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034 前向きに

「ディオン……下がって」

 

 エルドラは俺を手で制しながら、前へ出る。

 神竜アビス――彼女はそんな俺たちを嘲笑っていた。


「ああ、愉快愉快。何故下等生物である人間を守るのか、我には理解できんな」


「人間だからじゃない。ディオンは私の大切な人。だから守る」


「ほう。ならばそれ(・・)を壊してしまえば、お主はさらに絶望へと落ちるということか?」


「……あの時とは違う。絶対に好きにはさせない」


 竜と竜がにらみ合う。

 その瞬間、俺はその場から一歩たりとも動けなくなった。

 

 ——今分かった。


 アビスは俺たちに敵意がなかったわけではなく、敵とすら認識されていなかったということ。

 ただ殺気をぶつけ合っているだけで、戦いの外にいるはずの俺は身震いが止まらない。

 この場から逃げろと、脳が絶えず命令を出そうとしている。

 しかし、その命令が実行に移されることはなかった。


「……やめだ。やめやめ。こんな狭い場所でお主とやり合ったところで面白くもなんともない。我々は天に生きる種族、そうじゃろう?」


 ぶつかり合っていた殺気が消失する。

 俺はそこでようやく自分が息を止めていたことに気づいた。

 胸を押さえて懸命に息を吸う中、瞬きほどの一瞬でアビスの姿が消える。

 次に彼女の存在を認識できたのは、背後から声がしたときだった。

 いつの間にか、アビスは門番が倒れたことによって開いた扉の前に立っている。


「今日の所は見逃してやろう。我はこの先に用があるでな。お主らはさっさと去ね。残念がらずとも、そう遠くない内にまた顔を出してやるからの」


「……もう二度と来なくていい」


「そう邪険にするでないぞ、エルドラよ。同郷のよしみで今後も仲良うしようではないか」


 嬉しげに、楽しげに、愉快げに、アビスは口角を吊り上げて笑う。

 そうして扉の先に広がる闇の中に、その姿を溶かしていった。

 もうその後ろ姿すら目でとらえることはできない。

 

「エルドラ――」


「大丈夫。あなたは私が守る」


 俺の声を遮るようにして、エルドラはそう口にした。

 ただ、俺が言いたかったのはそんな自分の心配じゃない。

 むしろエルドラのことを心配していた。

 今までに見たこともない気負ったような表情をしているその顔が、やけに強く印象に残ってしまったから。


 この日、俺たちは全員でダンジョンからの脱出に成功する。

 幸いなことに帰路は魔物に襲われることはなく、誰もこれ以上の負傷はなかった。

 今思えば、魔物たちは先へと進んだ存在への対応で追われていたのかもしれない。

 

 先に帰還したロギアンさんの報告によって、城の迷宮は【白の迷宮】へと名を変え、ランクはSへと変更された。

 しかし、それから二日後のこと。

 何者かによって【白の迷宮】は攻略され、その目まぐるしい展開から大きな話題となった。

 レーゲンの街では攻略者となった冒険者の捜索が始まったが、当然その正体にたどり着ける者はいない。

 

 あの場所にいた、俺たちを除いて。


「……そろそろ雨季が来るな」


 ギルドの窓から外を眺めていたレーナさんは、誰に聞かせるでもなくそうつぶやいた。

 確かに外は昼間であるのに薄暗く、重い雲が空を覆っている。

 気分すら憂鬱になるような、そんな天気だ。


「悪いな、呼び出したりなんかして。改めて白の迷宮の件で礼が言いたくてな」


「礼だなんてそんな……」


「謙遜すんなよ。危うく優秀な冒険者どもを一気に失うところだったんだ。この界隈の大きな損害を回避したんだぞ?」


 俺は何とも言えない心境になり、思わず頭を掻く。

 結局のところ、白の迷宮内で死傷者は出なかった。

 ブランダルはセグリットたちと共に行動し始めた辺りから記憶がなかったらしく、体を乗っ取られていたことが分かった。

 それに伴い普段以上に体を酷使されたせいで、現在はひどい筋肉痛で寝込んでいる。

 クリオラが治してやればいいと常識的には思うかもしれないが、実は筋肉痛に対して回復魔術を使うのは推奨されない。

 他人から負わされ怪我とは違い、筋肉痛は再生することによって体が頑丈になる類のもの。

 だから自然治癒させた方が今後のためになるのだ。


「そんで……お前らは白の迷宮を攻略したってやつに心当たりはねぇか?」


 その問いかけにピクリと肩が跳ね、思わず口を噤んでしまう。

 何と答えたものか俺には分からない。

 そこで恐る恐る、俺の視線はエルドラへと吸い込まれた。


「……私は知ってる。私の知り合いだから」


「何だと?」


 エルドラは手を持ち上げると、その一部を竜の物へと変える。

 それを見たレーナさんは一瞬目を見開くが、すぐに笑みを浮かべた。


「はっ、悪ぃな。実はもう聞いちまってたんだよ」


「そうなの?」


「ああ、ケールからな。そんでお前の強さにも納得がいったんだよ。……で、エルドラの知り合いってこたぁそいつも竜ってことか?」


「うん。神竜アビス。私が下界に落ちる原因になった竜」


「霊峰から竜が下りてくるなんざ何事かと思えば……結構複雑な事情がありそうだな」


 レーナさんは足を組んで、顎に手を当てる。

 

「——竜が迷宮の攻略を目指す……となりゃ目的はボスを倒した後のアイテムか」


「でも……エルドラも含めて竜の強さはよく知ってます。そんな連中がアイテムを必要とするでしょうか?」


「まあ、普通はそう考えるよな」


 どこからか紙とペンを取り出したレーナさんは、何かを書き記し始める。

 覗いてみれば、それはFからA、そしてSの文字だった。


「ダンジョンはこの文字たちでランクを定める、これは常識だな?」


「はい」


「FからA、ここまでは明確な基準を持ってランクを定める。ただ、Sランクだけは特別な基準があるんだ」


 Sの文字を丸で囲ったレーナさんは、そこをとんとんとペンの先で叩いた。


「武器以上の価値がある特別なアイテムが存在する可能性――これがもっとも考慮される」


「特別なアイテム?」


「伝説上のアイテムさ。聖剣やら魔剣、はたまた神剣なんて名がつく武器だったり、賢者の石とまで呼ばれる特別な魔石だったりな」


「神剣……」


 俺は背中に背負った神剣シュヴァルツに意識を向ける。

 ダンジョンのアイテムが語りかけてくるなんて、初めての経験だった。

 それが特別なことだったと言われれば、確かにそうかもしれない。


「もちろん脅威度が一番目立つ特徴にはなるがな。そう言ったアイテムが存在するダンジョンは、それを守るために必然的にランクが上がるもんさ。それこそ、Aランクとは比べ物にならないくらいに」


「とは言え……あくまで人にとっての特別なんじゃないんですか? まだ竜にそのアイテムたちが必要だとは――」


「特別ってのはな、強さとかそういうもんじゃねぇんだ」


 ――あくまで伝説上の話だぞ?


 レーナさんはそう前置きして、言葉を続ける。


「人類への試練のために現れたとされるダンジョン、その中でも特に攻略が困難なダンジョンをすべて攻略したとき、さらなる試練への扉が開く。その試練すらも乗り越えた時、永遠の幸福が約束されるだろう……って話だ」


「永遠の幸福……」


「それが何なのかは分からないが、どんな物か分からない以上は誰が欲しがっても不思議じゃねぇ。それに、あたしらよりも遥かに長い時間を生きてる竜だったらそれ以上の伝承も知ってるかもしれねぇな」


「欲しがっていてもおかしくはないってことですね」


「おうよ。けど、ずりぃよな。人間向けの試練だぜ? それを竜が攻略しちまったんじゃ立つ瀬がねぇよ」


 レーナさんのその発言をきっかけに、重い沈黙が流れる。

 正直、耳が痛かった。

 実際俺もエルドラの力を借りているわけで、人類から見れば卑怯と言ってしまっていい環境かもしれない。

 しかし、妙に重かったこの場の空気はレーナさんが手を合わせた際の音で霧散した。


「だったら、こっちもずるしなきゃだよな!」


「へ?」


「向こうが竜で来るなら、こっちも竜で対抗しなきゃだろ。ディオン、そんでエルドラ。お前らがその竜に対抗するこっちの武器だ」


 俺は呆気に取られていた。

 しかしエルドラは納得した様子で、なぜか目を輝かせている。


「任せてほしい。アビスの好きにはさせない」


「おうよ。そんな仲間を引きずり落とすような輩に負けるわけにゃ行かねぇ。お前らで先に奪っちまえ。あ、けど今まで以上にエルドラの正体を明かすときは慎重にな。この世界にゃ人間至上主義の宗教なんかもあるくらいだ。下手に目立てば反感を買うぜ」


「大丈夫、その辺りよく分からない対応はディオンに任せる」


 俺かよと、思わず口から言葉が飛び出していた。

 ようやく和やかな空気が戻ってくる。

 俺は安心して、胸を撫で下ろした。


「分かりました。今まで以上にエルドラの正体については気を使います。そして……アビスよりも先に、他のSランクダンジョンを攻略します」


「その意気だぜ。あたしも全力でサポートしてやるからよ、困ったことがありゃ遠慮なく言えよな」


「はい、ありがとうございます」


 目標ができると、人は前向きになれるものだ。

 モヤモヤしていた気持ちが少し晴れやかになり、少し軽い足取りでギルドから外へ出る。


「……待っていたぞ、ディオン」


 そんな俺たちを待ち受けていたのは、なぜかギルドの前で仁王立ちしていたユキ。

 気持ちが晴れたのも束の間、なぜか嫌な予感がする。

 修羅場(・・・)という言葉が、どういうわけだか頭から離れなかった。

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