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003 きっかけ

 ぽたりと、頬に水滴が落ちた気がした。

 すべて消え去ったはずの五感が、一つ一つ戻ってくる。

 痛みも、苦しさもない。

 恐る恐る目を開けば、目の前にはダンジョンの天井が広がっていた。

 どういうわけか、生きているらしい。


「————目、覚めた?」


 突然、俺の眼前に女性の顔が現れる。

 思わず体が反応するが、筋肉が硬直してしまっているようで起き上がることができなかった。


「しばらくは動けないと思う。まだ馴染んでないから(・・・・・・・)


「君が……助けてくれたのか?」


「そう。私を助けてくれた。だから、私もあなたを助けた」


 そう言いながら、彼女は俺から少し距離を取る。

 どこまでも美しい女性だった。

 顔にはあどけなさがあるが、肉体美に関してはもはや人間離れしていると言っても過言ではない。

 呼吸とともに揺れる大きな胸と、締まった腰つき。

 柔らかそうな太ももは一見肉付きが良く見えるが、全体的なバランスだとすらりと伸びているように見える。

 ただ、唯一欠点を上げるとするならば――。


「その……どうして服を着てないんだ?」


「人間はおかしなことを聞く。私に服は必要ない」


「服に必要ないとかそういう要素あるか……?」


 俺は彼女から顔をそらし、とりあえず動くことを試みる。

 すると痺れのような感覚が走るものの、ようやく体を動かせることに気づいた。

 苦労しながら上半身を起こした俺は、自分が元々羽織っていた魔術師用のローブを彼女へと差し出す。

 炎の攻撃を受けても燃え尽きない優れものだ。


「その、これを羽織ってくれないか? 目のやり場に困って上手く話せないんだが……」


「気にしなくていいのに。でも、恩人が頼むなら仕方ない」


 彼女は渋々と言った様子で、俺からローブを受け取る。

 これで意識を取られずに済みそうだ。


「助かった。それで――俺が君を助けたっていうのはどういうことだ?」


「ほとんどそのままの意味。傷だらけの私を、あなたは助けてくれた」


「傷だらけって……まさか」


「元の姿になったら、分かる?」


 ふわりと、彼女の体が浮かび上がった。

 渡したローブが地面へと落ちて、彼女の青い瞳と目が合う。

 そして強く光り輝いたかと思えば、徐々にそのシルエットが巨大に膨らみ始めた。

 

「……マジか」


 思わず苦笑が漏れた。

 光が散ったとき、そこにいたのは俺が最後に見た黄金のドラゴン。

 瀕死のときとは比べ物にならない美しさが、彼女にはあった。


「私の名前は、エルドラ。霊峰に住まいし神竜の一角。これで信じてくれる?」


「あ、ああ……そりゃもちろん」


「人間の体はとても便利。小回りが利いて動きやすい。だから普段はこの姿」


 エルドラは再び光に包まれると、自身の肉体を人型に戻す。

 黄金の髪に青い眼——確かに雰囲気が同じだ。

 しかし、竜が人に化けられるなんて話は聞いたことがない。

 ましてや神竜なんて位が存在することも初耳だった。


「……改めて言わせてほしい。私を助けてくれてありがとう」


 真剣な顔つきになったエルドラは、俺に向かって頭を下げた。


「いや……こちらこそ、命を救ってもらった。俺はディオン。一応その――冒険者をやってる。それでその、気になってたんだけど」


「なに?」


「どうやって俺を治してくれたんだ? 色々と手遅れだったと思うんだけど」


 エルドラは納得したように頷くと、どういうわけだか自分の唇に人差し指を当て、そのまま俺の唇に移動させる。

 俺はふわりと思い出す。

 意識が落ちる寸前に唇に感じた、柔らかい感触。

 この仕草は、つまりそういうこと(・・・・・・)なのではないだろうか。


「……? 伝わらなかった? ちゅーしたって意味だったんだけど――」


「っ……触れないようにしようと思ったのに」


 顔が急激に熱くなる。

 生まれてから女性とお付き合いもしたことのない男の身としては、嬉しさと複雑さが入り交じっているというか。

 できることならしっかり覚えておきたかったというか。

 

「照れる必要はない。口から私の血を分けた。ただそれだけ」


「血を……?」


「竜の血には強い力がある。人の体を強く強く作り直してしまうくらいに。だからあなたの体も以前とは別物と言ってもいいくらいに強くなってるはず。だから傷も治ったし、毒も消えた」


「古の秘薬みたいだな」


「そういう伝説もあるみたい」


 なるほど、妙に力が漲ると思ったらそういうことだったのか。

 あれから少し経ったからか、体に残ってた妙な強張りが消えている。

 それと同時に、羽のような軽さを感じるのだ。

 今なら壁すらも走れる気がする。 


「……どうして」


 どうして――君はここにいたんだ?

 

 俺がそう問いかければ、エルドラの表情が少し曇る。


「……竜は千年に一度、神竜の中から種族全体を率いる竜王を決めるの。私もその候補に入っていたんだけど、それをよく思わなかった他の神竜に裏切られてあの傷を負った。何とかこのダンジョンの中まで逃げ込んだはいいけど、そこで動けなくなっちゃって」


 そこまで言葉に出して、エルドラは苦笑を浮かべた。


「あなたが助けてくれなければ、きっと死んでいた。本当にありがとう」


「……っ」


「竜王になんて興味なかったのに……本当は候補からも外してもらおうと思ってたの。不意打ちなんてしなくたって、別に邪魔なんてしなかったのに」


 俺は静かに拳を握りしめた。

 自分の記憶と重なる部分があったからか、エルドラの表情から読み取れる悲痛な思いが嫌というほど理解できてしまう。


「エルドラ、俺と一緒に行かないか?」


 ——だからこそ、自然と言葉が漏れていた。


「俺もちょうど仲間と別れたところでさ。このダンジョンから出るにも一人じゃ中々難しいと思っていたところだったんだ。もし行く当てがないなら……」


「行く」


「へ?」


「私、ディオンと一緒に行く」


 エルドラは俺に向かって真っ直ぐな視線を向けてくる。

 駄目で元々で誘ったはずだったから、この即答にはさすがに面食らってしまった。


「確かに私はあなたを助けたのかもしれない。でも、私からすれば受けた恩は返しきれてない。だからディオンが今困っているなら、その手助けがしたい」


「……ありがとう」


「あれ、嬉しくない?」


 不安そうに顔をのぞき込んでくるエルドラを見て、俺は慌てて自分の頬を両手で叩いた。

 セグリットたちから受けた仕打ちの記憶が薄れないうちにこんな温かみに触れてしまえば、涙も出るというもの。

 竜とは言え、あまり女性の前で情けない姿は見せたくない。


「いや、少し感極まっただけだ。改めてよろしく、エルドラ」


「うん。今から私とディオンは仲間」


 裏切りを知った俺たちは、その苦しみを知っている。

 だからこそ手を取り合うことができたのかもしれない。

 

 この出会いがまさか俺の成り上がりのきっかけになるだなんて、今は知る由もなかった――。

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[気になる点] 前話で、霞む視界に映ったのは、美しい白い何かだった。って言ってたけど実は金色だった?
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