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011 不安

黒の迷宮(・・・・)が攻略された⁉」

 

 冒険者の聖地、セントラルのギルド内に、セグリットの声が響く。

 何事かと集まる視線に気づいた彼は、咳ばらいをしてテーブルに着き直した。


「ゆ、ユキさん、それは本当なんですか……?」


「ああ。突然外へと転移させられたということは、ダンジョンボスが倒されたということで間違いない。誰かがあのダンジョンを攻略したんだ」


「そんな……あのダンジョンの攻略に当たっていたのは、今の時期我々だけだったはずなのに……」


 黒の迷宮とは、セグリットたちがディオンを置き去りにしたダンジョンのことである。

 紅蓮の迷宮、群青の迷宮、深緑の迷宮に次ぐSランクダンジョンであり、ユキたちは慎重にここの攻略を進めていた。

 それが突然、一日もかからずに攻略されてしまったのである。

 

(どこの誰だか知らないが、ふざけるなよ……! あのダンジョンの攻略はこのパーティの地位を確立するために必要なことだったというのに)


 セグリットは怒りのあまり唇を噛み締めていた。

 そんな彼を、隣に座るシンディが心配そうに見つめている。

 

「それと、皆に一つ伝えておかなければならないことがある」


「この他にも何かあるんですかっ……?」


「——ディオンのことだ」

 

 神妙な顔つきでそう口にするユキの前で、セグリットは自分の血の気が引いたのを自覚した。

 それはシンディも同じことだったようで、思わず顔を伏せる。

 彼らは仮にとは言えディオンのパーティメンバーだ。

 ここで心配している様子を見せなければ、不自然極まりない。


「あ、ああ……見つかりましたか?」


「見つからなかったよ。ダンジョン周辺を探し回ったが、どこにもいなかった」


「……そうですか」


 セグリットは顔を伏せる。

 傍から見れば、それは悲しんでいる様子に見えないこともないだろう。

 実際は吊り上がる口角を隠しているだけなのだが。


「苦しいな……力不足というのは。いや、そもそも私がディオンをダンジョンに連れて行かなければ――――」


 ユキのその言葉に、セグリットの肩が小さく揺れた。


(力不足……? 僕のリーダーがそんな弱気じゃ困るんだよ)


 セグリットは立ち上がると、ユキの後ろに回り込んで肩に手を置いた。

 苛立ちを隠し、真剣な顔を浮かべる彼のことをユキは見上げる。


「ユキさん、後悔する気持ちは分かります。ですがディオンも冒険者なんです。それ相応の覚悟を持ってダンジョンに臨んでいたはず。あなたのその後悔は、ディオンに対して失礼かもしれませんよ?」


「……そう、だな」


「ユキさんは今、心が不安定なのです。今はゆっくり休んでください。しばらくの間は我々だけでできることをやっておきますから」


 心にもないような言葉を、セグリットは笑顔の仮面をつけながらこぼしていく。

 しばし考えたユキは一つ息を吐き、「分かった」と一言告げて立ち上がった。


「しばらくはお前たちに任せる。気分が戻り次第こちらから連絡する」


「分かりました。お任せを」


 空元気だろう、ユキは小さく笑ってギルドを後にする。

 彼女を見送ったセグリットは、大きなため息をついて席へと戻った。


「お疲れ様、セグリット」


「ああ、予期せぬことはあったが、おおよそ計画通り(・・・・)だ」


 今までの優男な態度はどこへやら、セグリットは傲慢さを全面に出すように足を組む。

 これまで話に加わらず静観を決め込んでいたクリオラも、話に加わる姿勢を見せた。


「黒の迷宮は三大迷宮攻略のために必要なピースだった。それを奪ったやつは許しておけない――――が、探すにも見当がつかない。しかしSランクダンジョンの攻略なんて偉業を成し遂げたなら、すぐに有名になって目立つはずだ。ダンジョンボスから手に入ったであろうアイテム(・・・・)は、交渉で手に入れればいい」


「それまではどうするの?」


「僕ら三人でAランクダンジョンを回る。Sランクダンジョンにはユキさんがいないと入れないからね」


 冒険者はランクに縛られる。

 何のしがらみもない存在は、それこそSランク冒険者だけだ。

 

「三大迷宮を攻略するには、一般的な武器よりもダンジョン攻略で手に入るアイテムが必要だ。今は一つでも多く集めておこう」

 

「そうね、近くで攻略されてないダンジョンってあった?」


「セントラル周辺では確認されていない。行くならレーゲンだね」


「あー……レーゲンね。私あそこのギルドマスター暑苦しくて苦手なんだけど」


「文句を言うな。無理に会う必要もないんだから」


 少々乗り気でなさそうなシンディをよそに、セグリットはクリオラの方へと視線を投げる。

 

「クリオラもそれでいいか?」


「……ええ、異論はありません」


「どうしたんだい? 浮かない顔をしているが」


「いえ……少し懸念が」


「懸念?」


 クリオラは数巡視線を巡らせ、口にするのをためらった様子を見せる。

 痺れを切らしたセグリットが先を促せば、ようやくと言った形で彼女は口を開いた。


「その、黒の迷宮は私たち以外に攻略に当たっていた者はいなかったんですよね。ならばあの場で可能性があるのは、ダンジョンの下層へと落ちたディオンだけだったのでは、と――――」


「ディオンがあのダンジョンを? あり得ない。君も冗談が言えるんだね、少し面白かったよ」


「ですが……」


「あの役立たずにそんなことができるわけがないだろう。立て続けの戦闘で魔力を枯らした後に、魔術で瀕死に追い込んだ上で魔物の巣に落としたんだ。それに、もし本当に彼が攻略したんだとしたら、ユキさんが見つけて共に帰ってきているはずだろう?」


「それは……そうですね」


 クリオラは自身の矛盾に気づき、口を噤む。

 生きているのなら、ユキが慣れ親しんだディオンを見つけられないわけがない。

 ディオンがユキと遭遇しないためには、それこそあの場から瞬時に離れ(・・・・・)られるほど(・・・・・)の移動手段がなければ難しいだろう。

 彼がそんなものを持っているはずがなかった。


「馬鹿なことを言っていないで、今日のところは出発の準備をしよう。明日にはレーゲンに向かいたいからね」


「分かったわ」


 席を立つセグリットとシンディ。

 一人残されたクリオラは、視線を落としながら思案する。


「本当に……彼は死んだんでしょうか」


 言いようのない不安が、彼女の中に生まれていた。


「不安だ……」


 俺は手元にあるナイフを見て、そうつぶやく。

 あのギルドでの騒動から一夜明け、ある程度街の案内を終えた俺とエルドラは再びギルドを訪れていた。

 明日からダンジョン攻略を目指そうと思っていたさなか、今日は準備に時間を当てることにして装備の点検をしていたのだが――。


「ボロボロだね、そのナイフ」


「ああ……ダンジョンボスと戦ったときのダメージだ」


 あのときは必死すぎて意識していなかったが、巨人の一撃を受け流した際に刃が大きく欠けてしまっている。

 これではもう使えない。


(ユキと冒険者になるときに買ったやつだったんだけどな……)


 もうかれこれ三年ほど前になるだろうか。

 決して高い品じゃなかったが、よく持ってくれた方だろう。 

 

「これからはお守り代わりにするとして……新しい武器を買う余裕はないんだよな」


「それ、使わないの?」


 エルドラは俺が背負っている漆黒の剣を指さす。

 ナイフはある程度扱えるようになったが、正直剣はさっぱりだ。

 これを使わなければならないのが、一番の不安要素である。


「でも使わないと扱い方にも困るしな……」


 Sランクダンジョンのボスから出たアイテムが弱いわけがない。

 扱い方さえ分かれば、もしかしたら一気に戦力アップへと繋がる可能性もある。

 最悪扱えそうになければ、売ってしまえばいい。


「ともあれ、今日は依頼を受けて宿代を稼がないといけないからな。ちょうどいいかもしれない」


「依頼?」


「ダンジョン外での仕事だよ」


 俺はギルドのカウンター横にある依頼ボードの前に立った。

 ここには冒険者が受けられる依頼が張り出されている。

 下はFランク、上はAランクまでの難易度が定められており、当然自分に見合ったランクの依頼を受けるべきとされている。

 Sランクの依頼がないのは、もはやその難易度になるとSランク冒険者に直接依頼が飛ぶからだ。


「エルドラがいればAランクの依頼が受けられるし、金策としても手っ取り早いな……できれば討伐系がいい」


 上から下まで眺めてみて、俺は一つの依頼用紙を手に取った。

 オーガの討伐――――。

 Aランクの魔物がレーゲンの周辺にある森に現れたようで、その討伐依頼らしい。

 報酬は二十万ゴールド。

 宿が一泊三千ゴールドだから、拠点確保には十分な資金と言える。

 日用品も確保しなければならないし。


「これにしよう。今回は俺がこの剣を試すことが目的だから、サポート役として頼めるか?」


「うん。私がディオンを支える」


 エルドラの目尻がつんと吊り上がる。

 気合が入っている様子だ。

 

「頼りにしてる。じゃあ、行くか」


 俺は依頼用紙を持ち、カウンターにて手続きを済ませることにした。

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