃあ、ディオンはSランク?」


「いや、俺はBランク。俺の元いたパーティのリーダーがSランクだったんだ。他のメンバーは全員Aランクだったよ」


 冒険者の規定として、Sランク冒険者はパーティ内に一人しか在籍できない。

 Sランクという称号はあまりにも希少価値が高いが故、一組に固めてしまうと仕事の回りが遅くなるからだ。

 Bランクの俺がパーティに在籍していられたのは、一重に戦闘面以外で役立つ回復魔術師であったことが大きい。

 戦闘になれば、俺はセグリットたちに指一本も触れられないだろう。


(いや……もう関係ないな)


 彼らと戦う想像などしたって意味がない。

 追い出されたのなら、俺は俺の道へ進めばいいだけだ。


「この先の魔物を倒すの?」


「ああ。俺が落ちてきた穴を戻るっていうのは現実的じゃないから、先に進むしかなさそうだ」


「むぅ。私も狭いところだと飛びにくい。賛成」


「よし――」


 俺は深く息を吐き、ダンジョンの奥へと足を進める。

 ダンジョンから出る方法として、一般的なのは出入口を使うこと。

 そしてもう一つは、ダンジョンの最奥にいるダンジョンボスを倒すこと。

 そうすればダンジョン内にいる人間は、一旦強制的に外に転移させられる。

 今目指せるのは、それ一点だ。

 少し前の俺なら諦めていたかもしれない。

 しかし今の俺には頼もしい仲間がいる。

 挑戦する価値は十分にあるはずだ。



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