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031 スタート地点

 俺の目の前に立つ魔物、ブラックナイト。

 エルドラとの戦闘を見た限り、まだ余力を残している気配がある。

 

 それでも――。


「どうしてだろうな。負ける気がしない」


 レーナさんとの戦いから、体の調子がどんどん良くなっているのを感じる。

 これが血が馴染んだということなのだろうか。

 ここまでの人生で、間違いなく今がベストコンディション。

 加えて今まさに更新され続けている。


(今なら六分は動ける……)


 道中で何度か細かく竜魔力強化(ドラゴンブースト)を使ったが、それを差し引いてもまだ六分間は発動していられる。

 ブラックナイトは、まだエルドラを見ていた。

 もっとも脅威なのは彼女であると認識しているらしい。

 それはそうだろう。

 現状、この力関係を覆せるだけの自信はない。

 

「——こっちを見ろ」


 ただ、今は俺の相手をしてくれないと困るのだ。

 俺は正面からブラックナイトへと迫る。

 それに気づいた奴が剣を構えると同時に、俺は魔力を全身に流した。


竜魔力強化(ドラゴンブースト)ッ!」


 強化と同時に床が弾けるほどの力で踏み込み、方向転換。

 すぐさま奴の真後ろへと回り込む。

 完全に後ろを取った――と思われたが。


「……っ!」


 ブラックナイトは体を反転させ、俺の速度に反応する。

 その際に振られた剣が、俺の頬すれすれを通り抜けていった。

 わずかに掠っていたらしく、じんわりと頬が熱い。


(この程度じゃ反応されるか)


 俺は頬を伝う血を腕で拭う。

 もうそこに傷はない。

 俺の体は常に回復魔術が発動している状態だ。

 細やかな傷などすぐに治ってしまう。

 問題なのは、重傷を負ってしまうこと。

 そうすれば回復に魔力を取られ、発動時間がどんどん少なくなる。


(一撃でも体で受ければ致命傷、おそらく一分間程度の魔力は持っていかれる……それでも、恐れている場合じゃない)


 一撃くらいは覚悟する。

 それだけの気持ちを持って、俺は再びブラックナイトの間合いへ踏み込んだ。


(入る……!)


 おそらく反射的に突き出したであろう剣をかわし、俺はブラックナイトの懐へと飛び込んだ。

 覚悟を持って踏み込んだのが功を奏したらしい。

 そのまま腹部目掛けて拳を叩きこむ。


竜ノ左腕リンクス・アルム・ドラッヘ!」


 普段の強化以上の力を込めた、左の拳。

 それはブラックナイトを穿つような衝撃を与え、その図体を吹き飛ばした。

 

「ゴガ――——」


 壁まで叩きつけられたブラックナイトから、奇妙なうめき声が漏れる。

 どうやらダメージが入ったらしい。

 

(追撃を……っ⁉)


 壁に追いつめた今が好機だと、俺は再び飛び込もうとする。

 しかし、なぜか俺の足はその場でぴたりと止まった。

 自分の意志とは関係なく、本能が止めたのだ。


「……俺もまだまだだ」


 ブラックナイトは壁に背を預けながらも、しっかりと目線と剣先を俺へと向けていた。

 もし勝機だと勘違いして飛び込んでいれば、エルドラが吹き飛ばされた技で俺も仕留められていただろう。

 血が馴染んだおかげか、辛うじて察知することができた。


「タイショウ、ランクSプラスからランクSSにヘンコウ」


「ようやくスタート地点か」


 奴の気配が切り替わる。

 しかしまだ、余裕が消えない。

 

(それは俺も同じか……)


 あれから思いついた技がまだいくつかある。

 それがどこまで通用するかは分からないが、間違いなく俺の切札だ。

 叩き込むには、隙を作る必要がある。


「ふーっ……行くか」


 今の俺に受けの技術などありはしない。

 ならば、攻めて攻めて切り崩すしかないのだ。


「何だ……あの動きは」


 ユキはディオンとブラックナイトの戦いを眺めながら、驚愕の表情を浮かべていた。

 彼女自身も理解している。

 ディオンという男は、回復魔術師という立場があってこそのBランク冒険者だった。

 逆に言ってしまえば、それがなければBランクにすら満たない存在だったのだ。

 そんな彼が――――。


「あれが、今のディオン。あなたたちに切り捨てられた後、掴み取った力だよ」


「切り捨てられた……? 待て、私はそんなことをした覚えは」


「あなたはそうかもしれないけれど、後ろの人間たちは?」


「……」


 ユキはハッとした顔で、ロギアンに守られている彼らへ視線を向ける。

 特に、セグリット。

 彼は唖然とした様子でディオンの戦いを眺めているため、ユキの視線には気づかない。

 

「私は……騙されていたのか?」


 これまで、ユキは無意識下でセグリットたちを仲間だと認識していなかった。

 パーティの数合わせ――初めメンバーを集めたときから、その認識は変わらない。

 結局のところ、ユキはディオンさえいればよかったのだ。

 故にセグリットたちの人となりを正しく把握できないまま、ユキはここに立っている。

 騙されたのではなく、そもそも眼中になかったことが今回の事態を招いたと言っても過言ではない。


「——なぜ」


 ユキは苦虫を噛み潰したような表情で、言葉を漏らす。


「なぜ、ディオンは貴様と共にいた。貴様は……何者だ?」


「……私とディオンは、黒の迷宮で命を分け合った。だから彼も生きてるし、私も生きてる。あの力は、そのときに得たもの」


 ——それ以上は、今のあなたには語らない。

 

 最後にそう付け加えて、エルドラはユキを突き放す。

 ユキは目頭に浮かびそうになった涙を、唇を噛んで耐えた。


 自分の知らないディオンを、目の前の女が知っている。


 それがユキの今まで生きてきた中で、もっとも心を揺さぶる事実だった。

 本当に小さい頃から生活を共にして、もはや知らないことなどないと感じていた彼女にとっては――――。


「……悔しいのは、私も一緒」


 俯き肩を震わせるユキを見て、エルドラは眉を下げた。

 か細い呟きが彼女に届いた様子はなく、エルドラは顔を上げる。 

 その目線の先では、さらに激化した戦いが繰り広げられようとしていた。

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