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021 調査隊の結論

 予定よりも早くダンジョンを出た俺たちは、馬車ですぐに街へと戻った。

 それでも時刻は夕方。

 もうすでに犠牲者が出ている可能性があるが、それを確認する術はない。

 少なくとも、早く再調査を依頼しなければ犠牲者が増えることは間違いない気がする。


(どうしてシャドウナイトが出るのに、Aランクダンジョンに定められたんだ……?)


 調査隊とてプロフェッショナルだ。

 万が一にもダンジョンの評価を間違えることなんてないはず。

 となると考えられるのは、調査隊が潜入した際にシャドウナイトが出現しなかったという可能性。

 だとしたらなぜ出現しなかったのか――――。


「——ディオン?」


「え……? あ、悪い……どうかしたか?」


「もうすぐ着く」


 窓の外へ視線を向けてみれば、確かにレーゲンが近づいてきていた。

 考え込んでいる間にかなり時間が経ってしまっていたらしい。


「今って、すごく大変な状況?」


「そうだな……いつ事故が起きてもおかしくない状況、かな。Aランクダンジョンだと思って挑戦した連中が、軒並み危険にさらされるかもしれない」


「それは確かに大変」


「再調査を依頼して早いところランクを付け直してもらわないとな」


 それからすぐに、馬車は出発した場所と同じ場所に到着した。

 もうすでに日は沈みかけで、そろそろ商店街も閉まり始める頃。

 ギルドも夜中まで開いているわけではないため、まだまだ急がなければならない。

 かろうじて間に合ったと確信したのは、ギルドの前でシドリーさんが片づけを始めたのが見えたからだ。


「シドリーさん!」


「あ、ディオンさん! よかった、お話したいことがあったんですよ」


「へ?」


 ひとまず中へどうぞ――――。


 そう口にするシドリーさんについてギルド内に入れば、職員たちがすでに清掃を始めていた。

 冒険者の数は限りなく少ない。

 閉まり際に何とか転がりこめたと言ったところか。


「今日はダンジョンに潜られていたんですか?」


「そうですけど……」


「……実は、ディオンさんの元パーティメンバーの方々が昨日訪ねてきまして」


「——っ」


 思わず息を呑んでいた。

 ありえない話じゃないことくらい分かっている。

 しかし、必死に気付かないようにしていた。

 遭遇するにしても、早すぎる。 

 せめて長い時間さえあれば、向き合い方も変わったかもしれないのに。


「近日中に城の迷宮に挑むそうです。なので一応ディオンさんにお伝えしておくべきかと思いまして……」


「あ……ありがとうございます。そうだ、その城の迷宮の話なんですけど」


「はい?」


 俺は迷宮で起きたことをすべてシドリーさんに話した。

 Aランクの魔物が一階層で出現したこと、それに伴ってもう一度調査をしてほしいこと。

 話を聞いてくれていたシドリーさんの顔は徐々に青くなり、終わった頃には蒼白と言っても過言ではなくなっていた。


「それが確かならまずいです……! Aランクダンジョンなので挑戦権を持つ冒険者の方はかなり少ないですが、それでも数組のパーティが挑む意思を見せてました。すぐに調査隊の再手配をさせていただきます」


「お願いします……」


 シドリーさんは清掃中の職員数名に声をかけながら、カウンターの奥へと戻っていく。

 俺たちの役目も今日はここまでだ。

 乱れに乱れた感情を整えるため、俺は深い息を吐いた。


「ディオン、大丈夫?」


「ああ……大丈夫だ」


 これは強がりだったかもしれない。

 自分を殺そうとした連中が近くにいるなんて、落ち着けるわけがなかった。

 もし、セグリットたちと対面したとき、俺は果たして冷静でいられるだろうか――――。


 翌日、俺たちはギルドから呼び出しを受けていた。

 城の迷宮の再調査の件だ。


「ディオンさん! こちらです!」


 ギルド内に入ってみれば、シドリーさんとギルドマスターのレーナさんの他に、数人の冒険者らしき装いの連中がいた。

 しかしよくよく見てみれば、冒険者ともまたどこか装備が違う。


「彼らが本日調査を行ってくれた調査隊の方々です」


「え、もう終わったんですか?」

 

 日は登り切っているが、時刻はまだ午前中。

 朝から動き始めても、まだ帰りの馬車が到着できない時間だ。

 そのように疑問を抱いていると、調査隊のリーダーらしき男性が口を開く。


「我々は緊急を要する場合、転移の魔石の使用が許可されている。緊急事態の場合は何よりも速さが求められるからだ。そして、肝心な調査の結果だが――」


 彼は部下が持っていた紙を手に取り、読み上げる。


「城の迷宮の上層にシャドウナイトが出現したという証言の下再調査を行った結果、三階層まで調査の手を伸ばした所ホワイトナイト以外の魔物は出現しなかった(・・・・・・・)


「え……?」


「以上のことから、城の迷宮はAランクではなくむしろBランク相当のダンジョンと結論付けられる」


 唖然とする俺の前で、男性は紙をシドリーさんへと手渡した。

 

「再調査の依頼、感謝する。おかげで正当な評価ができた。これでAランク以上の冒険者が利益を独占するという事態を防げた」


「ま、待ってくれ! シャドウナイトが出現する以上Sランクダンジョンと言っても差し支えないはずだ! それをBランクに定めたら多くの被害者が――」


「——貴様、我々の調査が信用できないというのか?」


 複数の敵意混じりの視線が、俺を射抜く。

 リーダーの男だけでなく、全員が俺の言葉に反感を抱いたようだ。


「我々調査隊はいくつものダンジョンを調査し、貴様ら冒険者に貢献してきた。それに伴い確かな自信とプライドを持っている。俺たちの調査にケチをつけるということは、最大の侮辱につながることを理解しているか?」


「俺たちはそんなつもりで言ってるんじゃない……! 本当にシャドウナイトに襲われたから言ってるんだ」


「その話も本当かどうか疑わしい。自分たちの実力が足りずに撤退したから、ダンジョン自体のランクを否定することで言い訳したかったんじゃないのか? 運よく適正以上のランクになってしまった馬鹿な冒険者が、実際にこの手をよく使う」


 調査隊の面々から、嘲笑が投げかけれる。

 実際、俺たちは間違いなくシャドウナイトに遭遇した。

 それすらも嘘だと否定されてしまえば、話はそもそも進まない。

 しかしそこで口を挟んだのは、これまで黙っていたレーナさんだった。


「おい、こいつのランクを評価したのはあたしだ。お前らの仕事を否定する気はねぇが、こいつのランクを否定するならあたしの評価を否定することになるってのを覚えとけ」


「そうでしたか。それは失礼しました」


 リーダーは素直にレーナさんに頭を下げる。

 ただ、その声から真に罪悪感を抱いているようには感じられない。

 レーナさんもそれに気づいているからか、複雑そうな表情を浮かべている。

 

「……それで、お前らの調査は本当に確かなんだな?」


「ええ、もちろん。我々は実力と共に探索能力に長けた者だけで構成されています。手分けしてフロア全体にサーチを放つことなど容易いですし、それだけのことをしてもホワイトナイト以外の魔物は確認できなかったのです。最後には我々自身の足で隅々まで調査済みですし」


「……はぁ。長年この街お抱えのお前らを信じねぇわけにはいかないか」

 

 レーナさんはため息を吐くと、一瞬俺たちに向けて申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「念には念を入れて、城の迷宮はAランクのままとする。Bランクにするかどうかはもう少し様子を見るっつーことで。調査隊はそれでいいな?」


「我々の評価が間違っていなかったということなので、それで構いません」


「ディオンたちも納得してくれるか?」


 ――――ここで食って掛かっても、立場が悪くなるだけか。


 俺はレーナさんの問いかけに頷く。

 もはやBランクにならなかっただけマシとしか言いようがなかった。


「では報告も終わりましたので我々はこの辺りで。これからは妄言など吐かないようにな、冒険者」


 調査隊が俺の脇を通り過ぎていく。

 彼らからすれば、俺はいい笑いものらしい。

 最後まで小馬鹿にしたような視線が送られていた。


「……すみません、まさかこんなことになるなんて」


「いえ……ギルド側にも非はないですから」


 シドリーさんは誠意のこもった謝罪をしてくれたが、それを受け入れるのはまた違う。

 調査隊も嘘を言っているわけではなかった。

 腹の立つ言い方だったが、彼らが調査隊として優秀なのは気配で分かる。

 実際調べてみて存在しなかったのだから、そう言うしかなかったのだ。

 だからこそ、俺の頭は酷く混乱していた。


「……一応、ギルド側で注意は促しておく。お前らもご苦労だったな」


「ありがとう、ございます」


 レーナさんの労いを受け、俺は何も言わずに待っていてくれたエルドラと共にギルドを出る。

 

 心の底から湧き上がる嫌な予感――――それだけを胸に抱えて。

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