020 不自然
「……でかいな」
俺は馬車の荷台から顔を出し、徐々に近づいてくるその建造物を見ていた。
城の迷宮――――その名の通り、確かに外見は城と形容できる。
ダンジョン特有の歪さはあるが、この前の黒の迷宮より人工物感が強い。
「頂上、高そう」
「だな……けど建造物系のダンジョンは気持ち的には楽なんだ」
「そうなの?」
「地下に伸びているダンジョンは全体像が分からないからな。どれだけ潜れば最深部なのか、そういったことも予想できない」
その点、頂上が見えている建造物系はおおよその階層の数が予想できる。
見たところ百階層はなさそうだが、横にはかなり広そうだ。
「お客さん、そろそろ着きますぜ」
「分かりました、ありがとうございます」
「おう、頑張りな」
馭者に馬車の料金をわたし、俺たちはダンジョンの前へと降り立つ。
近くで見ると尚のこと巨大なダンジョンだ。
すぐにでも入りたいところではあるが、まずは入口前に設置されたギルドのキャンプで受付を済ませなければならない。
誰がダンジョンに入ったか、誰がダンジョンから出たかというのを把握しておくための制度だ。
加えてどのくらいの期間滞在するかを伝えておくことで、それを過ぎてしまったときに救助隊が派遣される。
「新規冒険者の方々ですね。こちらに記入をお願いいたします」
ギルドの受付嬢がテントの中に立っており、俺はその前に立って目の前の書類に名前を記入する。
滞在時間は、六時間。
下見には十分と見積もった数字だった。
「はい、ディオン様ですね。では、ご武運を」
書類を回収した受付嬢に見送られ、俺たちはダンジョンの入口である巨大な門の前に立った。
ユキ達がいる状態ですら緊張していたのに、今日はそこまで体の強張りがない。
やはり俺の中でエルドラという絶対的存在が気持ちの支えになっている。
「戦術は黒の迷宮のときと同じだ。長時間戦えない俺は後ろで支援。基本的な戦闘はエルドラに任せる」
「うん、問題ない。ディオンには指一本触れさせない」
「説得力が違うな……一応定期的に指示は出すから、それ次第で俺にも魔物を回してくれ。とにかく今回は慎重に」
俺は今一度装備を確認し、深く息を吐いた。
「よし――――行くぞ」
♦
ダンジョンの壁は、艶のある石でできていた。
所々に扉のようなものがあったり、天井からはシャンデリアが垂れていたりと、やはり城をテーマに作られている。
しかしその扉は開くわけではなく、シャンデリアも明りとしての役割を果たしていなかったりと、何かしらがおかしい。
まるで人の作り上げたものを真似して作られた場所のようだった。
「サーチ……」
俺は魔力を廊下に飛ばす。
感知できた反応は二つ。
進行方向に立ちはだかるように存在しているため、接触を免れることは難しい。
「敵は二体、これから接敵するぞ」
「分かった」
足を進めること数十秒、廊下の先に二つの人影が見えた。
白い鎧を身にまとっているように見えるが、中に人がいるわけではない。
その鎧自体が魔物なのだ。
名称はホワイトナイト。
魔物としてのランクは単体でCランク。
おそらくこのダンジョン内でもっとも低級の魔物だろう。
「ナイト系の魔物の特徴なんだけど、基本的に魔術攻撃は効きにくい。どうやらあの鎧自体の魔術耐性が高いみたいなんだ。それに刃のある武器での攻撃も効きにくい。一番有効なのは、打撃系の武器だな。エルドラなら殴る蹴るが早いと思うけど」
「分かった。とりあえず試してみる」
ガシャンガシャンと金属音を鳴らしながら、ホワイトナイトは俺たちへと向かってくる。
それぞれ剣と槍を持っており、一歩前に出ていたエルドラに向けて攻撃を仕掛けてきた。
「遅い……」
エルドラは少々不満げに声をもらすと、突き出された槍を手でそらし、横なぎに振るわれた剣をもう片方の手で受け止めた。
ホワイトナイトの攻撃ではエルドラの皮膚すら切り裂けないらしい。
「ふっ――」
エルドラは剣と槍を押さえたまま、片方のホワイトナイトの顎を蹴り上げる。
一際大きな音がしたと思えば、吹き飛んだ鉄仮面が天井にぶつかり落ちてきた。
そしてもう片方のホワイトナイトの鉄仮面を掴んだ彼女は、そのまま力任せに握り潰す。
まるで生物かのように痙攣した後、二体のホワイトナイトは床に倒れ動かなくなった。
理屈は分からないが、弱点は人と同じらしい。
「終わった」
「助かったよ。素材は……持って行けそうにないな」
ナイト系の魔物は、倒すとただの鎧となって辺りに散らばる。
中にはそのまま鎧として使う冒険者もいるらしく、売ればそれなりの金になることは分かっていた。
問題は、かなりかさばるという点。
とてもじゃないが持ち運びには適していない。
「まだ進む?」
「ああ、とりあえず次の階層へ続く階段を見つけるまでは進もうと思う。やり方は今と同じで」
「分かった」
頷くエルドラとともに、再び廊下の先へと足を進める。
このフロアに出てくる敵はホワイトナイトだけのようで、当然のことながらエルドラの敵ではない。
出現するたびに瞬殺され、廊下に彼らだった物が散らばっていく。
このままのペースなら、第一階層だけで引き返すのはもったいないかもしれない――――そう思っていた矢先のことだった。
「また出てきた」
目の前に今度は四体のホワイトナイトが現れる。
これまで通りエルドラが戦闘に入るのだが、俺はどこか嫌な予感を覚えていた。
(まだ一階層とは言え、魔物が一種類しかいないというのはあり得るのか……?)
少し前の俺であれば、むしろホワイトナイトしかいないことは幸運と考えていた。
しかしどういうわけだか、今の俺の勘が警鐘を鳴らしている。
「ん……?」
俺はふと、エルドラの足元に視線を向ける。
それと同時に、とっさに彼女の下へと駆け寄った。
「——ふぅ、間に合った」
エルドラの影。
その影の中から、彼女の背中に向けて槍が一本飛び出してきていた。
俺の手はかろうじてそれを掴むことに成功する。
そのまま槍を引けば地面に伸びていた影がさらに広がり、その中からゆっくりと黒色の騎士が現れた。
「影の向きがおかしいと思ったんだ。シャドウナイト……まさかAランクの魔物がこんなに早く登場するなんてな」
影に擬態することのできる魔物、それがシャドウナイト。
ナイト系の魔物の中では唯一と言っていい魔物らしい卑劣さを持っている。
真正面から戦闘に応じるホワイトナイトとは真逆の存在と言ってもいい。
「エルドラ! そのまま目の前のやつらを倒してくれ」
「っ! 分かった」
俺は目の前のシャドウナイトへと肉薄する。
影に戻られると逃げられてしまうかもしれない。
今ここで全力を持って仕留めることが、おそらく最善だ。
(一秒————竜魔力強化!)
瞬時に全身に魔力を張り巡らせ、拳を引き絞る。
やはりシャドウナイトは影に戻るべく足から形を崩し始めるが、それよりかは俺の方が速い。
繰り出した拳は真っ直ぐ胴体の中心を穿ち、シャドウナイトは胸元を大きく陥没させながら壁に叩きつけられた。
「ふぅ……何とかなったな」
「驚いた。まさかこんな魔物もいるなんて」
ホワイトナイトを片付けたエルドラが、今しがた崩れたシャドウナイトの残骸を見てつぶやく。
その隣で、俺は少し焦っていた。
AランクダンジョンにAランクの魔物がいることはおかしな話じゃない。
おかしいのは、Aランクの魔物が一階層に出現していること。
ダンジョンは最深部へ潜れば潜るほど魔物も強くなる傾向がある。
つまりこれより奥の階層にいる魔物は、シャドウナイトよりも強い可能性があるということだ。
そうなれば、このダンジョンはAランクどころじゃない。
「エルドラ、すぐにギルドへ行こう。もしかしたら……調査隊の評価自体が間違っている可能性がある」
エルドラが頷いてくれたのを確認し、俺はダンジョンの外へと踵を返した――――。




