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019 不穏な気配

「ここがブランダルさんが拠点にしている宿です」


「ふーん、さすがはいいところに泊っているね。あ、じゃあ帰っていいよ」


「え? あ、はい……」


 ブランダルのパーティメンバーである男は、セグリットたちに背を向けて去っていく。

 残されたセグリットたちの前にそびえ立つ宿は、レーゲンの中でもかなり値段の高い部類に入っていた。

 Aランク冒険者として確かな実力がなければ、この宿を拠点にすることなど不可能である。


「ねぇセグリット、本当にブランダルの力を借りるの?」


「どういう意味だい?」


「Aランクダンジョンよ? 今の私たちなら単独攻略だって不可能な話じゃないわ。もう三人で十分だと思うんだけれど」


 シンディのその問いかけを受けて、セグリットは呆れた様子で肩を竦める。


「それは僕だって理解しているよ。たかがAランクダンジョンなら僕らだけで容易に攻略できる。ただ、今求められているのは速度だ。黒の迷宮をどこぞの誰かに奪われたのを忘れたわけじゃないだろう? 今は何としても最深部のアイテムを確保しなくちゃならない」


「あ……」


 納得した様子で声を漏らすシンディの肩に、セグリットは手を乗せる。

 

「城の迷宮にはナイト系の魔物が多いと聞く。そうなると鎧に対し魔術攻撃が効きにくいというのは鉄則だろう? だからこそ君やクリオラとは異なる攻撃手段を持つ人材が必要なんだよ」


 僕と同じように前線で戦える者がね――。

 

 セグリットは微笑み、シンディから手を離す。

 遠まわしに役立たずと言われたような感覚に陥っていたシンディは、複雑そうな表情を浮かべていた。

 そんな彼女に、クリオラが歩み寄る。


「シンディ、私たちはサポートとしてだって活躍できるはずです。そう悔しがる必要は――」


「うるさいわね……最近セグリットに可愛がってもらってるからっていきなり上から目線? 調子乗らないでよね、二番目のくせして」


「っ……そういうつもりでは」


 シンディはクリオラを睨みつける。

 険悪な雰囲気の二人の間に割って入ったセグリットは、制するように腕を広げた。


「そこまでだ、二人とも。僕らが争う必要なんてどこにもない。それとも何だ? 二人そろって僕を困らせたいか?」


「ち、違うわ! そんなつもりじゃないの……」


「なら黙ってついてくればいい。僕のことを愛してくれているならね」


 シンディの額の髪を退け、セグリットは口づけをする。

 途端に顔を赤くしたシンディは、大人しく頷いた。


「では行くとしよう、協力者を迎えにね」


 宿へと足を踏み入れた三人は、パーティメンバーに教えてもらっていた通りの部屋へと向かう。

 セグリットは目当ての部屋の扉をノックし、声をかけた。


「ブランダル、中にいるのだろう? セグリットだ。君に協力してほしいダンジョンがあるんだけど……おい、聞いているか?」


「か……帰ってくれ! 俺はまだ外には行かねぇ……!」


「そんなに体調が悪いのかい? 一体どうしたって言うんだ」


「う、うるせぇ! 俺は……! 俺は……っ!」


 部屋の中、ブランダルはベッドの上に蹲っていた。

 彼は膝を抱え、怯え切った眼で扉を見つめている。


「お、女に……しかも新人に俺が負けるわけがねぇ……何かの間違いだ……! 何かの間違いなんだよっ! 何か卑怯な手を使ったに違いねぇ……! 俺はAランクなんだぞ!」

 

 いくら自分を鼓舞しようが、彼の表情から恐怖が消えることはない。

 あれからブランダルの頭の中には、エルドラとの戦いが何度も反芻されていた。

 そのたびに自分に向けられた圧倒的なプレッシャーを思い出し、体が震える。

 人生で初めての挫折という名の壁が、ブランダルの歩みを完全に止めてしまっていた。


『——匂うな、お主』


 突然耳元で何者かの声が聞こえ、ブランダルの体が跳ねる。

 そしてベッドから飛び退いた彼は、近くに立てかけてあった予備の斧に手をかけた。


「っ⁉ だ、誰だ⁉」


『匂うぞ。微かだが、やつ(・・)の匂いがする。やはり生きておったなぁ』


「誰だって言ってんだよ!」


 ブランダルは闇雲に斧を振り回すが、手応えが生まれることはなかった。

 そんな彼の背後に、黒色の靄が集まり形を作り出す。

 まるでそれは薄暗い部屋の闇の集合体。

 かろうじて人型であると分かるその何かは、後ろからブランダルの首に腕を絡めた。


『生憎やつは匂いの消し方を知っている。直接接触したくとも堂々巡り。——が、一瞬力を使ったようだ。貴様から感じるのはその残り香か』


「さ、さっきから訳が分からねぇことばかり言いやがって……っ!」


『お主は知らなくていい。ただ、我の思惑通り動けばいいのだ』


「がっ……な、なんだ……? 頭が……」


 黒い靄が、ブランダルの耳や鼻、口から中へと入り込んでいく。

 やがてすべての靄が吸い込まれたと同時に、彼の体は数度の痙攣を起こした。

 そしてそれが治まれば、彼は何事もなかったかのように体を起こす。


「城の迷宮に……行かなければ……」


 ブランダルは立ち上がり、部屋の入口へと向かう。

 扉を開ければ目の前には驚いた様子のセグリットが立っており、二人はそこで目を合わせることになった。


「あ、荒れてたようだが……大丈夫かい? 落ち着いた?」


「……ああ、悪ぃな。何でもねぇ。城の迷宮に行くんだろ? 俺にも一枚噛ませてくれ。体が鈍っちまう前にな」


「よし、助かるよ。出発は明日だ。十時には街の南門に集合。それまでに準備を整えておいてくれ」


「おう、分かった」

 

 笑顔を浮かべたブランダルは、自室の扉を閉める。

 セグリットは唖然とした様子でそれを見送った。


(あんな風に笑う男だったか……?)


 疑念を抱きつつ、セグリットは二人を連れて宿を出る。

 ブランダルの身に起きたこと――――それを理解できる者など、この場には一人として存在しなかった。


「——あらかた準備は終わったかな」

 

 俺は朝よりも荷物が増えて重くなったローブを正す。

 ケールさんの店でポーションを仕入れ、今出た店でナイフを数本買った。

 エルドラは武器を使用しないから、持つのはポーションだけ。

 正直緊急脱出用の転移の魔石を購入しておきたかったが、あれは一つ三十万ゴールドする。

 今の資金力では到底買えそうにない。


「これからダンジョンに行くの?」


「下見にな。浅い階層で、危険を冒さない程度に魔物を狩る。上手く行けば転移の魔石を買えるだけの資金が貯まるから、手に入れ次第さらに深く潜る予定だ」


 少し慎重すぎるだろうか、そう自分に問いかける。

 それでもここで首を横に振った。

 準備などいくらしてもしたりないのがダンジョンの鉄則。

 三大ダンジョンと、これから攻略に当たる城の迷宮————難易度に差はあれど、心構えは同じでなくてはならない。


「よし、行こう」


「うん。ちょっと楽しみ」

 

 俺はエルドラと共に街の外へと向かう。

 ダンジョンの位置はレーゲンから南の方角だ。

 かれこれ数日前に、城のような建造物が突然現れたらしい。

 馬車に乗れば一時間ほどでたどり着く。


「街の南側から馬車が出てるらしい。まずはそれを確保しに行く」


「分かった――――ッ⁉」


 突然顔色を変えたエルドラが、その場で振り返る。

 そこに何かいるのかと俺も視線を送るが、何かがいるようには見えない。


「……どうした?」


「ん……何でもない」


 エルドラは顔を前に戻すと、そのまま歩き出す。

 そんな様子に疑問を覚えながら俺も歩き始めると、彼女は表情を見せずに一つ声をかけてきた。


「ディオン、この街にいる間は私から離れないでね」


「……どうしてだ?」


「どうしても。お願い」


「……分かった」


 いつにもまして真剣なその口ぶりに、俺はただ了承することしかできなかった。

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